第26話 38年間の絆

ピートを抱っこした保安官テッドの妻、ヴァイモはアヤと七海の二人同時の叫び声に驚いた。


「きゃっ! あらあら、どうしたのかしら、二人とも・・・。」


驚いたせいでずれてしまった大きな丸眼鏡を直しながら、彼女はまずアヤの顔をじっと見つめた。


「ふうん、髪の色は違うけど、本当に私の若い頃にそっくりなのね。主人からあらかじめ聞いてたけどビックリだわ。」


そして七海の方を見て不思議そうにヴァイモが問いかける。


「ええと、七海さんだったわね。 『アイちゃん先生』って誰なのかしら? そんなに私に似てるの?」


彼女の問いに七海は自分のスマホを取り出して写真を表示させると、それを皆に見せた。


「あらあら、本当ね。この人も髪の色や型は違うけど私にそっくりね。ところでもう一人、中々良い男が写ってるけど七海さんの恋人かしら?」


「あ、幸君コウクンですか? え、えと違いますよ・・・。」


ヴァイモが悪戯いたずらっぽくたずねたが、七海の表情がちょっとくもった。あまり触れない方が良いようだ。井出もスマホの写真を見てみる。中央に短く整えた黒髪の女性が写っている。なるほど丸眼鏡をかけていてヴァイモとそっくりだ。並んで立てば双子で通じるだろう。


その女性をはさむように七海と若い男性が写っていた。おや? 七海が「幸君コウクン」と呼んだ若い男性は警察官のようだ。井出の来ているものとは少し違うが青い制服を着て腰に警棒や黒いホルスターを身に着けている。胸章は左胸に着けられていた。中々、精悍せいかんな青年だ。


「あれ? あれ? なー、七海ななみん、このアイちゃん先生って苗字みょうじ何て言うの?」


今度はアヤがスマホの写真を繁々しげしげと見出した。懐から例のシールがベタベタ貼られている手帳を取り出す。


「え? 斎藤だよ。あ、結婚してるから旦那さんの苗字か。旧姓はね、幸君コウクンと同じだから、大原。え~、アヤっちと同じだ!」


「これ見て! これ見て! この写真にウチの家族、皆写ってんねん。この間の夏休みにったから、まだ新しいねん。」


その写真には七人の人物が写っていた。まずアヤの両親。確かに母親はヴァイモそっくりだ。次に四人の女性や少女たち、そして小学生らしい腕白わんぱくそうな男の子だ。良く見ると四人姉妹の一番年上らしい女性が大きな丸眼鏡を掛けている。井出は思った。「可愛い!」と。その女性は彼のストライクゾーンのど真ん中だったのだ。


「ふむふむ、確かにヴァイモさんが若ければ、アイさんにそっくりだね。なあ、アヤ君。どうしてお姉さんと合流してから一緒に転移して来なかったんだい?」


場にそぐわない不謹慎な冗談を言う井出のお尻に激痛が走る。誰かが思い切りつねったのだ。


「うあ! いだあぁっ!」


彼はあまりの痛みに驚いて振り返ったが、皆きょとんとしているだけだ。ただ一人、真由美が赤い顔をしてツンと横を向いている以外は・・・。


「あ、ホントだ。髪の色も一緒だし。アイちゃん先生が若ければこんな感じだよね。ところでこの男の子の名前ってやっぱり『幸司』君?」


「せやで~。阪神タイガースの大投手、『仲田幸司』選手にあやかった有難い名前やねんで! カッコ良いやろ。」


「お、今年のドラフトで阪神タイガースに来た奴だよな。アイツ、そんな凄い投手になるのか。」


アヤが自慢げに答えると井出も反応した。しかし七海は少し複雑な顔をした。


「あれ? 阪神タイガースの選手に名前をあやかった割に、幸司君はサッカーボールかかえてるけど?」


井出の突っ込みに、今度はアヤが表情を曇らせる。


「ん? あ、それなー。まあ、ウチの家族にも色々あるねん。いじらんといて・・・。」


何時いつも元気に話題を振ってくるアヤにしては珍しい反応だ。


「あ、あの今、確認しなきゃならないのはアヤっちのお姉さんの『アイさん』と、七海さんの知ってる『アイちゃん先生』が同一人物かどうかじゃないかな?」


真由美が会話の論点のずれを指摘する。


「ぐらまー! ぐらまー!」


「もう、ピートったら・・・。ちゃんと『グランマ』って言わなきゃダメでしょ? まあ、まだ『お祖母ちゃん』て呼ばれても、素直に喜べないんだけどね。」


井出たちの会話をさえぎるようにピートが口を開いた。ヴァイモが苦笑いをしながら彼をあやす。


「ご挨拶の途中で申し訳在りませんでした。これから宜しくお願いします。ヴァイモさん。」


井出と三人の女子高生たちが保安官テッドと妻のヴァイモにお辞儀する。二人はピートを連れて、手を振りながら去って行った。残った四人は会話を続けるべく駐在所の居間に移動する。


「まず最終確認だ。七海君が知ってる『アイちゃん先生』とアヤ君のお姉さんである『アイさん』の特徴を突き合わせてみよう。アヤ君、お姉さんの好きなものは?」


井出の問いにアヤはあっけらかんとして答えた。まるで犬が散歩に行くのは当然でしょと言わんばかりに。


「そんなん、決まってるわ。アニメと漫画よ。あと『ラノベ』って言うの? あんなんも、よー読んでるよ。」


「あー! アイちゃん先生、『アニメ・漫画研究部』の顧問だよ!」


くして、秒単位で特徴の突き合わせは終わった。最早もはや、同一人物であると認めるしか無かった。となると自然と「幸司こうじ君」も同一人物と言うことになる。


「なーなー、何で幸司こうじと知り合いになったん? もしかして付き合ってたん?」


「え! ち、違うよ。高一の時にちょっとお世話になってね。それが偶々たまたま、当時の担任だったアイちゃん先生の弟さんだったんだよ!」


アヤの問いに七海は少し赤くなりながら答える。写真での二人はちょっと良い雰囲気で写っていたのは確かだ。


幸君コウクン、あ、いや幸司さんは結婚しちゃったから・・・。浩美ひろみさんって言う小柄で可愛らしい女の人とさ・・・。」


「ちょっと待ってー! 今、『浩美ひろみ』って言うた? ちょっとこれ見て!」


今度はアヤがシールベタベタの手帳を開いて見せる。さっき聞いたがこれは「プリ帳」と言う物らしい。


「あ、大分だいぶん小さい子だけど、浩美さんそっくり。恐らく同一人物じゃないかな。苗字はね・・・。確か、アイちゃん先生に結婚式の写真送って貰ったから、それ見たら判るよ。」


七海はスマホを操作して固まった。ゆっくりと彼女が見せたスマホの写真には結婚式場のご祝儀しゅうぎの受付が写っていた。その受付には「大原家」、「井出家」と大きく書かれている。


「あのね、この時ね。新郎と新婦のお父さん同士が同い年だって感極かんきわまってね。抱き合って号泣したって、アイちゃん先生が言ってたんだよね・・・。」


「井出っち、1959年生まれやんね。ウチのお父さんもそうなんよ。ほんでな、この『浩美』って子は、アイ姉ちゃんが一年前にストーカーに狙われてな。その時に助けてくれた警察の人の子やねん。」


アヤが一呼吸ひといき置いて、口を開いた。


「この『浩美ひろみ』って名前もな、お父さんとお母さんの字を一文字づつ貰って付けたんやて・・・。」


彼女のプリ帳に貼られているプリクラに写る「浩美ひろみ」と言う幼女には良く見ると真由美の面影がある。そして井出の名前は「浩一」だ。これはもう偶然で説明出来ることでは無かった。


「ちょっとこれ見て下さい。」


七海が結婚式の写真をチェックしている途中に手を止めた。彼女がスマホを皆に見せる。そこには抱き合う老人の写真や、新郎新婦の家族席の写真が映し出されていた。老人の一人は井出に良く似ている。そして家族席の写真にはアヤの家族写真の人物たちの成長した姿、真由美らしき上品な老婦人が写っている。


「・・・。決定的だな。俺たちは元居た世界で互いに関りがあったんだ。」


もう反論出来る者は居なかった。元居た世界で、四人はアヤの姉、アイと言う女性を軸につながっていたのだ。

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