第25話 結束の証

「くぴぴ~」「いてまうぞ、われ~」


ピートがアニメのキャラクターの口真似くちまねをしながらクレヨンで画用紙にお絵描きしている。描いてるのは水曜夜7時と7時30分にやってるアニメに出てくる、羽が生えてる赤ちゃんとか大阪弁をしゃべる火をく赤ちゃんの似顔絵にがおえだ。それにしても上手い。ちゃんと特徴をとらえていて良く似てる。なかなか絵の才能があるようだ。


「んちゃ!」


今度はピートが真由美に向かって叫ぶ。彼女は丸い大きなフレームの眼鏡を掛けていた。実は真由美は少し遠視なので長時間、手元を見るときは眼鏡を掛ける。ところが遠視用なので、元々大きめの瞳がより大きく見えてしまうのだ。


大きな瞳、大きな丸眼鏡、しかもあるキャラクターに髪型が似てるため、眼鏡を掛けた真由美は学校などで頻繁ひんぱんにこの「いじり」を受けていた。しかし小さな子供であるピートに嫌な顔をする訳にも行かず、彼女は苦笑いを浮かべている。


「マミたん、眼鏡めがね貸して、貸して~。ほら、ピート君、ウチ似合うかな?」


アヤが真由美の丸眼鏡を掛けてみる。するとピートは手をたたきながら嬉しそうに言う。


「ぐらまー!」


「え? ホンマ? ウチ、グラマー? 本当の事言うたらアカンわ、ピート君~♪」


彼女はピートに向かってポーズを取ってボケて見せた。真由美と七海がそれを見てクスクスと笑い出した。そんな他愛たあいのない女子高生たちと小さな子供のやり取りを見ながら、井出はコーヒーをすする。考えているのは例の千年前から来たエルフ少女のことだ。


(千年もの間、全く歳を取らないなんて・・・。一体、どうゆう絡繰からくりなんだ。)


ラヴィニアには調査が済んでハッキリしたことが判るまでは誰にも話さないように念を押されている。彼女の推論だが「第二次 赤月動乱スヴィタルヴェシーリ」の時に存在した練度の低い操縦士パイロットを補助する制御コントロールシステムに何か秘密が隠されているかも知れないとのことだ。


(あの夢で見た「処女おとめを捧げよ!」とか言ってたのが多分そうだな。随分ずいぶんと人道から外れた物のような印象を受けたけど・・・。)


「コーイチ! そろそろ資材と人足が到着する頃よ。今、「保安官の町」から電話があったわ。」


エマの呼ぶ声に井出は考え事を一度止めることにした。少ない情報を基に幾ら考えても効率は上がらない。下手な考えは休むに似たり、今は目の前のことを確実にこなすべきだ。彼はエマに続いて事務所を出て行った。


「もうすぐ見えて来ると思う。荷物が重いから丘を南に迂回うかいして来るって言ってたわ。」


エマが丘の南側を指差した。ラヴィニアやリンネ中尉、保安官テッドも集まって来る。駐在所の居間からも三人の女子高生がピートを連れて出て来た。その時だった。地面が少し揺れた気がする。気のせいかと思ったら、また揺れた。地震か? どうやらそうでもない。


「あ、見えて来たわ。ほらあそこ!」


エマが指差す先を良く見ると丘のかげから黄銅色の物体が姿を現すところだった。遠いので判りにくいが、かなり巨大な物だ。振動と共にこちらに向かってくる。次第にその姿形がハッキリ見えて来た。お盆トレーのような本体に細い脚が何本も付いている。トレーの上には天守閣てんしゅかくのような構造物があった。


「なんだ、アレ。まるで『動く城』だ。どういう原理で動いてるんだ?」


井出は思わずつぶいていた。ソイツは大きな音を立てながらドンドン近付いてくる。良く見ると後ろに、あと二基同じものが続いて来ていた。それにしても大きい。本体の直径が50m、脚の高さは10mはあるだろう。本体の上に人影が見えて来た。


「ドッシャン! ドッシャン!」


振動と共に「動く城」たちは駐在所に接近してくる。丘を迂回うかいしてくるため、こちらの方が少し高い場所に居る。本体の様子が良く判って来た。甲板の上で小さな子供のような人影が陽気に騒いでいる。ホルビー族だ。幾つもの円陣を組んで楽器を演奏している。それぞれの円陣の中心で女の子がおどっている。


「あれが『移動城塞リィーカリンナ』よ。ドワーフ・ホルビー連合軍の動く要塞。真由美さんが存在を予測してた兵器ね。あれはドワーフ族とホルビー族が協力して初めて動かせるの。」


ラヴィニアが井出の疑問に答えた。次第にホルビーたちの陽気な楽器の音が大きくなってゆく。「動く城」たちは駐在所の「防御結界」の前で停止した。入場の許可を待っているのだ。


「皆さんの入場を許可しまーす! 遠いところ、ようこそ当駐在所へ!」


井出が宣言すると駐在所の周りを囲む直径200mの環が淡く緑色に光った。「動く城」たちは結界の内部に進むとそれぞれ脚をしまって着座する。甲板のホルビーたちも楽器の演奏や踊りを止めてゆく。城の本体からタラップのようなものが幾つも降ろされて人がどんどん降りて来た。


「おお、忙しくなってきたな。あの背が低くてガタイの良い奴らがドワーフ族の男だよ。皆、力持ちで仕事熱心だ。これで町の建設がどんどん進むだろうさ。」


井出の横で保安官テッドが教えてくれた。井出は応援に来ていたライフル隊のことを思い出した。


「もしかして、この間応援に来ていたライフル隊の射手たちもドワーフ族だったんですか?」


「おお、そうだよ。井出君はぶっ倒れちまったから挨拶あいさつ出来ずに帰っちまったがな。あの時も見ただろう? ドワーフとホルビーが協力して戦っていた姿を。」


そういえばライフル隊の後ろでオッツオやミィドリたちホルビー族が楽器をかなでて踊っていた。さっきの「動く城」の甲板の上でもそうだ。


「そうか! あの城はドワーフ族とホルビー族の両方の魔法を使って動かしているんですね?」


「その通り! あの『動く城』はドワーフ族とホルビー族がこの世界アルヴァノールの平和を守るために結束して来た『あかし』って訳だ。」


井出は「赤い夢」に出て来た三人の少女のことを思い出す。彼女たちも「巨人機械ゴレコーネ」を平和利用のために開発するべく一生懸命助け合っていた。エルフ族の中にも結束しようと働きかけている人々は居る。恐らくラヴィニアのような人たちだ。


「おお、そうだ。一緒に俺の女房が来ている筈だ。探して連れて来るから皆、駐在所の前で待っててくれ。」


保安官テッドはそう言って荷下におろしでごった返している「動く城」の方に歩いていった。


「これから、ここにテッド保安官の奥さんが来るそうだよ。皆、自己紹介の心構えをしといてね。」


駐在所の前に戻った井出は真由美とアヤ、七海に声を掛けた。三人の女子高生たちもそれぞれうなずく。保安官テッドが女性をともなって歩いて来た。どうやら奥さんを見つけたようだ。


「やあ、皆紹介しよう! 俺のワイフのヴァイモ・アンダーソンだ。」


「皆さん、初めまして! ヴァイモです。『ヴァイ』と呼んで下さって結構よ。」


「ぐらまー!」


保安官テッドの妻が挨拶あいさつした途端、アヤの横に居たピートが彼女の元にトコトコと走ってゆく。次の瞬間、アヤと七海は同時に叫んでいた。


「え、お母ちゃん? なんでここに居るん?」


「あれ、アイちゃん先生! どうしてこの世界アルヴァノールに?」


そこにはアヤに良く似た丸眼鏡を掛けた30代後半くらいの女性が立っていた。

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