第24話 古《いにしえ》の少女

井出が目を覚ますと目の前にラヴィニアの顔があった。硬直する井出を他所よそに彼女はけ布団をぎ取ろうとする。


「うわ、ちょっとラヴィニアさん。めて、めて~!」


一昨日おとといの朝の再現である。井出は掛け布団を死守しながら自身の下着トランクス状態コンディションを確認した。よし、状況コンディション問題なしグリーンだ。彼は掛け布団から手を放す。


「もう! 早く起きて、ご飯食べて! 丸々二日も寝てたのよ? これ以上はかえって消耗しちゃうからね。早く起きて!」


掛け布団を引っぺがしたラヴィニアは井出を追い立てるように階下の居間に追いやる。彼は顔を洗いひげって居間に行った。コタツの上には朝食としては結構重めのメニューが用意されていた。ハンバーグに目玉焼きが乗ったもの、付け合わせにポテトフライ、人参のソテー、見たことの無い野菜のサラダ、コンソメスープに大盛ご飯。


「ほらほら、ちゃんとお肉食べないと筋肉が戻らないわよ? 若いんだから朝からでもこれぐらい食べられるでしょ~!」


確かに腹はっている。井出はガツガツと朝食を平らげて行った。体のアチコチで筋肉痛がする。24歳の若い肉体は自らを修復するかてを求めていた。あっと言う間に目の前の皿がいてゆく。人心地ひとごこちついた彼はコンソメスープをすすった。


「うん! 良い食べっぷりね。当然、お代わりするわよね。 あ、そうそう『赤い夢』は見たかしら? 安心してね、見たからって必ず『夢精』するわけじゃないから!」


「ブッー!」


ラヴィニアがさらりと言う。瞬間、井出はコンソメスープをき出していた。すぐに真由美が布巾ふきんで彼の粗相そそうを片付けに来てくれる。けれど、何故なぜな顔をして井出の顔を見ようとしない。


「あ、ゴメンね。真由美ちゃん、有り難う。けど、何か顔が赤いよ? どうしたのかな?」


彼がそう声を掛けると真由美はぴゅーっと逃げて行ってしまった。何か気にさわることをしたかなあ?と井出が思っているとアヤがハンバーグとご飯のおわりを持って来てくれる。彼女も顔が真っ赤だ。彼は不審に思ってたずねた。


「お代わりがとう、アヤ君。君が作るご飯は何時いつ美味おいしいね。ところで顔が赤いけど、どうかした?」


「え? あ、ああ~、めてくれてありがと~。ん~、別に~気のせいちゃう?」


常に人懐ひとなつっこいアヤにしては余所余所よそよそしい返事だ。そのまま、そそくさと台所に行ってしまった。これは何かある。ふと事務所の方を見るとエマと七海が何か話している。井出の視線に気づいた七海がこちらを見たと思った瞬間、真っ赤な顔をして向こうを向く。エマはニッコリと微笑ほほえんで手を振って来た。


「あの、ラヴィー・マム。自分、何か皆の気にさわるようなことしましたかね? 何か態度がおかしい気が・・・。」


井出の質問にラヴィニアは少し考え込んだ。そして、ああそうだ!と言う表情になって答える。


一昨日おとといの夜、貴方あなたが倒れた時ね。皆で寝室に運び込んだのよ。それで服を着替えさせようと思って脱がせたら、貴方は下着を着けて無かったのよね、どうしてかしら?」


「あー! そう言えば何時いつの間にか!」


井出は思い出した。そうだ、あの日の朝は「ある事情」が有って下着を着けなかった。いや着けられなかったのだ。それなのに今朝けさはきちんと下着トランクスいている。


「でも、死にかけたり、生命の危険を感じたりすると男の人って『元気』になるって話を聞いたことがあるけど・・・。あれ、本当なのね。貴方あなた、立派だったわよ~♪」


「ええと、その、真由美ちゃんもアヤ君も七海君も、それとエマも皆見ちゃったんでしょうか?」


「ええ、リンネ中尉もね。皆、貴方を心配して集まってたから。バッチリ見たわ♪」


ああ、今すぐ穴を掘って入りたい、生まれて来てスイマセン!と井出は思っていた。これから彼女たちとどんな顔をして接すれば良いのか・・・。唯一、エマだけが態度を変えて来ないのが救いか。


「まあまあ、浩一クン。その後の着替えはテッド君とジェフ君がやってくれたわ。過ぎたことはクヨクヨしないの。男の子でしょ? さっさと朝ご飯食べて、お仕事しましょ! 一杯やること貯まってるわよ?」


井出は不承不承ふしょうぶしょう、食事を済ませて業務に戻るのだった。



駐在所の外に出るとあちこちで工事が始まっていた。草原の草を刈って、背が低いが体格の良い髭面の男たちが地面を掘ったりしている。


「うわあ、もう色々と始まってますね。二日もぶっ倒れててスイマセン。」


井出が保安官テッドに頭を下げる。テッドは気にするなとばかり手を振りながら答える。


「まあな、資材と人足は今日到着するがそれまでに基礎とかやれることは進めて行かないとな。それより体の方はどうだ? 四人でブーストした強化魔法マーハヴァルマキを掛けて貰って効果時間一杯まで戦ったんだって? 初めてなのに無茶したもんだな。」


「あ、まあ。おかげ様でもう大体は・・・。少し筋肉痛が残ってますが。」


保安官テッドが感心している。彼は井出の肩をバンバン叩きながら口を開いた。


流石さすがは『初代ヒウム』だ。普通のヤツならしばらくは立って歩けないぞ? 大したモンだ。うん、君ならまかせられるな!」


「あ、痛い。そこ、まだ痛いんすよ。」


任せられるって何を?と井出が聞こうとした時、後ろからラヴィニアが声を掛けて来た。


「いいかしら? 浩一クン、見せたいものが有るの。一緒に来て頂戴ちょうだい。」


井出は彼女について行く。行く先は一昨日、マークが倒した黒い巨人がある場所だ。今は大きな天幕テントを張っているので巨人の姿は見えない。かたわらに白銀しろがねの「パタゴレア」が片膝かたひざを着いて駐機していた。ラヴィニアは言う。


「中に入って。今から見たこと、聞いたことは真由美さん、アヤさん、七海さんには秘密よ。彼女たちには私が時期を見て話すわ。」


中に入るとリンネ中尉とエマが居た。またエマが微笑ほほえみながら手を振ってくる。何故なぜか彼女はやたらと好意的フレンドリーだ。リンネ中尉は全く動じていない。普通に軽い敬礼をして来たので、井出も敬礼を返した。彼にとって今は、この二人の態度は有難かった。


天幕テントの中には例の黒い巨人がうつ伏せに倒れていた。背中の甲羅はもう取り外されている。操縦席コックピットらしき部分を覗き込むと計器メーター類に何か生物の組織のようなものがこびり着いていた。赤い夢で見た記憶から行けばここにはエルフ族の操縦士パイロットが乗っていた筈だが・・・。あれは千年は昔の話だ。


「これは『装甲巨人兵器パンゴレア』ですね? けれど千年も前の機体が何故、今頃現れたのですか?」


井出は思わずラヴィニアに問いかけた。リンネ中尉とエマが驚いて彼を見つめる。何故、知っているのか?と。ラヴィニアだけは驚かずに片目をつむって井出に答える。


「正解よ、浩一クン。伊達だてに二日も『赤い夢』を見ていた訳では無いのね。予習はバッチリだわ♪」


黒い巨人コイツには魔法攻撃イルヴァルマキが通らなかった。つまり知性のある存在、操縦士パイロットが乗っていたはずです。その人は今、何処どこに?」


井出は矢継やつぎ早に質問をり出す。ラヴィニアがまあまあと両手で制した。彼女がゆっくりと答える。


「浩一クン、あわてないで。順番に話して行くわ。まず何故、千年前のこの機体が現れたか? その目的はハッキリしてるわ。真由美さん、アヤさん、七海さん、今回転移して来た『初代ヒウム』の女性を奪取することよ!」


彼女は一呼吸ひといき置いてから続ける。


「100年前、『保安官の町』の『初代ヒウム』たちが現れた時も『外敵バフィゴイター』は襲来したわ。あの時は『装甲巨人兵器パンゴレア』は現れなかったけどね。そして300年前の「ホルビーの里山」に豊穣の巫女リカフィム様が現れた時にも襲来した。」


「けれど200年前に「ドワーフの郷」にクラウス青年が現れた時には『外敵バフィゴイター』は襲来しなかった。そうですね?」


「そうよ! 冴えてるわね、浩一クン。つまり何のためか理由は判らないけど『外敵バフィゴイター』は転移して来た『初代ヒウム』の女性を手に入れたいようなの。」


井出は思い出した。彼がラヴィニアに初めて「外敵バフィゴイター」のことをたずねたときだ。彼女が三人の女子高生たちを思いやる様に即答をひかえたことを。なるほど転移してきて間もない彼女らに、あんな得体の知れない化け物どもに狙われているとは言えない。彼は改めてラヴィニアの配慮に感謝した。


魔法攻撃イルヴァルマキかない『装甲巨人兵器パンゴレア』、つまり『切り札エース』を投入して来たということは、今回転移してきた彼女たちをどうしても手に入れたかったと言うことでしょうか?」


「そういう事になるわね。他に理由が無いもの。何故、手に入れたいのか?はこれから調査と検証が必要だけど・・・。じゃあ、次の質問の答えに移るわ。こっちに来て。」


ラヴィニアは井出を天幕の奥に誘った。そこはカーテンで仕切られている。その奥を覗き込んだ彼は驚きの声を上げた。


「そ、そんな馬鹿な、千年前の操縦士パイロットがそのまま乗っているなんて!」


そこには簡易ベッドに横たえられた栗色の髪の少女が居た。彼女の耳が長いことがエルフ族であることを証明している。シーツを掛けられた胸元がゆっくり上下して少女が生きていることを主張していた。

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