第23話 赤い夢 第二夜②

 風景が切り替わる。けたたましく警報音が鳴り響く。エルフ軍のオペレーター達が騒いでいる。


「第1小隊、全機、動作停止! 超音波ウルトラーニバロー、どちらの通信にも応答ありません!」


「こちらの通信内容が知られても構わん。外部音声で呼びかけろ!」


「第3小隊、メルキァ中尉を除いて全機、動作停止!」


「メルキァ中尉につなげ!」


まだ若い30代前半くらいに見える男性エルフの指揮官がオペレーターに指示を出す。指令室の端でドワーフ娘、ユシュタとホルビー娘、クキアも不安そうに戦況をうかがっていた。


「こちら第3小隊長、メルキァ中尉。行動可能なのは自分を入れて片手で数えるくらいです。例の物を着ている子たちは全てダメになりました。皆、失神しっしんしてるか・・・。最悪、死亡した者も居るかも知れません。」


「だから言ったんだ! あんな不安定な、いやきたならしくおぞましい制御コントロールシステムなど導入するから!」


男性エルフの指揮官は指揮卓コンソールを激しく拳で打った。


「我々、動ける者だけで突撃します! そのすきに部下たちを回収して撤退てったいして下さい。」


スピーカーからメルキァの声が響く。しかし若い指揮官はかぶりを振った。


「降伏しよう。それにあのシステムを使用中に無理に回収は出来ない。本当に皆死んでしまう。彼らも君たちの命までは取らないだろう。戦略的価値もあるからな・・・。」


「しかし、それではお父様たちが・・・。彼らは相当数の損害を受けて興奮しています。男性の兵員が危険です。」


「それでも良い。これは罰だ。いい大人が年端としはも行かない少女たちに重荷を背負わせて戦争を代行させるなど・・・。決して許されることでは無かったのだ。」


指揮官は自分たちの命をかえりみず、少女たちの生命を優先したようだ。視界がすっと暗くなる。


 風景が切り替わる。どこか寝室のような場所だ。空気がどことなくよどんでいる。素裸のオークやゴブリンが数人たむろしている。彼らに取り囲まれるように三人の少女の姿が見えた。井出が憑依ひょういしている「サッホ」という名の存在はおりに入れられているらしい。


「へへへ、俺はホルビーってのは初めてだぜ。コイツにする!」


少女たちは三人とも半裸だ。一人のオークが小柄な少女の前に立ちはだかっている。少女を無理やり立たせると、残った衣服をぎ取った。身長差がとんでもない。オークどもは2m以上はありそうだ。対して少女の身長は120㎝くらい、真由美の顔をしたホルビー娘、クキアだ。彼女の視線は、ちょうど前に立つオークのへそくらいの高さだ。


(こいつ等、なんてことしてやがる。)井出は思うがおりが開けられない。サッホの鳴き声だけが空しく聞こえる。


「ひっ、ひぅ。こんなの無理。」


「ほう? ちびっこいけど、胸は結構デカイじゃねえか。」


蒼白そうはくの顔色をして両手で胸を隠しているホルビー娘、クキアが諤々がくがくと震えながらつぶやく。なまじ両手で胸を隠しているため、余計に胸のボリュームが強調されたようだ。目が恐怖で完全に泳いでいる。オークは大きな左の手でクキアの肩をつかむ。彼女の二の腕が完全に隠れてしまう。そのまま右手で腰を掴もうとしたが、


「ちょっと待ってよ? そんなチビちゃんより私の方が良いんじゃないの? ほら、この胸と腰見てよ! そそらない?」


アヤに似たドワーフ娘、ユシュタがオークの右手にしな垂れかかりながら話しかける。大きな胸をわざと暗緑カーキ色の腕に押し付ける。


「俺を満足させられなかったら、やっぱりこのチビもるからな。おい、お前らでチビの相手をしておけ! 傷はつけるんじゃねえぞ。」


そいつはホルビー娘をゴブリン共の方に押し付けるとユシュタを抱き寄せた。オークの注意を引くことに成功したようだ。オークは大きな手でユシュタの胸をもてあそび始めた。時おり胸をめたりしている。ドワーフ娘の表情が強張こわばりだした。眼に涙を一杯めている。


(くっそ、このおりそんなに難しい構造じゃないんだぞ。カギも付いてないし。がんばれ、サッホ!)井出が憑依ひょういしている動物は必死におりとびらみついている。扉を固定しているレバーが振動で浮き上がる。


「俺はこの金髪ブロンドのエルフだ。俺の部下を散々殺しやがって!」


さっきとは違うオークが七海に似たエルフ娘、メルキァの頭をつかんで無理やり立たせる。眉根まゆねしわを寄せてオークをにらみつけているメルキァの眼にも涙があふれてくる。唇を固くんでいて血がにじみそうだ。


「ほーれほれ、まあ安心しろ、じっくり時間をかけて可愛がってやるからな。」


オークが口元をいやらしくゆがませながらメルキァの残った衣服を剥ぎ取ろうとする。彼女は眼をつむって必死に耐えているようだ。あふれた涙がほおつたってあごの先からしたたる。


「ガウウッ!」


井出が憑依ひょういしている動物、サッホがオークのあしみつく。


(やっとおりから出られた。がんばれ、サッホ!)井出は何も出来ない自分が不甲斐ふがいなくて仕方なかった。


「うがあ、この野郎!」


オークがサッホを引きがそうとエルフ娘から両手を放す。その瞬間、その動物は電撃を放った。


「がああああっ!」


七海に似たエルフ娘を甚振いたぶっていたオークが感電して気絶した。


(おおおお! スゴイぞ、コイツ。良し!もっとやれ!)井出はサッホを心の底から応援した。


視界の中でアヤに似たドワーフ娘の胸をなぶるオークに迫っていく。また足首に噛みつこうとしたが今度はりつけられてしまった。


「ギャウン!」


井出の視界がゴロゴロと回転する。視界が途端に暗くなりだした。どうやら内臓をやられたらしい。


「あー、サッホ! やめてー!」


ドワーフ娘が叫ぶがオークの筋肉で膨れ上がった暗緑カーキ色の腕からは逃れられない。


暗くなった視界のすみでドアが開き、一人の女性が入ってきた。続いて屈強くっきょうなオークとゴブリン、体中に毛が生えた犬のような顔の小柄な獣人類ヴェアヒューマンが入って来る。


「はい、そこまでよ。貴方あなたたち、捕虜ほりょを勝手に連れてきてこんなことして良いと思ってるの?」


入ってきた女性の声が部屋にひびく。連れの男たちが毛布のようなものを手に少女たちに近づいてゆく。それぞれ少女にまとわりついている連中を押しのけて優しく彼女たちの体をおおっていく。ホルビーの娘をかばう様にゴブリン共の前に立ちはだかる犬顔の獣人類ヴェアヒューマンがまさにみつきそうな眼差しでにらむ。エルフ娘を毛布で優しく包んだゴブリンが電撃で失神しているオークに侮蔑ぶべつの視線を向ける。他のゴブリンと比べて表情が知的だ。


「ほーう。産婆ヒルヴェラ腰巾着こしぎんちゃくどもが・・・。いい恰好かっこうすんじゃねえよ!」


ドワーフ娘を甚振いたぶっていたオークが玩具おもちゃを取り上げられた幼児のような表情で毛布を持ってきたオークをにらむ。にらまれたオークは気にもかけない様子でアヤに似たドワーフ娘の肩に毛布を掛けてやり優しく包む。体格はこちらのオークの方が少し小さい。だが筋肉がまっていて精悍せいかんな印象がある。


「てめえ、スカしてんじゃねえよ! こっち向きやがれ。」


いらついたようにデカイ方のオークが小さいが屈強なオークの肩に手をかける。だが彼の体は全く微動びどうだにしない。そのままドワーフ娘の肩を抱いて、その場を去ろうとした。デカイ方はつかんだ腕が引っ張られて踏鞴たたらを踏んだ。精悍な方のオークが振り向いて吐き捨てるように言った。


「我々は腰巾着こしぎんちゃくではない。『左手に傷痕を持つ者ヴァリクシースタ』だ。私は魔法ヴァルマキが使える。『身体強化』と『筋力強化』だ。だからこそ、お前など相手にしない。魔法ヴァルマキを使えないお前を一方的に打ちのめしても何の自慢にもならないからだ。殴りたいなら好きにすれば良い。拳を痛めたいのならな・・・。」


途端とたんにデカイ方のオークの顔色が変わった。それを尻目に少女を連れてゆく。


「もう大丈夫よ、あなたたち。私は『産婆ヒルヴェラ』のソーヤリアよ。ひどい目にあったわね。」


褐色マロンの肌をした30代に差し掛かろうかといった雰囲気の女性がそう言って少女たちの肩を抱いた。


「あ、サッホが!」


少女たちがハッして顔を上げたとき、その女性は井出の視界の中で近づいて来ていた。


「あら、虎狐ティーケルケーね。可哀そうに・・・。でもよく頑張ったわね。偉かったわ。」


優しくそう言いながら治癒イルマタル魔法ヴァルマキを掛けてくれる。井出の憑依ひょういしている動物の視界が少し明るくなった。ソーヤリアは彼を大事そうに抱き上げて眼を見つめてくる。その顔はラビィニアにそっくりだ。また視界が暗くなる。これは多分、井出が憑依ひょういしている動物が安心して眠るからだと井出には分った。


「・・・・ちクン! 浩一こういちクン! きて! 一度、起きてゴハン食べなさい!」


井出が目を覚ますと目の前にラビィニアの顔があった。


「ヒッ!」


井出は瞬間、硬直していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る