第22話 赤い夢 第二夜①

気が付くと井出の視界には薄く赤いもやがかかっていた。


目の前に三人の少女が居た。一人はエルフだ。あわい色の金髪で頭の上にお団子だんごみたいに長い髪をまとめている。階級章の付いていない略式の軍服を着ている。軍服の色は浅葱あさぎ色だ。顔は七海そっくりだ。


ここで井出はもう気付いていた。これは夢なのだと。


次は赤い髪の女の子だ。服装は自動車整備工みたいな黄色いツナギだ。あちこち油汚れのようなものが付いている。顔はアヤにそっくりだ。耳が少しだけとがっていて体つきもアヤにそっくり。


三人目の女の子は小さくて可愛らしい体格だ。身長は120cmくらいか。いわゆる「おかっぱ頭」で髪の色は栗色だ。大きくて丸い耳が可愛らしい。どうやらホルビーらしい。顔は真由美にそっくりだ。白衣みたいなのを着ている。白衣の下は黒いタートルネックのセーターみたいなのと赤茶マルーンのゆったりとしたキュロットスカートだ。


「ミィスリウムかあ・・・。これって便利なものなんだけど動力源パワーユニットとして使うには制御が難しいよね。そう思わない、クキア?」


アヤに似た少女が言う。


「しようがないよ、ユシュタ。ミィスリウムが雷の力サラボイーマで伸びたり縮んだりすることが判ってから、まだ10年位なんだから・・・。」


真由美に似た少女が答える。どうやら「クキア」って名前らしい。アヤに似た子が「ユシュタ」か。10年前ってこっちの時間で言ってるみたいだから地球の感覚だと20年前ってことだ。クキアは低い身長の割に意外と胸がふくよかとしている。


「そもそも亜人類われわれ雷の力サラボイーマのこと自体も良く判っていない。野獣を狩るときの魔法攻撃イルヴァルマキでしか使わない領域だからな。」


軍人口調で七海に似た少女が話に加わる。心なしかエルフにしては背が低い。160cmあるかないかくらいだ。いや体格からするとまだ成熟していないと言うべきか・・・。顔が七海だから判りにくい。


「あらら? メルキァ、良いの? エルフ様が自分のことも含めて「亜人類われわれ」なんて言ってさ?」


「ホントだね。上官さんに見つかったら怒られちゃうよ?」


「構わん。エルフ族が「真の人類トル・ヒューマン」だなんてのは老人の世迷言だ。最近の若い士官候補生の中では私のような考えの者は珍しくないぞ?」


七海に似た子は「メルキァ」か。ふむ、エルフにしては考え方が柔軟リベラルってことなのかな? 身近に居るエルフがラヴィニアだから今一つエルフ達の一般的感覚は判らんと井出は思う。


「でもさ、あたし等にしたら74歳地球年齢140歳のアンタに『老人の世迷言』って言われてもピンと来ないなあ。」


アヤに似た少女、ユシュタがメルキァをからかう。真由美に似たホルビー、クキアもくすくすと笑っている。そうかエルフの140歳と言うと地球の中学生くらい、マークと同じ年くらいかなと井出は思う。


「何を言うか。見た目だけならユシュタが一番年上に見えるだろう? この間、10歳地球年齢18歳になったんだよな? ドワーフだったらとっくに成人してる年じゃないか! 胸ばかり大きくなりおって、『ゴレコーネ』の整備をするときに邪魔じゃないのか? 少しくらい分けてくれても良いんだぞ!」


七海に似たメルキァが言い返す。三人は可笑しそうに笑った。お互いの仲は良いようだ。ユシュタってドワーフなのか。井出はまだ見たことがない種族だ。まあエルフと違って地球の人類と寿命は近そうだ。それにしても『ゴレコーネ』って何だ?


「ねえねえ、最近『巨人機械ゴレコーネ』を軍事転用するって話出てるんだって? いやだよ、そんなの。この子は土木作業用なんだからさ。皆の街を作ったり、災害で困ってる人を助けたりするために開発してるんだ。人類ひと殺しの道具になんてしたくないよ。」


ドワーフの娘、ユシュタが嘆息たんそくしながら自らのおもいを吐き出した。彼女が見上げる先を井出が憑依ひょういしている存在も見上げた。そこにはオレンジ色の巨人が立っていた。フォークリフトを2速歩行にして2本の爪の代わりにパワーショベルのような腕を付けた物と言うのが井出の感想だ。操縦席コックピットらしき部分はき出しでパイプフレームで囲まれ、屋根以外は吹き抜けだ。


「こんなにゆっくり動く機械でどうやって戦争などするのだ? 軍としても陣地設営じんちせつえい輜重しちょう関連での運用を考えているのではないのかな・・・。そう神経質になるな。」


エルフの軍人、メルキァが答える。


「はいはい。今日はもうおしまい。晩ご飯でも食べに行かない? おいでサッホ。」


ホルビーの娘、クキアがそう言うと井出が憑依ひょういしている存在に向かって両腕を伸ばして来た。どうやら、この夢の中では井出が憑依する存在はペットか何かの動物らしい。クキアがサッホを抱きしめる。彼女は小柄な体格に似合わず、その胸は意外と豊かだ。なんだかいい匂いもする。視界がすっと暗くなる。


 風景が切り替わる。三人娘が上を見上げている。見つめる先には全身を暗緑カーキ色に塗られた巨人が立っていた。操縦席は『巨人機械ゴレコーネ』と同じだが周囲にパイプや金網のようなガードが付いている。腕が短く太くゴツイ物に交換されている。


「あーあ。とうとう軍用になっちゃったね。名前も『巨人兵器ゴレアセート』に変わっちゃった。」


「制御系の開発が進んで動作は格段に滑らかになったが依然として動作速度は緩慢スローだ。繊細な作業にはその方が返って良いんだが・・・。しかし、操縦席コックピット周りのガードのおかげで視界は最悪だよ。」


ツナギを来たユシュタがぼやく。ツナギは軍服と同じ浅葱あさぎ色に変わっており、ちょっと胸が窮屈きゅうくつそうだ。その横でエルフ娘、メルキァがやはりぼやく。髪型と軍服が変わっている。髪型は短めのショートカット、そうだ七海と同じ髪型だ。軍服も階級章が付いた立派なものになった。


「うーん。動作速度の向上は動力源パワーユニットが現状のままだともう限界かなあ。それにしてもその胸のアップデートには限界は無いの? 1季節ベクーラ前に私と一緒にあつらえた整備服の胸がギュウギュウじゃないの。」


浅葱あさぎ色のビジネススーツみたいな服を着たホルビー娘、クキアがユシュタの胸を指さしながら言う。スカートは黒いぴっちりとしたキュロットスカートだ。1季節ベクーラは地球で半年くらいか。


「そーいう二人は全然アップデートされてないね? もう限界なの?」


意地悪く笑いながら、ドワーフ娘のユシュタは二人の娘の胸を指差す。


「エルフが1季節ベクーラでそんなに成長する訳が無かろう!」


「私は16歳と2季節地球年齢31歳よ。もう成長期ピーク終わってるの!」


エルフ娘とホルビー娘がドワーフ娘に猛然と抗議こうぎした。少し間を置いて三人は一斉に笑い出す。やっぱり仲が良さそうだ。視界がすっと暗くなる。


 風景が切り替わる。三人娘が上を見上げている。見つめる先には、また全身を暗緑カーキ色に塗られた巨人が立っていた。ただし、今度は明らかに姿形スタイルが違う。操縦席コックピットは胴体の中に内蔵されたようで外からは見えない。角ばった胴体の上部に頭に当たる四角い部位ユニットがある。首は無く頭部は胴体に固定されていた。がっしりとして装甲された両腕にはたて棍棒こんぼうのような物が装備されている。ミィスリウムで出来たシリンダーがき出しで設置されていた脚部も全て装甲がほどこされていた。最早もはや、完全な戦闘兵器の姿だ。


井出は思った。これが黒く塗られていたら自分と対決した黒い巨人とそっくりだなと・・・。


「とうとう、こんな物になっちゃったね。『装甲巨人兵器パンツァリー・ゴレム・アセート』で略して『パンゴレア』かあ・・・。どうしてこうなっちゃたんだろ・・・。」


ドワーフ娘のユシュタががっくりと肩を落とす。


「動力性能と反応性の問題には雷水晶オコーネルクリスタルの複数搭載化やミィスリウムシリンダーの増設でなんとか対応したけど・・・。今度は制御コントロール系が一杯一杯だわ。こんな代物しろもの、相当に『巨人機械ゴレコーネ』を乗りこなしている経験者ベテランじゃなきゃ起動も無理よ。エルフ軍の上部の人たちは何考えてるの?」


「確かに機体制御は敏感ピーキーだし、新しく装備された頭部センサーユニットのせいで負担が増えてる。超音波ウルトラーニバロー通信ユニットも増設されてパイロットは大忙しだ。『巨人機械ゴレコーネ』の開発からたずさわっている自分でも少し乗っただけでとても消耗しょうもうする。君の言う通り、ちょっと訓練したような新兵ルーキーには無理だな。こんなものを開発しても乗る者が居なければ意味が無いのに・・・。」


ホルビー娘、クキアの問いかけにエルフの若い女性士官ナイネクルーメルキァが憮然ぶぜんとして答える。視界がすっと暗くなる。


 風景が切り替わる。周りがやたらと騒々そうぞうしい。エルフ軍の兵士や士官が大勢集まっていた。その中で三人娘は少し離れた場所から遠くの演壇えんだんを見つめている。そこには壮年そうねんのエルフ軍将官が立っていた。何やら演説をしている。


「諸君、機会は来た! 最早、獣人類ヴェアヒューマンどもは数だけを頼む無頼の輩に過ぎない! 我々には『装甲巨人兵器パンゴレア』がある。そして、その自身の処女おとめを捧げ献身する戦乙女ヴァルキリエ達が居る! 諸君、500年前の屈辱を晴らすのは今だ!」


演説にその場に集まっている多くのエルフ軍兵士や士官たちは拳を天に突き上げ叫ぶ!


「そうだ! 今こそ処女おとめを捧げよ!」


その言葉は大号令となって場内にとどろいてゆく。足を踏み鳴らす者まで出てきて会場が揺れる。


「この人たち、自分で何言ってるのか理解してるのかな?」


ドワーフ娘、ユシュタがつぶく。壇上だんじょうを見つめる視線が冷ややかだ。


「自分でやらない人がもっともらしい『理屈』をでっち上げてねえ。乗っかってる連中もほとんど男性だしね。神経センスうたがっちゃう・・・。ねえ?、メルキァ。」


ホルビー娘、クキアに話を振られたエルフ娘、メルキァは明後日あさっての方向を見ながら答える。


「今となっては、自分にやれることは彼女たちをみちびまもることだけだ。」


彼女の視線の先には不安そうに会場の端っこに固まっている少女の集団があった。視界がすっと暗くなる。

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