第21話 白銀の騎士

「コオォォーン!」


金属バットで野球の硬球を打ったような甲高い音が草原に響く。井出の眼前に飛び込んで来た白銀の巨人が振り下ろして来た黒き巨人の右腕を打ち上げる。腕に握った円柱状の武器でだ。黒い巨人の右肩は関節の限界を超えたのか火花を散らし煙を噴き出した。


「ゴオォォーン!」


白銀の巨人が左手に持った盾を正面に構えて体当たりする。背中のランドセルのようなユニットから青く発光する球体が大きくふくらんでいく。白い巨人が地面を蹴ると黒い巨人を弾き飛ばしながら井出の眼前から飛び去った。


「もおぅ! マー君、遅いわよう! 何、モタモタしてたの~!」


ラビィニアが叫ぶ。もう普段のふわふわした表情に戻っていた。


「ゴメン、ゴメン。この機体愚図ぐずっちゃってさ。起動に手間取っちゃった。」


白銀の機体は腰を右に回した。頭部を後ろに向けてラビィニアに外部スピーカーで話しかける。その声はマーク・アンダーソンのものだった。そのまま頭部は井出の方に視線を下げる。その額には一角獣ユニコーンのような角状のものが生えていた。


その機体は流麗な曲線と直線が巧に組合わせられて形作られている。機体の各部には整備用のハッチのようなものがある。黄色や赤で描かれた図形と共通語で注意書きのようなものも書かれている。井出は子供の頃に作ったジェット戦闘機の模型プラモデルに付属していたデカールを思い出した。


「井出 巡査長じゅんさちょう、お疲れでした。余計な負担を掛けてしまいましたね。すいません。下がって手当を受けて下さい。」


マークの外部音声が草原に響く。彼の機体は肩だけが黒鉄ガンメタルに塗られていた。そこには橙色オレンジ一角獣ユニコーンのシルエットが描かれている。白銀の巨人はゆっくりと右手に持つ円柱状の武器で天頂てんちょうを指す。その先端だけが槍の様にとがっている。まるで白銀の騎士だ。そのまま、すっと黒い巨人にその武器を向けた。


「行くよ、黒いポンコツ君! そうそう時間を掛けていられないからね。」


マークが外部スピーカーで宣言すると共に白銀の騎士が背中から青い光の尾を引きながら黒き巨人に突進した。その動きはまるで生きている人間のようだ。


「ふう、助かりました。ですが、アレは一体何ですか? マーク君が乗っているのだけは判りますが。」


駐在所の前まで下がって来た井出がラビィニアにたずねる。彼女は井出の肩に治癒魔法イルマタルヴァルマキを掛けながら答えた。


「あれは装甲魔導巨人兵器パンツァリー・タイカー・ゴレム・アセート、略して『パタゴレア』よ。そして真由美さんが作成した報告書レポートの中でその存在を予言した兵器の一つでもあるわ。」


井出は白銀の巨人と黒いヤツの方を眺めながら小さく呟いた。


「あの黒いヤツがあと二体居たら絵になるのにな。もっともアレが三体も居たら、今頃俺はペチャンコか。」


「ん? 何か言った、浩一クン?」


ラヴィニアがたずねて来たが、井出は「いえいえ、何でもありません。」と胡麻化ごまかした。


戦いの行方ゆくえは明らかだった。白銀の騎士の体当たりを受けた黒き巨人はもうたいなのだ。辛うじて立ち上がりはしたが体中の関節から煙を吹いている。なんとか動く左腕でストレートパンチをり出し、突進してくる白銀の騎士を迎え撃つ。


「ガッシャアーン!」


黒い巨人の左肩が砕かれる。白銀の騎士の右腕に装備された突撃刺突剣アザルレイピオンの方が間合いが長い。得物を持たない黒い巨人に勝ち目は無かった。すれ違いざまに左腕に装備する強化装甲盾マーハパンツァリーで氷塊によるダメージが残る左膝を払う。


黒き巨人の左膝があっさりと分解した。立っていることが出来なくなり、そのままうつ伏せに倒れてしまう。白銀の騎士は振り返って残った右脚の根元に突撃刺突剣アザルレイピオンを突き刺した。これでもう黒い巨人は行動不能だ。


「これでおしまいっと! お母さん、ちゃんと操縦席コクピットは残しましたよ。これで大丈夫ですか?」


マークの問いにラヴィニアが大きく頷き、右手の親指を立てて応えた。駐在所の「防御結界」のサークルが緑色に淡く光った。保安官テッドとジェフが率いるライフル隊が到着したので、エマが入場許可を与えたのだ。


「ラビィー・マム、新手あらてのようです。」


近付いて来た保安官テッドが「防御結界」が破損した部分を指差す。その先を見ると赤黒いムカデもどきが群れを成して侵入して来るところだった。ライフル隊が配置に着くべく移動しているが少し手間取りそうだ。


「ライフル隊の準備が出来るまで、時間を稼ぐよ。」


外部音声でマークの声が草原に響く。白銀の騎士は「防御結界」の破孔に向き直る。頭部のつの状のものを「外敵バフィゴイター」の雑魚どもに向けたと思った瞬間、その先端にオレンジのまばゆい光がまたたいた。


「ドゴゴゴッ!」


どうやら火薬を使った機関砲のような兵器らしい。大口径の機関砲弾がムカデもどき共をズタズタに引き裂いてゆく。


「こちらのセンサーにも情報が入って来た。前方、500ヤードに『はぐれ者セポー』が五隊。どうもこいつ等が本隊みたいだね。ちなみに黒いヤツと同じ反応は無いよ。」


「ふうん。念のために目視でも確認したいわ。リンネ中尉、お願い!」


マークの報告を聞いたラヴィニアがリンネ中尉に要請する。彼女は小さくうなずくと詠唱を開始した。額に薄っすらと汗をいている。思ったより疲れる魔法ヴァルマキのようだ。彼女が詠唱を終えると白い光球が二つ、新たにてのひらから飛び出した。その光球は新手の「外敵バフィゴイター」共の上を低空で飛行しながら照らし出していく。


まるで偵察機のようだな。井出は思った。例のタコギンチャクが5体、ある程度の間隔を保って布陣している。それぞれ極彩色のウミウシもどきを5~6体、従えていた。その周りは赤黒いムカデもどきが埋め尽くしていた。恐らく300~400体近く居るだろう。三人の女子高生たちがとても嫌そうに顔をしかめる。


「急げ、配置に付け! オッツオ、魔法支援と付与を始めてくれ!」


保安官補アシスタントジェフの指示に従って背は低いが体格の良い髭面ひげづらの男たちがライフルを持って配置に就いて行く。その後ろにオッツオたち、ホルビー族が楽器を持って円陣を組んだ。その中心にミィドリが居る。彼女は楽器の演奏に合わせて踊り出した。


五人の髭面の男たちがライフルを構える。狙いは「防御結界」が破壊されたところだ。彼らの構えるライフルは銃身が水平に二本並んで付いている。その銃身があおく光り、銃口付近に赤い火球が発生する。列の一番右端の男が発砲を始めた。


「キューン!」


火薬銃とは明らかに違う発射音がする。まるで新幹線がホームを駆け抜けるような音だ。飛び出した弾丸は赤い火球をまとってムカデもどきの群れの中に吸い込まれた。途端に2~3体が吹っ飛ぶ。男はもう一度、射撃すると弾丸を装填し始める。


再装填!リ・ロード!


その声を聞くと直ぐに二番目の男が射撃を始めた。なるほど、こうやって間隔を開けながら射撃して弾切れを防ぐ訳だ。侵入して来るムカデもどきは次々に撃破されてゆく。遂には防御結界の中に居ることが出来なくなった。


「ライフル隊も落ち着いたみたいだね。相手に『巨人兵器ゴレアセート』も居ないし、アレの試射をしても良いかな?」


白銀の騎士が外部音声でラヴィニアに許可を求めて来た。彼女は少し考えた。


「そうね、こんな機会でも無ければ何時までも試射なんか出来ないわね。許可します!」


指向性集音マイクで母親の回答を確認したマークが白銀の巨人に指示を送る。機体の胸に当たる部分の装甲が開いて砲口が現れた。砲口の前に明るい黄色の光球が膨らんでゆく。

高回転モーターのような高周波が草原に響き渡る。


同調シンクロ率正常90%。魔導投射砲タイカートリトスィキー、臨界値に達します。目標『悪魔の口パホライセンソ』、5体! 3、2、1、投射!トリトス!


白銀の騎士の胸から黄色い光条が飛び出した。その光の筋は5体のタコギンチャクどもを地面に縫い付ける様に走る。一瞬の間を置いて光が辿った跡から爆発が発生した。眩いオレンジ色の光球が空中に舞い上がりキノコ雲が立ち上がる。


「まるで巨神兵じゃないか・・・。何て破壊力だ。」


井出は思わずつぶやいた。その視界の中で白銀の騎士が片膝かたひざを付いた。そのまま擱座かくざして全身のハッチを開放してしまった。冷却ファンの音が五月蠅うるさく響く。


「あちゃ~、やっぱダメか。オーバーヒートしちゃった、ゴメ~ン!」


マークが外部音声で謝罪する。だが、この一撃で「外敵バフィゴイター」の本隊はほぼ壊滅した。残党は引き上げるかに見える。だが、生き残った雑魚の一党が「防御結界」の破損した部分に殺到した。ライフル隊が応戦する。


「クオーン! クォン!」


何か悲しげな動物の鳴き声が聞えて来た。井出が声がした方向を見る。丁度、昨日「ぬし」と対決した場所のすぐ向こうに子熊のような動物が2頭と母親らしき大剣牙灰熊サーバルグリズリーが居た。雌らしく牙はそんなに長くない。体長も2.5mくらいだ。


彼女らを囲むように「外敵バフィゴイター」のウミウシもどきが3体居た。いやらしく長い触手をぬらぬらとうごめかしている。少し離れた処に「ぬし」が数十のムカデもどきと格闘しているのが見えた。


「可哀そうに・・・。あの子たち、このままじゃ卵を産み付けられちゃうわね。」


ラヴィニアが憐れむように漏らす言葉を聞いた瞬間、井出は走り出していた。100mと少しの距離だ。まだ魔法が効いている彼にとっては数歩で届く。


「ライダァァーキィック!」


気合の掛け声と共に青地に黄色い斑点が散った体長4mを超えるウミウシもどきが吹っ飛ぶ。ソイツは井出の飛び蹴りを受けた体の反対側を弾けさせてブルブルと全身を震わせ絶命した。


「ライダーパアァンチ!」


次にすぐ前にいた赤と蛍光グリーンの斑柄のヤツに左右の正拳突きをドムドムドムと打ち込む。拳が生み出す衝撃波が全身に丸い打痕だこん穿うがつ。全身を内部からズタズタにされて、痙攣けいれんしながらその場に沈む。


「クォォ~ン!」


井出が声の方を向くと大剣牙灰熊サーバルグリズリーめすが襲われていた。黄土色と紫のストライプ柄のウミウシもどきが触手を嫌らしく伸ばしていた。体格が違う。このままでは不味まずい。


「汚らしいことしてんじゃねえ! クソがっ!」


腰の拳銃M1917を素早く引き抜く。回転弾倉シリンダーに残された最後の氷結弾パカスト・ミネンルアットを撃ち放った。青白く光る弾丸がウミウシもどきに吸い込まれると、ソイツを氷結させ粉々に砕いた。


「ゴルルゥ!」


井出が唸り声がする方を振り返ると「ぬし」が迫っていた。雑魚ムカデもどきどもは全滅していた。丘を登って避難する自分の家族と彼の間に割って入る。家族に手出しはさせない。その気迫が伝わってくる。井出も「主」をにらみながら円を描くように距離を取った。二人の間にビリビリと緊張が高まる。


「クーン!」


丘の中腹まで避難した雌が「主」に声を掛けた。まるで「もう大丈夫よ」と言っているようだ。「主」がこちらを警戒しながら退いていく。井出も距離を取りながら思っていた。そうか「主」にも家族が居たのか。では昨夜の獲物もつがいや子供たちのために回収したのかと。


「仕方ねえな。今日のところは奥さんと子供たちに免じて見逃してやる。パパの面目を保つのは楽じゃないからな。」


井出は小さくつぶやくと駐在所に向かって歩いていった。



「ねえ、どうして助けたの? あそこまでする義理は貴方あなたには無いんじゃないの?」


駐在所に戻った井出にラヴィニアが尋ねる。


「ん~。何ででしょうかね? 自分でも判りません。あの子供たちの声を聞いたら勝手に体が動いてたんです。」


「ふぅ~ん。そうなの。でも随分ずいぶんと「ヒーロー」を満喫してたみたいだけど、後が大変よ?」


ラヴィニアがそう言った次の瞬間、井出に掛けられた全ての魔法が切れた。途端に凄まじい激痛が彼を襲った。


「ぐわあぁっ! いだぁい! た、立ってられない! な、何がどうなって?」


全身を襲う筋肉痛と倦怠けんたい感に耐えられず、井出は意識を失っていった。

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