第20話 黒き巨人との死闘

「お願い、三人ともしっかりして! あなた達にも手伝って欲しいの!」


ラヴィニアが駐在所の事務所で固まって震えている三人の女子高生に声を掛ける。彼女の声に最初に反応したのは七海だった。


「鉄砲とか撃ったことないですけど、私でも出来ますか?」


「冗談じゃないわ! 鉛玉なんて『外敵あいつら』の雑魚ざこならかく、あの黒い巨人には傷一つ付けられないわ。三人の精霊力マナを貸して欲しいの!」


三人の少女たちもようやく立ち上がる。自分たちにも出来ることがあるのなら、やらなくてはと勇気を振りしぼった。エマが共通語ヴィルスコで書かれた魔法ヴァルマキの詠唱文を真由美に渡す。彼女はそれを日本語にやくして二枚のメモにサラサラと書き写した。


「ゴン! ゴォン!」「ザカザカザカッ!」


三人の女子高生たちが事務所から出ると黒い巨人が「真の神殿トル・マルヤクータ」を守る「防御結界」を殴りつけているところだった。二本のゴツイ方の腕で重い攻撃を繰り出す。その命中した場所を細長い腕に付いた巨大な爪で細かく削っていた。


「防御結界」の攻撃を受けている箇所から淡く光る亀裂きれつが入り始めた。まるでガラスのひびのようだ。巨大な大剣牙灰熊サーバルグリズリーぬし」でさえ破壊出来ない結界を打ち砕き、魔法攻撃イルヴァルマキも通らない黒き巨人。コイツに一人で立ち向かうのか? 井出は世の不公平を呪っていた。


「あんなに一点を狙われたら長くは持たないわね。浩一クン、ちょっと来て!」


小学校の女性教諭おんなのせんせいに呼ばれた男子生徒のような足取りで井出がラヴィニアに近付く。彼女は左のてのひらを突き出した。


「拳銃の弾を抜いて渡して。魔法攻撃イルヴァルマキを付与してあげる。」


井出が拳銃M1917から弾を抜きラヴィニアの掌に五発の45ACP弾を置く。彼女は詠唱を開始した。


精霊よ!ピフラ! これらの礫に氷の領域の力を宿せ!デッサ ソラー ヤーボエマ マヤパィーカ! 氷結弾!パカスト・ミネンルアット!


弾丸が青白く光り出す。井出はそれを拳銃M1917に再び装填そうてんした。六連発のこの銃に五発しか込めないのは暴発を防ぐためだ。


ラヴィニアの指示で、彼女と七海、エマとアヤ、リンネ中尉と真由美が組になって手をつなぐ。三人の女子高生は手に持ったメモを見ながら魔法ヴァルマキを詠唱し始めた。


精霊よ!ピフラ! 我の全ての領域をこの者に貸し与えよ!リトヴァ カィッキ アルエ タマン ハィキロ ライナータ! 精霊力共有!マーナ・ヤー!


真由美はスラスラと、七海は訥々とつとつと詠唱を成功させた。ヒドイのはアヤだ。「ピラフ!」とか言い間違えたり、何度か舌をみそうになって3回目の詠唱でやっと成功した。すると手をつないでいた三組がそれぞれ淡い緑の光で包まれる。


「リンネ中尉は辺りを明るく照らして頂戴! エマは浩一クンの『筋力向上』と『防御力向上』をお願い! 私は『俊敏性向上』と『身体強化』を受け持つわ。」


黒き巨人の攻撃は激しさを増している。緑に光るひび割れがどんどん大きくなって、攻撃を受ける度に「防御結界」のサークル自体が緑色に光り始めた。そして緑色に点滅を始める。井出はまるでカラータイマーみたいだなと思った。


「バリイィィーン!」


まるで光子力研究所のバリアが破られる時のような音が草原に響いた。見ると「防御結界」にガラス窓が破られたような穴が開いている。巨人は結界に空いた穴に手を掛けてバリバリと拡げ始めた。とうとう結界に自身が通れる程の「入り口」を確保する。


黒い巨人は「防御結界」内に入ると駐在所を目指してゆっくりした歩調で歩き出した。だが歩幅ストライドが長い。思いの外、その歩みは速い。そしてラヴィニア、エマ、リンネ中尉の魔法詠唱も完了した。


リンネ中尉の両掌から白く眩い光を放つ球体が数個飛び出した。それらは円を描きながら空中に舞い上がってゆく。途端に辺りは照明で照らされた夜間試合ナイターの球場のように明るくなった。まるで照明弾だな。井出は戦い慣れたラヴィニアの気遣きづかいに感謝した。


「うおお! 何だ? 体が軽い! それに力がき上がってくる!」


井出の体や盾、ヘルメット、防護装備や出動靴が赤や青、黄色の淡い光で包まれてゆく。途端に体に羽根が生えたように動きが軽快になる。体中から力があふれ彼の精神を高揚させていった。手に持っている盾や警杖がまるで紙細工のように軽い。今ならこのまま100m走で10秒を切れる自信がある。


「浩一クン、出来るだけ内側から二番目のサークルの中で戦って!」


井出はラヴィニアの指示に従い言われた場所の手前まで移動する。歩いているのに40m程の距離を十歩も掛からない。目の前には黒き巨人が間近まで迫っていた。


「さあて皆を守るか! 俺がやらねば誰がやる!」


もう井出に迷いは無かった。今の自分ならあの「ぬし」とだって素手すでで立ち合えるだろう。黒い巨人の動きも心なしかゆっくりに見えて来た。集中出来ているのが自身で手に取るように感じられる。


「ブンッ!」


黒いヤツが左の拳を放つ。やや大振りのストレート、井出はこれをパンチの軌道の外にかわす。高校時代にやっていたラグビーのステップが役立った。かわしざまに、その左腕を警杖けいじょうで打ってみる。


「ガキィッ!」


軽く打っただけなのに巨人の黒い腕に小さいがへこみが出来た。銀色の下地がのぞく。どうやら、コイツは金属製らしい。黒いのは長い年月で着いた汚れのようだ。所々に生えているこけのような植物もそれを物語っている。腕を打たれた黒き巨人はバランスを失って踏鞴たたらんだ。


打った警杖けいじょうの方は何ともない。かたいとは言え、ただの木の棒だ。普通ならポッキリ折れてしまうはずなのに・・・。井出は魔法ヴァルマキの効果を改めて実感した。


「ザザザッ! ザカザカザカッ!」


不意に上から巨大な爪が付いた細長い腕の素早い連続攻撃が降り注いだ。ステップを踏んでかわす井出の体を草原にい付ける様に執拗しつような攻撃が追いかける。け切れない攻撃が数発、彼に命中する。と思った瞬間、黄色い光球が発生して爪を弾き返す。


「なるほど! こっちの攻撃は通るけど、向こうのは無効か。これならイケる!」


「浩一クン、『管理者保護システム』にも限界があるわ。出来る限り攻撃はけて!」


なんだ、完全無敵じゃあないのか・・・。井出は少しガッカリした。数m下がると細長い腕の連続攻撃は止んだ。しかし下がった距離を黒い巨人は確実に詰めて来る。これを繰り返していては不味まずい。すぐに駐在所に到達してしまう。


「浩一クン、拳銃であしを撃って!」


井出はジャイアントロボになった気分で腰のホルスターから拳銃M1917を抜く。黒い巨人の左脚を狙って二発撃ち込んだ。青白い光球が二つ、巨人の左脚に吸い込まれてゆく。


「ビキビキビキッ! ビキビキビキィッ!」


銃弾が命中した箇所かしょから巨大な氷塊が発生し、巨人の左脚を包む。ヤツは前進することが出来なくなった。なるほど魔法攻撃イルヴァルマキが通らなくても、こういうやり方もあるのか。流石さすがは303歳の戦闘巧者ベテラン、年季が違う。と井出は思う。


拳銃をしまうと警杖を拾って細長い腕の射程範囲の大外を回り込む。黒き巨人の背後に回ると驚きの光景が待っていた。大きな甲羅のようなものを背負っている。甲羅の上部から細長い腕が生えている。中央部からは二対の触手が生えており、それで巨人に抱きついてるようだ。


細長い腕の連続攻撃が来ない。どうやら背中は死角のようだ。井出は飛び上がって警杖けいじょうで細長い腕の付け根を思い切り殴ってやった。甲羅に少しひびが入る。これは相当いたようだ。黒い巨人は身をよじって明らかに嫌がっていた。彼は着地してもう一回殴ってやろうと腰を落とした。


「ブゥゥーン!」


巨人が右腕の裏拳うらけんを放った。腰を回してラリアットのように腕を振り回す。予備動作が大きく大振りな攻撃は井出にはバレバレだった。余裕を持って攻撃をかわす。黒い巨人は左脚が使えないためバランスを崩して尻餅をついた。だが、それによって正面に井出をとらえる。


「ザザザッ! ザザッ! ザザザザッ!」


今度は巨大な爪が付いた細長い腕の連続攻撃が繰り出される。まるで槍衾やりぶすまだ。間合いとタイミングを微妙に変えて素早く攻撃して来るのでとても避け難い。彼は無理にけずにジュラルミンの盾を正面に構えた。


「ガガガッ! ガガンッ! ガガ!」


盾の表面に黄色い防御エフェクトの光が弾ける。反動で後ろに体が下がる。井出は細長い腕の射程の外に押し出されてしまった。機械的でゆっくりした重い攻撃と生物的で変則的トリッキーな速い攻撃がぜて繰り出されてくるので非常にけ難い。


(やはり、あの細い腕の素早い攻撃が厄介やっかいだな。どうすれば・・・。)


井出は巨人と駐在所の間に移動しながら考える。


「ガン! ガキン! ガキィッ!」


突然、黒い巨人が自身の左脚を殴り出した。いや脚に着いた氷塊を殴っているのだ。膝関節の負担ダメージも顧みずに無理やり氷を砕いていく。氷塊は見る見る小さくなり、あっという間に取り除かれてしまった。脚の自由を取り戻した巨人がゆっくり立ち上がる。


井出は拳銃M1917を取り出して構えた。狙いは細長い腕の付け根だ。氷塊で自由を奪えば素早い攻撃を封じられる。あれさえ無ければ弱点の背中を攻撃するのは難しくない。黒い巨人がゆっくりと近付いてくる。ヤツは射程距離に入る寸前に細長い腕を高く振り上げる。まるでヒグマの様に・・・。井出は拳銃M1917を発射した。


「ビキビキ・・・。ガシャアン!」


なんと黒い巨人の左の細長い腕が氷結して砕け散ったのだ。体の重量バランスが変わったので巨人が少しふらついた。ここには魔法攻撃イルヴァルマキが通るのか! そう思った井出は右の細長い腕にも狙いを付ける。残りは二発、慎重に狙いを付けて引金をしぼる。


しかし、この一瞬が不味まずかった。残りの細長い腕を失いながらも黒い巨人は反撃してきた。今度の左腕の攻撃は鋭かった。無理に大振りにせずにボクシングのジャブの様に短く直線的に打ち込んで来た。不意を突かれた井出はジュラルミン製の盾を正面に構えて耐える。


「ガアンッ!」


コンパクトに打ち込んで来たとは言え、こちらの腕の攻撃は重い。防御エフェクトの黄色いフラッシュ光が辺りを派手に明るく照らす。彼は反動で後ろに吹っ飛ばされて尻餅をつく。


「しまった! 畜生、しくじった!」


思わず叫ぶ井出に黒き巨人が迫る。彼が立ち上がって下がる前に逃がすまいと右の拳を上から叩きつけて来た。


「グワアァァーン!」


まるで空中で大型爆弾が破裂したような大音響が響く。辺り一帯を黄色い光が塗り潰す。黒い巨人が次々と拳を繰り出して来る度に派手な防御エフェクト光が盾の表面で弾ける。攻撃を受ける度に「管理者保護システム」のサークルが光り始めた。下手にけようとして直撃を受ければ不味まずい。井出は盾を構えて耐えるしか無かった。


「ぐわあぁっ!」


突然、黒い巨人の攻撃が重くなった。いや、そう思ったのは井出の勘違いだ。「管理者保護システム」がダウンしてしまったのだ。もう防御エフェクト光は発生しない。盾や井出の体に掛けられた魔法はまだいている。怪我や骨折はしていない。だが、それも時間の問題だ。


「いだあぁ~い!」


今度は井出の両腕と肩に激痛が走る。どうやら盾に掛かっていた防御力向上の魔法が切れたようだ。ジュラルミン製の盾がぐにゃりとひしゃげている。もう次の攻撃には耐えられそうにない。黒き巨人が右腕を振り被るのが見えた。やたらとゆっくりに感じる。


(どうやら年貢の納め時かな・・・?)


そう井出が思った時だった。銀色に光る巨大な物体が視界に飛び込んで来たのは。

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