第34話 感謝祭《カルネバリ》

感謝祭カルネバリ」 それは一年が552日と長いこの世界アルヴァノールで三ヶ月ごとに執り行われる三日間の祭だ。人々は一つの季節を生き永らえたことを祝い、感謝し、喜びを爆発させる。祭の間は花火が引っ切り無しに上がっていた。


「きゃあ、可愛い。バースちゃん、こんにちわ!」


ラヴィニアの娘、リーニァがレッサーパンダにそっくりな「霊獣フゥハーペト」バースを見て声を上げた。バースは初めて会う少女に興味が湧いたのか「きゅー」と鳴きながら鼻をひくひくとさせる。リーニァに「好意」の匂いを感じたらしく、自分から彼女に抱きついた。


バースを抱き上げて銀髪プラチナブロンドの少女は満面の笑み。母親そっくりの長い耳がウキウキとリズミカルに上下している。


「井出 巡査部長じゅんさぶちょう、昇進おめでとうございます。初めての『感謝祭カルネバリ』はどうです、 楽しんでいますか?」


リーニァの兄、マークが井出に挨拶して来た。『感謝祭カルネバリ』の三日目、つまり最終日の今日、「保安官の町」から紹介したいと言う人物を連れて来たのだ。


「こちら、ネコッカ・アセセッパさん。僕の乗る『試作装甲魔導巨人兵器パタゴレアユクスサルヴィーネ』の開発主任だよ。特に銃火器に関する知識や技術に明るい人なんだ。」


「よろしく、ネコッカです。井出氏いでしうわさうかがってますよ。機械にもお詳しいそうですね。」


マークから紹介を受けた人物はドワーフ族の男性だった。背が低いががっちりした体格、そこまでは他のドワーフ男性と同じだ。しかし髭は剃っていて無い。黒縁の眼鏡を掛け、髪はまげの様にっている。口調もドワーフ族に多い職人調子でなく、知的な技術者エンジニアを思わせる感じだ。


「エマから頼み事があると聞いています。用件を聞きましょうか?」


井出たちは「感謝祭カルネバリ」の初日こそ、祭りを楽しんでいたが二日目からは少々時間を持て余していた。そこでエマの要求リクエストで黒い建造物「真の神殿トル・マルヤクータ」を使った、彼女のライフルや拳銃をアップグレードする実験を繰り返していた。


「あのね、ライフルの方は良いんだけど。拳銃がね・・・。銃身が長すぎて使いにくいの。何とかなる、ネコッカさん?」


井出はおや?と思った。いつもなら大人っぽい話し方のエマがネコッカに対しては少女のような口調で話すからだ。二人はかなり昔からの知り合いらしい。


「ふむ。確かに7.5インチの銃身を短くしたいからと言って、ただ切れば良いってもんじゃない。これを5インチにすれば良いんだね。あと照星フロントサイト照門リアサイトはイラストの通りと。この銃口の上にある切り欠きも必要?」


マーリン製のM1894レバーアクションライフルの口径変更は簡単だった。元々44マグナム弾を使用するバージョンがメーカーから発売されていたからだ。しかし拳銃の方が難航していた。現代のコルト製回転式リボルバー拳銃はエマの好みに合わなかったのだ。


何度も試してスタームルガー社のスーパーブラックホーク、ニューモデルに落ち着いた。暴発の心配が無く6発全弾装填そうてん出来る上、基本的な構造や操作がコルトSAAと同じだからだ。しかし今度は銃身長が長過ぎる。一番短くて7.5インチ。取り回しや抜き易さを考えて5インチくらいに切り詰めたいのだ。


「しかし凄く精密なイラストだね。いや写真って言って構わないな。」


「ホント、ビックリしたよ。くとこ見てたけどインクジェットプリンタみたいだったもん。」


井出の感嘆したようなつぶやきに、七海が同意する。エマは七海のスマホで検索した拳銃のカスタム例の写真を参考に自分が求めるスタイルを描き起こしていた。「精密描画タルクスピルト」-彼女が持つ特殊な「技能スキル」だ。


この「技能スキル」を使うと目で見たもの、自分の頭の中にイメージしたものを紙などに正確に描くことが出来るのだ。七海の目の前でエマは色鉛筆を使って画用紙に拳銃を描いた。その光景は正にプリンターだった。


赤、緑、青、黄色、黒の五色を順番に使って紙に色を乗せてゆく。色を重ねる毎に拳銃の姿形が明確になって行った。黒を入れた途端、まるで写真のような出来栄えのイラストが出来上がる。エマは最後に拳銃の各部に必要な寸法や仕様を書き込んだ。今、それをネコッカに渡したという訳だ。


「うん。大体判ったよ。先ずは銃身を何本か試作して見る。試射に使う弾丸も分けて貰うね。出来上がったら駐在所に電話を入れるから『保安官の町』まで取りに来てくれ。七日くらいかな。」


エマ直筆の「仕様書」とブラックホークを受け取ったネコッカは「保安官の町」へ帰って行った。


「おーい、井出君! 今日は良い物を持って来てやったぞ!」


ネコッカと入れ替わりに保安官テッドが駐在所にやって来た。「良い物」と聞いて、居間でテレビの正月番組を見ていた真由美やアヤも集まって来る。ピートと「霊獣」バースも一緒だ。保安官テッドは氷が敷き詰められた木箱を持っていた。


「ほら、これが前に話した『海から来る鳥レンダミエッカラ』だ。今日『ホルビーの里山』から着いたヤツを分けて貰って来たんだ。」


木箱の中には大きな肉の塊が入っている。一見したところ、大きな魚をおろした物のようだ。体の表面に当たる部分には細かく黒い毛が密生していてアザラシの肉と似ていなくもない。アヤが早速、キッチンに運び込んで調理を始めた。味見用に小さく切ったものを刺身醤油と一緒に持って来る。


「お! マグロそっくりの味だな。こりゃうまい!」


「ホントだ、酢飯すめしに乗っけて鉄火丼てっかどんにしたいよ、コレ!」


「ほしたら、今日は鉄火巻てっかまき作ろか! メッチャ美味しいヤツにするで~!」


「これ、本当に美味しいです。テッドさん、ありがとうございます。」


井出と三人の女子高生は久々に食べる刺身の味に感激していた。舌鼓したづつみを打つ四人に保安官テッドも満足気だ。無骨なようで細かいところに気が回る彼に井出は感謝していた。


「ちなみに『海から来る鳥レンダミエッカラ』ってこんな姿よ。」


その日の夕食の時、エマがこの生物のイラストを描いてくれた。子供の頃「ホルビーの里山」に行ったら偶然ぐうぜん飛んでいるところを目撃したと言う。その姿はまるでカジキマグロに翼が生えたものだ。ただし全身には黒い毛が細かく密生しているので体はペンギンの様に見えなくもない。


「まあ、美味しいから見た目はどうでも良いよ! 皆、食べよう。」


再び、鉄火丼(?)をき込み始めた七海を見て、たくましいと思う井出であった。駐在所での「感謝祭カルネバリ」最終日の夜はこうして楽しい夕食と共に過ぎて行った。壁に掛けられた真由美謹製のカレンダーには卒業式の予定日が記入されている。あと57日後、それはテレビの中での3月1日だった。

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