第18話 ホットライン

井出はこの町の「教会チャペル」と呼ばれる「黒い建造物」の前に居た。黒電話から延びるケーブルの端を建物の基礎に近付ける。するとケーブルはスルッと基礎の中に吸い込まれてつながった。そのまま引っ張るとケーブルはどんどん延びる。彼は「教会チャペル」の前に設置した机の上に黒電話を置いた。


「ふうん、これが電話? マービンから聞いてたのと随分ずいぶん違うわ。」


ラヴィニアが感心したように黒電話に見入っていた。前回、転移してきたアメリカ人たちも電話は知っていた。しかし当時の物は電話番号ではなく交換手に相手先につないでもらう方式だ。井出は駐在所の電話番号をダイヤルした。


「は~い! もしもし、こちらはと駐在所です! アヤだよ~♪」


呼び出し音が鳴って、すぐに受話器が取り上げられた。アヤの元気な声が受話器から聞こえる。通話の品質も悪くない。やはり「黒い建造物」はお互いにつながっている。井出の予想は当たった。次に一度、電話を切って駐在所からこちらにかけて貰う。


「・・・・・・・。」


しばらく待ったが、黒電話の呼び鈴が鳴る気配は無い。井出は七海のスマホでアヤのPHSピッチつないで貰った。


「あんな~、何回ダイヤルしても掛かれへんねん。電話番号書いたメモ見ながらやから間違えてへんと思うんやけど・・・。」


やはり電話機自体に電話番号がないため架電かでん出来ないようだ。井出は少し考えて七海のスマホを通じてエマに代わって貰った。エマに指示を伝える。


「交換手、『教会チャペル』につないで!」


「ジリリリン! ジリリリン!」


スマホからエマの声が聞こえて来ると同時に黒電話の呼び出し鈴が鳴り出した。今度はこちら側から駐在所に交換手方式で架電できるかテストしてみる。一度、切ってから井出は受話器に向かって言う。


「交換手、『真の神殿トル・マルヤクータ』につないでくれ!」


呼び出し音が鳴って、エマが出た。こちらからでも交換手方式で架電出来る。ならしばらくはこの方式の方が良いかも知れない。いちいちダイヤルするより圧倒的に早い。


「ねえ、その『真の神殿トル・マルヤクータ』って駐在所にある『黒い建造物』の名前?」


横を見るとラヴィニアが立っていた。少し表情が強張こわばっている。


「ええ、そうですよ? 自分が付けました。」


「どうして、その名前に?」


ラヴィニアは井出の眼をぐに見てたずねる。


「実は俺、『神殿マルヤクータ』って付けたかったんですよ。でも、その名前はエルフ族に既に使われていたので・・・。少しくやしかったんですね。付けたい名前を取られたって言うか・・・。」


ラヴィニアは無言だ。怒らせたのだろうか?


「なので、じゃあこっちもエルフ族の付けたかった名前を取ってしまえ!と思いまして、『真の神殿トル・マルヤクータ』に・・・。」


「気に入った! 貴方あなた、気に入ったわ! 浩一クン!」


突然、ラヴィニアが井出の肩をバンバン叩き出す。とても晴れやかな表情をしていた。


「まあ『都のエルフ』たちが色々と難癖なんくせ付けて来そうだけど、早い物勝ちですものね! その時はその時よ。」


次に七海のスマホとアヤのPHSピッチに「教会チャペル」の黒電話から架電してみると問題なくつながった。しかし逆は無理だった。どうやら基地局は無人だから交換手が居ないと言う解釈らしい。


「うん大丈夫だよ、アヤっち! PHSピッチからも事務所のプッシュホンからもメッセージちゃんと着てるよ。」


声のする方を見ると七海のスマホで真由美がアヤと話している。何か手にゲームウォッチのような物を持っている。


「真由美ちゃん、それ何?」


「あ、コレですか。ポケットベルって言うんですって。送信は出来ないけど、色々なメッセージを受け取れるんですよ! アヤっちに借りたんです。」


彼女はそう説明してくれると腰に下げた猫の顔をしたポーチに、それを宝物のようにしまった。虎縞とらじまなので猫じゃなくて虎かも知れない。しかし、あの内気な真由美とたった二日で「マミたん、アヤっち」で呼び合うとはアヤのコミュりょくは底知れないなと井出は思った。


「実験」が終わり、一同は応接室に移動した。そこには既にお茶の用意がしてあった。テーブルの上には井出たちが持参した菓子類や洋酒、缶ビールなどが置かれていた。


「あら! このビスケット、なつかしい味がするわ。昔、豊穣の巫女リカフィム様が良く焼いて下さったお菓子とそっくりの優しくて素朴そぼくな味。」


ラヴィニアは「マリー」を半分に割ってから一口食べてそう言った。保安官テッドも洋酒や缶ビールをグラスに少し注いで味見をしている。


「うむ。この品質なら一級の交易品として扱えるな。問題は量ですな。」


そう言ってラヴィニアにもすすめるが彼女は断った。酒は好きでは無いらしい。


「どうでしょうか? あの『電話』の貸出レンタルとこれらの品を定期的におさめると言うことで生野菜と卵の供給、あと狩猟用の単発式で構いません。ライフルと弾薬の提供をお願いしたいのですが?」


魚については、こちらの『鳥』を一度捕まえてみるしかないようだ。もしかしたら、「ホルビーの里山」や東海岸の亜人類デミヒューマンたちを訪ねる必要もありそうだ。まだ缶詰かんづめが沢山ある。ここはアヤの料理の腕に頼ろう。


「それならお安い御用ごようだ。ライフルならシャープス騎兵銃カービンが何丁かあったはずだ。弾も沢山ある。誰も使わんからな。好きなだけ持って行くと良い。」


「あとエマ保安官補だが、そちらの駐在所に常駐させるよ。その方が助かるだろう?」


井出は三人の女子高生たちに銃を持たせる気はさらさら無かった。なるほど銃の扱いにけているエマを常駐させてくれるのは有難い。だが、話がなんだか旨過うますぎる。


「そうですね。これからは丘の監視など、やることも増えますから。彼女は銃の腕も確かです。丘の西側に待ち伏せするハイコヨーテハイエナもどきどもを狙撃するのも上手でしょうからね。」


彼はかまを掛けてみた。なんだかエマを駐在所に配置するのは保安官テッドの願望のような気がしたからだ。


「う、うむ。その通りだ。あの『電話』があればお互いの町を旅人や隊商が出るタイミングも確認出来るしな。」


案の定だ。井出はホルビー族の兄妹を救出したことで気付いたことがあった。彼らは頂上付近に差し掛かったときに待ち伏せされて襲われたと言っていた。もしかしたら、それは特別に珍しいことでは無く頻繁ひんぱんに起こっていることなのではないか? 彼はそう考えていた。


「そうですね。当駐在所も西から来た旅人や隊商の保護は重要な業務ととらえています。ですが彼らが夕方暗くなる直前に到着した場合は、無理に丘を越えさせずに一晩・・・。」


「ああ、判った。井出君! もう腹の探り合いは止めよう! 単刀直入に言う。『保安官の町』としては、そちらの駐在所に旅人や隊商を宿泊させたり、整備したりする為の施設を建設させて貰いたいんだ。無論、費用や人足はこちらで持つ。どうだろうか?」


井出は心の中で手を叩いていた。保安官テッドの言ったことを、こちらから要請するのと相手に依頼させるのとでは後々のちのちの交渉のし易さが違う。これで建設する施設の種類や場所、内容などにこちらの意見を通しやすくなった。


是非ぜひともお願いします。自分も協力をしみません。」


井出は快諾かいだくした。この後、建設する施設や日程などを軽く打合せした。丁度、保安官テッドの妻が「ドワーフのさと」に里帰りしているそうで、彼女に早馬を送って人足と資材を手配して貰うことになった。と言うことはエマはヒウムとドワーフの混血ハーフということか。


「そう言えば真由美さんも何か見せたい物があるとか?」


交渉もほぼ終わり、雑談が始まる間際にラヴィニアが真由美に声を掛けた。彼女がうなずいて資料の入った茶封筒を手渡す。七海と保安官テッドが「リトルホース」と言う生物の話で盛り上がっている。井出も雑談に耳をかたむけながら、資料に目を通すラビィニアを見ていた。彼女の表情が見る見る変わっていく。


「あなた、この報告書レポートを一人で作ったの? 一晩で?」


真由美が渡したのは「赤月動乱スヴィタルヴェシーリ」に関する考察だった。その中には「第一次 赤月動乱」後の500年間の獣人類ヴェアヒューマンの人口増加率シミュレーションや、「第二次 赤月動乱」勃発ぼっぱつ時のエルフ軍対獣人類ヴェアヒューマン軍の戦力比較などが記されていた。


「この人口増加率のシミュレーション、各変数パラメータを変えて10通りも計算してるけど、どうやったの? 一晩では無理でしょう? しかも共通語ヴィルスコで書いてあるし・・・。いつ覚えたの?」


「あ、それは『リンゴちゃん』がやってくれたので。私は考察に専念せんねん出来ました。あと共通語ヴィルスコは何故か読み書き出来ちゃうんです。自分でも不思議です。」


真由美が言っている『リンゴちゃん』とはアメリカ製のパソコンの事だ。そのパソコンにはメーカーのロゴとして一口かじったリンゴのマークがえがかれている。なので彼女は『リンゴちゃん』と名付けて愛用しているのだ。


「当然、最後に導き出された推測も真由美さんが考えたのよね?」


「はい。戦力の差が8倍以上もありながらエルフ族が開戦に踏み切ったかげには何か強力な新兵器があった可能性があります。あと仲裁ちゅうさいに入ったドワーフ・ホルビー連合軍も何か強力な兵器を持っていた。でないと簡単に調停なんて出来ないはずです。」


立ち上がったラヴィニアは真由美にツカツカと歩み寄るとガバッと抱擁ハグした。真由美がビックリして固まったがおかまいなしだ。長い耳が感動したようにビンビンと震えている。


「あなた、私の弟子にならない? 色々な研究が爆発的に進む筈よ! 今度、一回お泊りに来なさいな。色々な興味深いお話をしましょうよ。」


真由美の報告書はラヴィニアの心の琴線きんせんに強くれたようだ。再び席に戻った彼女はニコニコして真由美と七海を交互に見つめている。そして突然、井出の方を見て言い放った。


「アヤさん、真由美さん、恐らく七海さんもきっと凄い才能を持っているはずね。浩一こういちクン、彼女たちと優秀な子孫を沢山残してね?」


瞬間、彼の横に居た真由美が紫色をした果実のジュースを気管に詰まらせ真っ赤な顔でせきき込んだ。七海は紅茶をきそうになったがギリギリこらえた。


「ラビィー・マム、まだ彼らはこの世界アルヴァノールに来て二日そこそこしかっていないので、そういう話はおいおい・・・。」


「あら、こういう話だから早くしなきゃダメなんじゃない?」


保安官テッドが井出に目配めくばせをしながらあいだに入る。自分が相手をしているから、そろそろ帰れと言うサインだ。流石さすが、苦労人。気配きくばりが有難い。席を立とうとして、井出は一つ伝え忘れていることを思い出した。


「あ、そうそう。言い忘れてました。自分、本日付けで『巡査じゅんさ』から『巡査長じゅんさちょう』に昇格致しました。」


彼は、それだけ言って二人に敬礼する。次の瞬間、ラビィニアと保安官テッドが同時に驚きの声を上げた。


「まあ! あのマービンだって『保安官補アシスタント』から『保安官シェリフ』に上がるのに一年掛ったのよ! 初日で昇進なんて、どんな手品を使ったの?」


「おいおいおい、俺は『保安官シェリフ』になるのに二年もかかったんだぞ? 何のインチキだ?」


なんだかすごい大騒ぎだ。井出は何故、二人が騒いでいるのかが判らなかったが昇進に至る事情を説明した。巨大な大剣牙灰熊サーバルグリズリーの「ぬし」と対決して追い払った事、その時に得た莫大ばくだいな「治安維持ポイント」で「巡査長」に昇進した事などだ。


「なるほど、あのうわさに聞く『ぬし』を『不殺アラータパ』を決めて、追い払ったか。こんなデカイ手柄ビッグゲーム聞いたことが無いな。」


「凄い! スゴイ! すごいわ!」


保安官テッドが納得する横でラヴィニアが興奮気味に井出を見つめる。耳がピンピンと立ってだ。両拳をあごの横に構えてピョンピョンと飛びねている。フンス、フンスと鼻息も荒い。


「私、決めたわ! 決めちゃった! 私も浩一こういちクンの赤ちゃん産むわ! 絶対、絶対に産むんだからね!」


今度は井出がコーヒーをき出す番だった。

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