第16話 王道を往く者《カレヴァケサラ》

駐在所ちゅうざいしょうらで井出や真由美が大きな声を出していたので、アヤや七海、オッツオとミィドリも「黒い建造物」の前に集まって来た。


「まずは井出のパラメータを確認したいわ。『詳細を確認する』を押してみて。」


「黒い建造物」の操作パネル、右上のボタンで「言語」を「日本語」に直したエマが井出に促す。彼が突然、「巡査長じゅんさちょう」に昇進した原因を調べるためだ。


「うわ! なんだ、コレ! まるでバイクか車のカタログじゃないか!」


パネルに表示される情報を見て井出が驚きの声を上げた。「主要諸元スペック

と表示された大項目の下に「類別るいべつ」「体格」「技能スキル」「魔法」等の中項目が沢山ある。その中項目ごとに物凄ものすごく詳細にデータが表示されていた。項目が多すぎて正直判りづらい。


例えば、身長、体重、年齢は勿論もちろんのことだが、ABO型、Rh型、MNSs型など血液型も数種類の項目がある。握力とか背筋力、走力、跳力など、運動能力に関することも表示されていた。他にも「歩行形態:二足歩行」とか「首の可動域:左右90度」とか何にこだわっているのか意味不明な項目まであった。


(「歩行形態」とか赤ん坊のときは「四足歩行」で、じいさんになってつえを付き始めたら「三足歩行」って出るのかな?)


井出がそんな事を考えていると、横でアヤが操作パネルの真ん前に陣取って例のシールがベタベタ貼ってある手帳の中身と表示されている項目を見比べている。さらには時折ときおりデータを書き写していたりする。この、一体何やってんだ?


「ふむふむ。『股下:80cm』と・・・。惜しいなあ、あと2cm欲しかったね。まあ『短足では無い』としとこか~。」


な、「短足では無い」だって? 大きなお世話だ。しかもやたらと身長や体重、年齢の辺りを見比べている。失礼な!さばなんか読んでないぞと井出は思った。アヤはどんどんデータを書き写してから手帳をしまった。


「よしよし、一昨日おととい供述きょうじゅつ虚偽きょぎの報告は無し!っと♪」


井出はもう気にしないで問題の項目の確認に入ることにした。「階級クラス」と表示されている項目を選択する。すると「獲得した『治安維持ポイント』が一定量を超えたため巡査長に昇進しました。」となっていた。「獲得履歴」というボタンがあるので押してみる。


「井出のは、やはり『ぬし』を追い払ったのが一番大きかったんじゃないかしら? ほら、ココ!」


エマが一度、表示を「共通語ヴィルスコ」に切り替えて確認した後「日本語」に戻してからある項目を指差した。そこには「治安維持行動:大剣牙灰熊サーバルグリズリーS級エスクラス幻影投射イローシオトリトスで撃退。『不殺アラータパ』達成」と表示されている。


なるほどハイコヨーテハイエナもどきを射殺したときと比べて二桁ほど多いポイントが入っていた。これは雑魚、数百頭分の価値があったと言うことになる。


「やっぱり『不殺アラータパ』が効いたわね。あの『ぬし』を殺さないで退しりぞけるなんて普通は出来ないもの。」


エマが感心したように言う。なんでも「ぬし」は幻獣ファントペトと呼ばれる生物で魔法攻撃イルヴァルマキが発動しないそうだ。だから仕留しとめるには銃や弓、槍などに頼るしかない。しかも体重2トンを超える猛獣を倒すには相当の準備と人手が必要だ。今回の井出の行動には特別ボーナスが出たと言うことか。


「ところで『治安維持行動』って? 他にはどんな行動があるんだい?」


井出の質問にエマがちょうど良い例があるからと説明を始めた。


「皆さん、この二つの毛皮の違いが判りますか? 実際に手に取って確認して見て下さい。」


彼女の手には昨日、保安官たちを助けたときにれたハイコヨーテの毛皮があった。集まった皆は手に手に毛皮を取り手触りや匂いなどを調べた。


「こっちの毛皮、なんかクサい~。」とアヤ。ピートも一緒にしかめ面をしている。


「この毛皮はゴワゴワしてます。毛もバサバサ。」と真由美。


「こっちのはすご綺麗きれいでモフモフだよ。何か良い香りもするし。」と七海。


「私は毛皮に関しては門外漢もんがいかんだが、この両者の違いは歴然れきぜんだ。」とオッツオ。


「こちらの綺麗な毛皮からはご駐在様の精霊力マナをちょっぴり感じますの。」とミィドリ。


エマが出来の悪い方の毛皮を持ち上げて説明する。


「こっちは私とパパが『自衛行動』でった毛皮です。」


次に綺麗な毛皮を持ち上げて言った。


「こっちは井出が『治安維持行動』でった毛皮です。ここまで綺麗に仕上げるには何度もお湯で良く洗って臭い獣油じゅうゆを取り除いて乾燥した後に、香料を混ぜた草原プレーリーミンクの油を少しづつり込みながら何度も丁寧ていねいにブラッシングしなくてはならないわ。」


草原プレーリーミンクと呼ぶからには地球のミンクに似た生物なのだろう。確かにあれの毛皮は高級だ。ミンクオイルは井出も使っている。あれを柔らかい布で少しづつり込んでやると皮ジャンや皮コートも柔らかくなる。バイク用のグローブにも良い。


エマの説明ではこうだ。「自衛行動」は自分の命を守る行動で、その結果得られる「治安維持ポイント」は余り高くない。それに得られた獲物を「黒い建造物」で処理した時の扱いも普通だ。


だが「治安維持行動」つまり他者の命を守ったり、地域の安全を維持する行動は遥かに高い評価を受け、得られる「治安維持ポイント」も多く与えられる。その行動の結果で得られた物を「黒い建造物」で処理した場合は、より上級な処理が行われるらしい。


ここまで話を聞いた皆がハッとした。昨日の夕方、井出とエマが共同でたおしたハイコヨーテの数は10頭は下らないはずだ。あれを全て回収すれば、かなりの量の高級な毛皮が手に入るはず・・・。


「私もそう思ってコレで二階のベランダから調べてみたけど、何にも残って無かったわ。夜のうちに『ぬし』が食べちゃうか持って行っちゃうかしたみたいね。」


エマが腰のポーチから取り出した伸縮式の望遠鏡スコープを見せて肩をすくめながら言った。


(あの野郎、今度ったら「ライダーキック」に「ライダーパンチ」もオマケしてやる。その後でデッカイ注射だ!)


井出は固く心に誓うのだった。しかし「ぬし」は人類ヒューマンを何人も襲っていると聞く。ならば殺してしまった方が高い評価を得られるのではないか? 彼は不思議に思い、それをエマに聞いてみた。


「確かに『ぬし』は旅人や行商を襲って何人かの犠牲者を出している。けれど『神』は彼に罰や制約を課していないわ。ラヴィー・マムの研究によるとある程度以上の力を持った霊獣フゥハーペト幻獣ファントペトは、『神』にその地域の生態系を維持する上で必要な存在だと見做みなされている可能性があるって話だわ。」


「もしかしてこの世界アルヴァノールの『神』は、人類ヒューマンの方が『主』の縄張りテリトリーに侵入したから襲われたのであってアイツの行動は自分や家族を守る『自衛行動』だと判断したと言う事なのかな?」


エマの答えに井出が質問を重ねる。


「そうね。実は霊獣フゥハーペト幻獣ファントペトの中には魔法攻撃イルヴァルマキを使える個体も存在するわ。けれど彼らが人類ヒューマンにそれを行ったって話は聞かないの。もしかしたら向こうも条件は同じなのかも知れないわね。」


「アイツも一応、生態系に必要な『知性のある生物』だから、流血なしで追い払った事が高く評価されたってことか・・・。」


井出は少し考え込んでしまった。彼がじっと黙っているのでエマは表示を「共通語ヴィルスコ」に変更して色々と確認し始めた。あちこちの項目を確認している。ある項目を確認していた彼女が手を止めて声を掛けてきた。


「あら? 流石さすがに井出はなかなか『持っている』わね。」


そう言って「日本語」に表示を切り替えた画面の一点を指差した。井出が何の事かとパネルを覗き込む。周囲に居る者も集まって来た。エマが指差す先にはある「技能スキル」の内容が表示されていた。


「スキル名:王道を往く者カレヴァケサラLv.1 生命の危険にさらされている他者を救助する際に『迷い』無く行動に移した場合、ある一定確率で発動 発動した場合、判断力が20%UP、各行動の成功率15%UP 獲得『治安維持ポイント』にランダムで10%~50%のボーナス」


(「迷い」無く行動か・・・。嫌々やるくらいなら進んでやった方がお得ですよ!ってことなのかな? やっぱり面倒くさいとか思ったらダメなんだろうな。)


井出には少し心当たりがあった。それは彼が持つある「性質」だった。


彼には「店員や係員に間違えられやすい」という「性質」があったのだ。その「性質」は高校を卒業する少し前くらいから発現を始めた。スーパーや家電量販店、ディスカウントストアなどに行くと子供やお年寄り、オバちゃんが矢鱈やたらと声を掛けてくるのだ。


スーパーに行くと小さな子供が菓子売り場の場所を聞いてくる。家電量販店ではオバちゃんが蛍光灯や電池の型番を聞いてくる。ディスカウントストアでは、おばあちゃんがボールペンがどこにあるか聞いてくる。スラックスにYシャツなどを着ていると効果覿面てきめんだ。


大学時代に会社見学でこんのスーツを着て行った時など、駅では電車の時刻や乗り場ホームを聞かれたり、迷子を押し付けられたりと散々さんざんだった。しまいには他の大学から来た学生に会社見学の係員に間違えられると言う有様だった。


最初の頃は自分が店員や係員で無いことを伝えて、一緒に店員たちを探してあげていた。だが、最後には自分で対応出来ることは黙ってやってしまう様になっていた。結局、その方が早いからだ。


警察官になった今では「人を助ける」と言う行為は、まるで息を吸うのと同じレベルで行えるようになっていたのだ。


「ふむ。流石さすがは初代『呼ばれた人ヒウム』だ。素晴らしい。」とオッツオ。


「あの『ぬし』をにらんで追い払うとか只者ただものではないと思っておりましたの・・・。」とミィドリ。


他の三人の女子高生たちは、特に何も言わなかったが納得という表情をしていた。


そうこうしているうちに「保安官の町」に行かなければならない時間がせまって来た。早く行かないと暗くなる前に戻って来れない。これ以上の確認は明日以降で良いだろう。井出はエマに留守るすを頼むと出発の準備を始めた。


「真由美ちゃん、資料の準備お願いね。七海君は持って行く物の用意を手伝ってくれないかな?」


彼は二人の女子高性に指示を出しながら居間の方へ向かって行った。エマはその後姿をじっと見つめながら思っていた。


(「王道を往く者カレヴァケサラ」か・・・。共通語ヴィルスコでは「愛する者を命懸いのちがけで守る者」って意味もあるのよね。彼、ジェフなんかよりずっと相棒バディ相応ふさわしいんじゃないかしら。)

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