第14話 赤い夢 第一夜

気が付くと井出の視界には薄く赤いもやがかかっていた。


「近づかないで! 触らないで! 変な事したら舌んで死んでやるんだから!」


七海が井出に向かって叫ぶ。何故なぜか彼女の衣服はボロボロだ。あちこち破けて肩や白い肌が見えている。服の裾丈すそたけが短いので長い脚もほとんど全部見えてしまっている。良く見ると彼女の髪は銀髪プラチナブロンドだ。耳も長い。そうラビィニアと同じ耳だ。その耳を不安のためかブルブルと震わせてせている。井出が声を掛けようとするが言葉が出ない。


「どうして、私を殺さないの? こっちはアンタたちの仲間を何人も殺したのに!」


彼が七海に手をばす。視界にたくましい暗緑カーキ色の腕が現れた。ここで井出は気付いた。これは夢なのだ。誰かの記憶を見せられているのだ。井出が憑依ひょういしている存在が話し掛けようとするが、やはり言葉が出ない。いやのだ。


だが、井出が憑依ひょういする存在オークはどうしても彼女と意志を疎通そつうしたいらしい。そろそろと左手を七海に似たエルフの頬に伸ばす。すると彼女はいきなりガブリとその手にみ付いた。左手に激痛が走る。その痛みは井出にも伝わって来た。


反射的に振りほどきそうになったが、下手をすると華奢きゃしゃなエルフ娘の薄くて小さな歯が折れるかも知れない。井出が憑依ひょういする存在オークは我慢して、彼女の気が済むまで放置することにしたようだ。血がにじんできたが気にせずしたいままにさせる。


「これにりたら二度と来ないことね!」


七海に似たエルフは口に入った血をき捨てながら言う。眉間にしわを寄せて激しくこちらをにらみ付けてくる。視界がすっと暗くなる。



 風景が切り替わる。七海に似たエルフがベッドの上でシーツに身をくるんで叫んでいる。シーツからはみ出た脚が白くまぶしい。いどむようなけわしい目付きだ。井出が憑依ひょういする存在オークの手元には果物フルーツや木のナッツ、蜂蜜のような物が掛かった堅いパンが載った木の盆があった。


「そんな物、何回持って来たって無駄なんだからね! また噛み付かれたいの?」


井出が憑依ひょういしている存在オークが視線を左手に落とす。そこには何回も噛まれた傷跡があった。まだ治っていないものもある。視界がすっと暗くなる。



 風景が切り替わる。銀髪プラチナブロンドのエルフ娘がベッドに脚を組んで座っている。薄い布の貫頭衣トゥニカを着ていた。腕組みしながら明後日あさっての方を向いて片目だけでこちらを見ている。長い耳も片方だけ、こちらを向いていた。井出が憑依ひょういしているオークが両手に一杯の花束を差し出している。見たことのない花ばかりだがいろどりは豊かだ。かなり苦労して集めたらしい。


「あなたねえ・・。他のに聞いたわよ? 私以外のところに通ってないって・・・。こんな山猫ウィルドカッツみたいな女のどこが良いの?」


井出が憑依ひょういするオークが視線を左手に移す。傷跡は残ってしまったが、もう新しい傷は無かった。視界がすっと暗くなる。



 風景が切り替わる。なんだか視界が薄暗い。どうやら井出が憑依ひょういしているオークは死にかけているらしい。七海に似た銀髪プラチナブロンドエルフが涙をボロボロこぼしながら叫んでいる。


「あなたねぇ、なんで他のを守って死にかけてるのよ? 死んだら許さないからっ! 許さないんだからね! 血が、血が止まらないよぅ・・・。」


彼女は泣きながら必死に何度も治癒イルマタル魔法ヴァルマキを掛けていた。周囲にも心配げなエルフらしき影があるが顔は良く見えない。視界がすっと暗くなる。



 風景が切り替わる。頬を上気じょうきさせてうるんだ瞳で見つめてくる銀髪プラチナブロンドエルフ娘。井出が憑依するオークが彼女を強く抱き締めている。暗緑カーキ色のたくましい腰に彼女のしなやかで長いあしからみつく。二人はベッドの上で激しく愛し合っていた。視界がすっと暗くなる。



 風景が切り替わる。七海に似たエルフが褐色かっしょくの肌をした赤ちゃんを抱いている。長い耳が時折ときおりぴくぴくと動くのがとてもあいらしい。それを見つめる横顔は慈愛じあいに満ちた母親の顔だ。周囲には暗緑カーキ色の肌をした青年や少年が沢山居る。


「やっと生まれたわ。私とあなたの女の子。元気ね。」


周囲の青年や男の子たちは拳を天に突きあげ、喜びの声を上げている。家族に女の子が産まれたことがたまらなく嬉しいようだ。


「オカアサントイモウトハ、ボクタチガ、ゼッタイマモル!」


井出が憑依するオークが一番大きな青年の肩に手を置く。うなずいているのか視界が上下に動く。彼は順番に暗緑カーキ色の肌をした子供たちを抱擁ハグしたり頭をでたりしている。視界がすっと暗くなる。



 風景が切り替わる。視界がまた薄暗い。また死にかけているようだ。だが今度は怪我では無く寿命のようだ。目の前に銀髪プラチナブロンドのエルフ、20代前半に見える女性が居る。彼女の横には4歳と2歳くらいの褐色かっしょくの肌をした女児が立っていた。周囲には暗緑カーキ色の肌をした青年が沢山居る。


「あなた、もうお別れなのね・・・。最初は噛み付いちゃったりしてごめんなさい。すっかり傷跡が残っちゃったわね。」


七海に似たエルフは井出が憑依している存在の左手に頬を寄せ、思い出深げに目を閉じている。


「あなたのこと、死ぬまで絶対に忘れないわ。私がそちらに行くまで、まだ大分あるけど、待ってて下さいね、あなた。」


彼女は目を閉じて唇を寄せてくる。ふくよかな形の良い唇がどんどん近付いて大写おおうつしになっていく・・・。


「・・・でさん! 井出さん! 起きて! 起きて下さ~い!」


井出が目を覚ますと目の前に七海の顔があった。


「うわあぁ~!」


彼女と目を合わせると、彼は幽霊でも見たように驚きの声を上げた。


「あ~! 何、その態度! 傷つくなあ・・・。もう、朝ご飯片付けちゃおうかしら?」


目の前には緑のジャージを着て腰に手を当てた七海が立っていた。

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