第11話 ヒウム「呼ばれた人」

「長いお話をいてくれてありがとう。でも最初はエルフ族しか居なかったこの世界アルヴァノールにどうして今は様々な種族が根付いているのかが理解出来るようになったと思うわ。特に獣人類ヴェアヒューマンについてね。」


ラヴィニアが謝意を示した後、「呼ばれた人ヒウム」についての話を始めた。


この世界に初めて転移して来た「呼ばれた人ヒウム」は可愛らしい女の赤ん坊だった。300年前、ホルビー族の都、「ホルビーの里山」の中心にあった「黒い建造物」のすぐそばに小さな小屋が出現したのだ。


小屋の中には小さな褐色かっしょくの肌をした女の赤ん坊が寝かせられたかごと小さな短剣クリスが有った。その周りには大きな水瓶みずがめ、塩の入ったつぼ小麦こむぎが入ったかご甘蜜かんみつの入ったガラスびん白金プラチナ、金、銀、銅、鉄等の金属球メタルボールが入った幾つかの箱が有ったそうだ。


赤ん坊が出現すると同時に「ホルビーの里山」を囲む五つの小山の頂上にも「黒い建造物」が出現した。喜んだホルビー族は召喚された赤ん坊を大事に育てた。そして赤ん坊は優しく慈愛じあいに満ちた美しい女性に成長した。


赤ん坊の周りに置かれていた様々な水瓶や壺、ガラス瓶や金属球の入った箱の中身は全て消費してしまっても、翌日になったら元通り一杯になっていた。それは300年経った今でも続いている。


ホルビー族は様々な富やかてを与えてくれる「呼ばれた女性」を「豊穣の巫女リカフィム」と呼ぶようになった。それに習って、ホルビー族の里山に出現した六つの「黒い建造物」は「巫女の聖堂リカテドラーリ」と呼ばれるようになり今に至る。


「実はね、私と豊穣の巫女リカフィム様はほとんど同じ頃に生まれたの。まあ、初めて会った時は私は21歳と1季節地球年齢40歳であの方はもう小母様おばさまだったのだけれど・・・。お子さんが15人も居たのよ? 凄いわよね。」


ラヴィニアはその人に会ったことがあるそうだ。流石に303歳は伊達だてじゃない。と井出は思う。彼女によると「豊穣の巫女リカフィム」は「ヒウム」としては小柄な大人しい女性だったそうだ。


「彼女は長生きだったわ。でも私が47歳と3季節地球年齢90歳の時にくなったの。最後にも立ち会ったけど、安らかで綺麗なお顔で天界タイバスに旅立たれたわ。」


ラヴィニアは親友の最後をしむような、母親の最後を看取みとったような複雑な表情で語った。


次に転移してきた「呼ばれた人ヒウム」は立派な体格をした20歳の青年だった。

身長は180cmを超えていて赤銅色カッパーの髪をした筋肉質な好青年は今から200年前に「ドワーフの郷」にあった「黒い建造物」の前に突然、身一つで現れた。手にマスケット銃、腰にサーベル、懐中かいちゅう時計を持っていたそうだ。


やはり、この青年が出現すると共に「ドワーフの郷」の周囲に新たな「黒い建造物」が五つ出現した。今度は最初にあった「黒い建造物」の南側に半円を描くようにだ。「ドワーフの郷」の北側には峻険な山脈がそびえていて防御の必要がない。新たな五つの「黒い建造物」はまるで郷を守る出城でじろのようだった。


当然、ドワーフ族もとても喜んだ。青年を「神からの使い」として相応の地位を与えて大切に扱ったのだ。ホルビー族に次いで、自分たちの種族にも「神の祝福」があったのだ。当時は10日間ぶっ続けでお祭りになったらしい。


「この時のお祭り、それはもう盛大で楽しかったわ。沢山の花火が上がって本当に綺麗だったの。」


ラヴィニアは少女のような無邪気むじゃきな笑顔でその時のことを思い出しながら語った。本当に楽しそうに長い耳もリズミカルに上下している。


クラウス・フォン・バルツァーと名乗る青年はプロイセンという国の地方貴族の三男坊だった。ポーランドという国を分割して新たな領地に駐屯ちゅうとんするために旅をしている途中で転移してきたと語ったそうだ。地方貴族の三男はこの世界アルヴァノールにあっという間に順応した。


元居た世界には彼にとって楽しいことは全然無かった。だが、この世界アルヴァノールでは自分を「神からの使い」として大事に扱ってくれる。しかも様々な種族の美しい女性が沢山たくさん寄って来るのだ。なんと言葉は勉強せずとも「翻話テルホルーラ」で通じるので口説くどき放題だ。クラウスにとって、この世界アルヴァノールは正に桃源郷だった。


彼はこの世界アルヴァノール中の全ての種族の女性を妻にするべく西に東に奔走ほんそうしたそうだ。西に犬耳、猫耳、ウサギ耳の美しい女性が居ると知れば走り、東に人魚マーメイド族の美女や海歌姫セイレーン族の美姫びきが居ると知れば走り、それはそれは精力的パワフルに活動したそうだ。


「もうね、クラウスの屋敷に行ったらこの世界アルヴァノールの色々な種族のお嫁さんが居たわ。エルフ族の都から研究のために学者が訪問して来たこともあったくらい。人魚マーメイド海歌姫セイレーンのお嫁さん用の部屋は大きなお風呂みたいになってたのよ。」


ラヴィニアは当時のことを思い出して呆れていた。少しねたような表情だ。長い耳も不貞腐ふてくされたようにれている。


ただ、クラウス青年がただの色ボケ男だったかと言うとそうでは無かった。彼が持ってきたマスケット銃や懐中時計はドワーフ族の産業発展に大いに役立ったのだ。また彼は工業に対する造詣ぞうけいも深く、金属加工用の旋盤せんばんや電池などの知識をもたらした。刀鍛冶などの職人仕事が得意なドワーフ族と相性がピッタリだったのだ。


「そして彼はこの世界アルヴァノールの人々に素晴らしいことを二つ教えてくれたわ。」


ラヴィニアは説明してくれた。まず、一つ目は「黒い建造物」の本稼働かどうである。実は当時まで「黒い建造物」は必要最低限の機能しか使われていなかったのだ。建造物に仮の名前を付けるのと管理者の登録、供物の交換、「防御結界」の展開など最低限の機能しか動いていなかったのだ。


クラウスは「黒い建造物」の研究も熱心に行っていた。まず彼はドワーフ族の新しい「黒い建造物」に名前を付けた。すると自動的にそれは本稼働を始めたのだ。ちなみに名前は「物創りの祠ルミネフィハッコ」だった。


どうやら「黒い建造物」を本稼働させることを出来るのは「ヒウム」だけのようだった。それまではドワーフ族が幾ら操作しても「黒い建造物」を本稼働させることは出来なかったのだ。これが一つ目の発見だ。


後に判ったことだが、ホルビー族の「巫女の聖堂リカテドラーリ」群も名前を付けられた時点で本稼働を始めていた。しかし豊穣の巫女リカフィムは大人しい性格で「ホルビーの里山」を全く出なかったので話が広まらなかったのっだ。


ホルビー族も「巫女の聖堂リカテドラーリ」の管理は豊穣の巫女リカフィムや彼女の娘たちに任せていたので殆ど気にしてなかったようである。


その点、クラウス青年は違った。美しい女性を口説くどくためならこの世界アルヴァノールくまなく奔走ほんそうする男である。本稼働になったら使えるようになる機能を徹底的に調べ上げた。そして各種族の本拠地にある「黒い建造物」を本稼働させることを交換条件にどんどん美女を紹介して貰ったのだ。


この男の面白いところは「美女を差し出せ!」ではなく「美しい女性が居たら紹介してくれ!」だったところだ。つまり口説くどくのは自分でやると言うのだ。彼には女性を無理やり服従させる趣味は無かった。かく、振られても振られても何回も熱心に口説くどく。ただ、それのみだった。


ただし、エルフ族の「黒い建造物」を本稼働させるときに少々トラブルがあった。本稼働開始の作業に入る前に、クラウス青年はまず紹介してくれる女性に会わせろと要求した。しかしエルフたちは紹介する女性をひかえさせていなかったのだ。


真の人類トル・ヒューマン」たるエルフとせいぜいドワーフ族と同じ程度の寿命しか持たない「ヒウム」とでは身分が違う。口説くことすら許さないと言う。実は当の紹介される予定だったエルフ女性は意外と乗り気だったのだが、彼女の父親が地位の高い、かなり考え方の古い人間だったため横槍よこやりを入れたのだ。


代わりに適当な名誉職と金品を与えるから我慢しろと言う。クラウス青年は怒った。ウソをついてまで人を呼びつけておいて、何が「真の人類トル・ヒューマン」か! これなら、まだ森林タピオ派の獣人類ヴェアヒューマンたちの方がずっと誠意があった!と・・・。


ましてや付けて欲しい名前を聞くと「真の神殿トル・マルヤクータ」などと言う。ふざけるな!と思った青年はある行動に出た。


「あ! 間違っちゃった! あ~、ゴメ~ン!」


彼はただ「神殿マルヤクータ」とだけ入力して本稼働を始めてしまった。一旦いったん、本稼働に入ると二度と改名リネームは出来ない。エルフの高官たちが憤慨ふんがいする中、褒美ほうびらないとげてからクラウス青年は舌を出しながら脱兎だっとのごとく逃げ出したと言う。


後日談だが、結局クラウスは紹介される予定だったエルフ女性を探し当て、猛烈に口説いてモノにしてしまったそうである。その執念には誰もあらがうことは出来なかったと言う・・・。


「あの頃は私もまだ52歳と3季節地球年齢100歳ちょっとだったから、彼は子供扱いして全然相手にしてくれなかったのよね。今だったら絶対に口説くどいてもらえたのに・・・。」


ラヴィニアは凄く残念そうに口をとがらせてつぶいた。色々と複雑な心境らしい。彼女は二つ目の発見について話し始めた。


「二つ目はね、簡単よ。この世界アルヴァノールでは『火薬』は『ヒウム』にしか使えないと言うこと! あと、これはとても重要なことだから良く聞いてね。『ヒウム』は『火薬を使った武器』で他の人類ヒューマンを傷付けることが出来る唯一の存在なの。」


クラウス青年がこの世界アルヴァノールのある土地を旅している時、酒に酔ったオークが犬人コボルト族の家族を襲うところに遭遇したことがあった。木製の重い椅子を振り上げ、犬人コボルト族の父親とその幼い娘に危害を加えようとしていた時、彼は咄嗟とっさにマスケット銃で酔っ払いオークの肩を撃ち抜いたのだ。


魔法攻撃イルヴァルマキはこの世界の全ての「人類ヒューマン」に対して発動しない。だが、クラウスが放った弾丸はオークに命中し、犬人コボルト族の親子を窮地ピンチから救ったのだ。幸い撃たれたオークは命を落とすことは無かった。オークの褐色かっしょくの肌をした妻も青年をうったえず、逆に犬人コボルト族の親子とクラウス青年に回復した夫を連れて謝罪に来たそうだ。


「でもね、面白半分に沢山たくさんの動物を撃ち殺したり、うらみや欲にられて他の『人類ヒューマン』を銃で撃ったりすると『ヒウム』と言えど『火薬』を使う能力を失うの。」


ラヴィニアは遅刻をいさめる女性教諭おんなのせんせいのようにまゆひそめて注意する。


クラウス青年が召喚される以前からこの世界アルヴァノールにも「火薬」はあった。それは「ホルビーの里山」で開発されたのだが、他者を傷付けることを嫌う彼らは武器にそれを使用することは無かった。代わりに開発したものがあった。「花火」だ。


「当時のホルビーたちには『ヒウム』の血を引く人たちが沢山居たからね。今も『感謝祭カルネバリ』の花火を上げる職人にはホルビー族が多いわ。」


平和利用する分には「火薬」は簡単に発火する。ただし他者を傷付ける目的の場合は様々な条件や制約が付く。それがこの世界アルヴァノールでの「火薬」に関するルールのようだ。


自己の生命を守る、もしくは誰かの生命を守るときだけは「火薬」を使った武器で「知性を持った存在」を傷付けても「ヒウム」は「火薬」を使う能力を失わなかった。


そもそも、「ヒウム」とその血を引くものでないと「火薬」を使った武器は発火すらさせられない。例えば、純血のエルフ族や獣人族が拳銃を撃っても全て不発なのだ。しかも「ヒウム」でも血が薄くなるにつれて「火薬銃パウダーガン」は使えなくなる。


ただし、少しでも「ヒウム」の血が入っていれば「花火」だけは扱うことが出来た。今では様々な種族が花火職人として活躍しているらしい。季節の区切り毎の「感謝祭カルネバリ」で大量に消費される「花火」はこの世界アルヴァノールでの大きな産業となっているそうだ。


次に100年前の「呼ばれた人ヒウム」の話だ。

ホルビー族、ドワーフ族に「神の祝福」があったからには次こそはエルフ族の番だろう。「都のエルフ」たちの期待は最高潮だった。


今度こそ、やって来た「ヒウム」に丁重に頼んで新たに追加される「黒い建造物」群に自分たちの望む輝かしい名を刻むのだ!と出現が予想される5基の建造物に付ける名前の公募まで行われたらしい。


「けれど、4人の『アメリカ人ヒウム』はここ「保安官の町」に召喚されたの。当時のここは何もない原っぱだったけど・・・。あの頃の『都のエルフ』たちの落胆らくたんぶりはひどいものだったわ。」


悪戯いたずらに大成功したわんぱく娘のようにラビィニアは可笑おかしそうに笑う。井出は少し違和感を感じていた。彼女も同じエルフ族である。何故なぜそんなに愉快ゆかいそうなのだと。


ここには保安官事務所と隣にあった雑貨屋、保安官補アシスタントのマービン・アンダーソンという18歳の青年、雑貨屋の留守番だったメアリー・スコットという16歳の少女、アンと名乗る赤毛とそばかすのある4歳の幼女、自分の名前も言えない2歳くらいの男の子が転移して来たのだ。


「黒い建造物」にはマービンが早々に「教会チャペル」と名付けてしまった。何故、そんなに早くそれが出来たのか? ここに「ヒウム」が来ることを予想して待機していたラビィニアが操作法を教えてあげたからだ。


その後、ここに現在の「保安官の町」が発展して行ったのである。

最初のマービンの妻、メアリーが3人目の子が難産で亡くなった後に後妻に入ったのがラヴィニアだそうだ。


そして今回の「呼ばれた人ヒウム」が井出と三人の女子高生たちという訳だ。


「流石に今回は『都のエルフ』たちは期待してなかったみたい。どちらかと言うと獣人類ヴェアヒューマンたちの何処どこかが『当たり』を引いたらどうしようって戦々恐々せんせんきょうきょうとしてたみたいね。今頃、胸をろしているんじゃない?」


肩をすくめてラビィニアがわらった。明らかに「都のエルフ」をさげすんでいる。どうやらエルフ族同士の間でも様々なしがらみ軋轢あつれきがあるらしい。最初の「赤月動乱スヴィタルヴェシーリ」が勃発ぼっぱつしてから約1500年だ。色々な事情があるのだろうと井出は思った。


「前の動乱が終わってから、そろそろ500年。前動乱の軍事的圧力は抜け切っていない。『都のエルフ』たちの欲求不満フラストレーションは最高潮! 『外敵バフィゴイター』の脅威も迫っている。どう? そろそろ『第四次 赤月動乱スヴィタルヴェシーリ』が起こるタイミングだと思わない?」


ラビィニアが井出と三人の女子高生たちに問いかける。『外敵バフィゴイター』ってなんだ?と井出は思った。しかし考えが上手うままとまらない。彼女は続ける。


「この300年の間にあった『ヒウム』の4回の転移は『第四次 赤月動乱スヴィタルヴェシーリ』を回避するための準備だったと私は考えているわ。」


彼女の説明ではこうだ。保安官シェリフ警察官ポリス、地域の治安ちあんを守る職位しょくいの人間が続けて転移してきたことは偶然ではない。意図して行われたものだと言うのだ。


「クラウスに聞いたけど、彼が元居た世界での地方貴族と言うのは警察権も持っていたそうね? だとしたら豊穣の巫女リカフィムもどこかの地方の領主様の娘だったのじゃないか?と私は推測していたの。そして今回の貴方たち『警察官ポリス』の転移で推測は確信に変わったわ。」


様々な種族と意志を通じる「翻話テルホルーラ」を始め「魔法ヴァルマキを使える能力」や「火薬を使える資格」「黒い建造物を駆使する能力」、それらを兼ね備えた治安を守る職位の「ヒウム」と言う存在が4回も転移してきた。それも、これまでこの世界アルヴァノールの平和維持いじ貢献こうけんしてきたホルビー族やドワーフ族と深く関わりを持ちながらだ。


これはもう「ヒウム」に課せられた「使命」が何かを明確に物語っていた。


「ここまで説明すれば納得してもらえるわよね? 貴方たち『ヒウム』の『使命』はこの世界アルヴァノール全体の治安を維持して、種族間の紛争や動乱を未然に防ぐことよ!」


ラヴィニアはキリリと引きまった表情で言い切った。長い耳も決意を示すようにピンと立つ。


「次の100年後にはきっとあの丘の北か南に、また治安ちあんを守る職位しょくいの『ヒウム』たちが転移して来るわ。今度はどんな人たちかしら? ああ、今から楽しみだわ!」


彼女はフンス、フンスしながらほお上気じょうきさせている。長い耳もだ。相当、興奮しているご様子だ。それにしても自分で出した100年後の予測をみずから確認出来るエルフと言う種族。「長生きって素晴らしいですね。」と井出はなかあきれたように思った。


(100年後に来る「ヒウム」か・・・。ウラシマンでも来るのかな?)


井出にはどんな人間たちが来るのか皆目かいもく見当けんとうも付かなかった。

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