第9話 「アルヴァノール」という世界

「アルヴァノール」 古代のエルフ族たちが、この世界に付けた名前だ。


「アルヴァ」とは古代エルフ語で「エルフ」のことを指す。元々は「最初の」という意味だったのだが、古代のエルフ達は自分たちが最初の「人類ヒューマン」との認識をしていたので、自らを呼ぶ言葉としても使われるようになったのだ。


「ノール」とは「土地」とか「国」という意味だ。つまり二つの言葉をつなげると「最初の土地」という意味になる。無論、古代のエルフ族にとっては「エルフ達の国」の意味もあった。


ただしエルフ族をきらっている獣人類ヴェアヒューマンたちは「我々の」という意味を持つ共通語ヴィルスコと組み合わせて、この世界のことを「ヴァルノール」と呼んでいるそうだ。


北に東西300Kmほどのけわしい山脈が横たわり、そのふもと沿って広大な森林がある。山脈から南に約100 Kmほど行くと海がある。山脈が切れるところから東に10kmほど行くと、やはり海がある。つまり北を山脈に、東と南を海に囲まれた幅が約300Km、奥行き100Km前後の広さの土地だ。面積で言うと日本の九州くらいだろうか。


森と山以外の場所はほとんどが草原だ。河川や湖もあるが、そう大きなものはない。北の山脈が切れる場所と東の海岸との間に北に抜けられる場所がある。また西側もずっと草原だ。しかし、その先を目指して旅立って帰還した者は居ない。


この世界の「人類ヒューマン」が自分たちの「領域テリトリー」として認識出来ているのは、この広大な惑星でこの程度なのである。ここに様々な種族が合わせて400万~500万人ほど暮らしているらしい。「らしい」と言うのは戸籍こせきを持たない種族も多く居るので詳しい統計が取れていないからだ。


エルフ族が「この世界アルヴァノール」で最初の「人類ヒューマン」であることは事実だった。彼らは約1万年前には既に、各氏族ごとの「戸籍こせき」を持っており、司法・律法・行政が分立した高度な都市国家コスモポリタン社会を形成していたのだ。文書による記録では、この頃の「この世界アルヴァノール」にはエルフ族以外は住んでいなかったとされている。


この世界アルヴァノール」の一年は長い。なんと552日もある。しかも一日が30時間ある。地球の時間に換算すると約690日、二年弱だ。一ヶ月は45日、これは二つある月の満ち欠けの周期から決められた。


この世界アルヴァノール」にある青白い月と赤い月は約22日周期で交互に夜空に現れる。同時に夜空に現れるのは月に一度程度だ。今では、この二つの月は様々な種族に伝わる伝承の対象となっている。


45日間の月が三つで「季節ベクーラ」、その終わりに三日間の「感謝祭カルネバリ」がある。一年のうちに、これを4回繰り返す。そのため、「この世界アルヴァノール」の住人たちはみずからの年齢を独特な手法で言い表す。


例えば「私は10歳と2季節ベクーラになります。」とか「自分の年は42季節ベクーラだ。」と言った具合だ。ちなみにこの例は、どちらも地球年齢では約18歳であることを表している。


言い方に微妙に違いがあるのは、種族ごとに寿命じゅみょうが違うからだ。亜人類デミヒューマンの例で言うと長命なエルフ族は地球年齢で約500年前後生きる。ホルビー族は120年前後、ドワーフ族は頑張って100年前後で地球人とほぼ同じ寿命だ。対して獣人類ヴェアヒューマンのオーク族は50年前後、ゴブリン族で40年くらい。種族によってはもっと短い一生の者たちも居る。


なので、寿命の長い亜人類デミヒューマンは歳と季節ベクーラで、寿命の短い獣人類ヴェアヒューマン季節ベクーラのみで、自らの年齢を言い表すことが多い。オークたちなどは「俺は100の季節ベクーラを生き抜いた。判らないことは何でも聞くが良い。」と言ったりする。この場合、地球年齢で47歳を超えていることになるのでオークとしては結構なおじいちゃんってことだ。


ラヴィニアは自分の年齢を「160歳と1季節ベクーラ」だと話した。地球の年齢に換算すると303歳だ。しかし、その年齢に反して彼女の見た目は28歳から32歳くらいに見える。「若奥様」風と表現すると良いだろうか・・・。


ラビィニアがここまで説明してくれた時、井出が挙手きょしゅして発言を求めた。ちなみにラヴィニアが話す言葉は初めて聞くが、頭の中では流暢りゅうちょうな日本語の音声で同時翻訳どうじほんやくされている。


「ラヴィニアさん、亜人類デミヒューマン獣人類ヴェアヒューマン何故なぜ、区別されているのですか? 皆まとめて亜人類デミヒューマンと呼んではいけないのですか?」


彼の質問にラヴィニアは唇に人差し指をえて少し考えた後に答えた。長い耳がゆっくりと上下し、視線は上向きにうろうろしていた。


「そうね。一番大きな違いは亜人類デミヒューマン雌雄しゆう、つまり男女があるけど獣人類ヴェアヒューマンにはオス、男性しか居ないってことかしら?」


井出は驚いて質問を重ねる。三人の女子高生たちも目を見開いている。


「それでは獣人類ヴェアヒューマンはどうやって子孫を残すのですか? 単性生殖? それとも雌雄同体なのですか?」


彼の質問にラビィニアはウィンクしながら答えた。長い耳が楽しそうにピコピコし始めた。


「違うわよ! 獣人類ヴェアヒューマンはね、亜人類デミヒューマンの女の子に赤ちゃんを産んでもらうの! どう、面白いでしょ?」


井出と真由美、アヤ、七海は声も出なかった。最早もはや、開いた口がふさがらない。


ラビィニアの説明ではこうだった。

まず、亜人類デミヒューマンは地球の人類と同じで男性と女性が居て自分たちの子孫を残すことが出来る。だが男性しか居ない獣人類ヴェアヒューマン亜人類デミヒューマンに子供を産んで貰うしかない。その際、男の子は父親と同じ獣人類ヴェアヒューマンとして、女の子は母親と同じ亜人類デミヒューマンとして生まれて来ると言うのだ。ただし「例外イレギュラー」もあるらしい。


「例えば『例外イレギュラー』と言うのはどういうものがあるのですか?」


井出の質問にラヴィニアがニコニコ微笑みながら答える。


「そうね、例の一つとしては私達みたいなエルフ族の女性が獣人類ヴェアヒューマンの男性と結婚して女の子を産んだ場合は、褐色かっしょくの肌をした子が生まれるわ。ただし、これは必ずそうなるから『例外イレギュラー』というより『法則ルール』ね。」


他の「例外イレギュラー」としては犬人コボルト族の男性を父に持つ女性が、また犬人コボルト族の男性と結婚して女の子を産んだ場合、ごく稀だが犬のような耳や尻尾を持っていることがあるというのだ。ただ、それを繰り返していけば生まれて来る女性がどんどん獣化じゅうかしていくかと言うとそうではないらしい。それどころか犬耳と尻尾を持った女性が普通の容姿をした亜人類デミヒューマンの女子を産むこともあると言う。


「あとね、ゴブリン族やオーク族の父親を持つ女の子がまた同族の男性と結婚して男の子を産むと特殊な能力を持っていたり、体がとても大きくなったりすることもあるの。」


まるで町内のどこかの家で生まれた子供の噂話うわさばなしをするようにラヴィニアが語る。ここで井出がまた質問した。


「ところで亜人類デミヒューマンの異種族の男女が結婚して子供が生まれた場合はどうなるのですか?」


「その場合は、両親の身体的特徴や能力を平均して受け継ぐことが多いわ。例えば、身長が高い種族と低い種族の子は、その中間くらいの身長になるとかね。他にも色々な能力も平均して受け継ぐの。筋力や知力、使とか・・・。」


「ちょっと待って下さい! この世界アルヴァノールって魔法があるのですか?」


井出が突然、大きな声で突っ込んだのでラヴィニアは驚いたようだ。長い耳がピンと立って細かくプルプル震えている。


「きゃっ! ちょっと何、急に大きな声で・・・。ビックリしちゃったわよ! 魔法ヴァルマキってあるに決まってるわ。現に今、この瞬間も貴方あなたたち自身が使ってるじゃない。」


ラヴィニアの答えに今度は井出と三人の少女が驚く。その表情を見た彼女はなるほどと言う顔で保安官シェリフテッドを見た。


「テッド君、さっき部屋に入って来るときに下手くそな英語を話していたけど、この人たちに共通語ヴィルスコで説明して無かったのね? 大事な事が全然伝わってないじゃない!」


「しかし、大御祖母おおおばあ様。彼らも我々と同じ『ヒウム』ですし元居た世界の言葉で話しかけた方が良く伝わるかと思いまして・・・。」


「その『大御祖母おおおばあ様』って呼び方、止めてっていつも言ってるでしょ? 言い訳は良いわ。大体、あのなまった英語は何? マービンが話してたのと発音も抑揚イントネーションも全然違うし・・・。」


ラヴィニアは左手を腰に当て、右手の人差し指でコラコラと保安官テッドをしかる。その光景はまるで一回ひとまわり以上は年下の妹に説教を受ける中年のおっさんのようだ。かなり情けない。


「ごめんなさいね。あなた達の大事な『精霊力マナ』を無駄に使わせて伝わらない会話をさせてしまって・・・。」


ラヴィニアの説明によるとこの世界では、井出と三人の女子高生のように「召喚」されてきた人間や、その子孫を「呼ばれた人ヒウム」と呼ぶそうだ。そして、エルフ族を始めとした亜人類デミヒューマンや「呼ばれた人ヒウム」は生まれながらにして魔法ヴァルマキが使えると言うのだ。


ちなみに今、井出たちが意識せずに使っている魔法ヴァルマキは「翻話テルホルーラ」と言うそうだ。未知の言語に接すると精霊力を消費しながら自動的に翻訳してくれる、とても便利な魔法だ。しかも会話を繰り返して、未知の言語に慣れてくると自然に消費する精霊力が少なくなり、最後には精霊力を使わなくなると言う。ここまで説明を受けて、七海と真由美が「ああ、そうだったのか!」言うような顔をした。


「単語の発音が全然違うからオーストラリアの人たちかと思ってた。」と七海。彼女は英会話を習っていた。


「単語の抑揚イントネーションが辞書にってるのと全然違うからビックリしてました。」と真由美がうなずく。


「何か英語かな~? くらいにしか思ってへんかったわ~。」とアヤ。井出も彼女に激しく同意だ。


まあ、同じ日本人でも東京や大阪の人間が青森の津軽弁つがるべん早口はやくちまくし立てられたら全然わからないのと同じだ。この100年の間に「保安官の町」のヒウムたちの英語はすっかりなまっていたのだ。そのなま具合ぐあいまで「片言かたことの日本語」に翻訳ほんやくしていた「翻話テルホルーラ」の精度は凄い。若干じゃっかん、ありがた迷惑な気もするが・・・。


「それにしても、こんな便利な『魔法』を何の訓練をしなくても使えるなんてどうしてなんでしょうか?」


井出は思わず質問していた。「翻話テルホルーラ」を亜人類デミヒューマンが使えるようになるには「ある程度」の訓練が必要だと聞いたからだ。この世界アルヴァノールでは中難度の魔法ヴァルマキらしい。


「私の長年の研究によれば、それは『呼ばれた人ヒウム』がこの世界アルヴァノールに『召喚』された理由と深くかかわっているからだと思うの。」


ラヴィニアによると「呼ばれた人ヒウム」と呼ばれる人々には、その理由を証明するいくつかの特徴があるとのことだ。井出は質問した。


「我々がこの世界に『召喚』された理由ってなんでしょうか?」


彼女は人差し指を立てて答える。長い耳もピンと立っている。


「私はね、『呼ばれた人ヒウム』はこの世界アルヴァノール治安ちあんを守るために『召喚』されたのだと考えているの!」


ラヴィニアの表情には一切の迷いが無い。どんな反論にってもこうから論破ろんぱして見せる。そんな自信にちた話し方だった。

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