第8話 保安官の町

パトカーを駐在所の前にめると事務所の入り口まで真由美とアヤが出迎でむかえて来ていた。

 

「お二人ともお疲れ様でした。井出さん、流石さすがです。七海さんも凛々りりしかったですよ。」

 

交互に井出と七海を見ながら、真由美はほおを上気させて二人を出迎える。何故か七海を見る瞳がうるんでいる。七海はただガス弾を手渡していただけなのに「凛々りりしい?」と首をかしげた。

 

「井出っち、カッコかったで~! ホンマに『レオン』みたいやったわ!」

 

 アヤが小躍こおどりして喜んでいる。井出が「レオン」って誰?と聞こうとしたとき、後ろから女の声が聞えた。

 

「ハーイ! サッキハ、ピンチヲカバーシテクレテ、サンキューネ!」

 

馬車?の御者席ぎょしゃせきから見事な赤毛の女性が手をげて見下みおろしていた。長い髪をゆるくポニーテールにしている。ひとみ蒼玉サファイアのように綺麗きれいな青だ。耳はカウボーイハットと髪に隠れて良く見えない。金髪の男の子が彼女の胸に半分、顔をめてこちらを見つめている。

 

(男の子か、息子さんかな? 髪は赤いけど、ブルックシールズにそっくりな女性ひとだな。)

 

井出は手を挙げ返しながら思った。

 

「オー! コノ『プレッツエル』ハ、コーヒー二ヨクアイマース!」

 

頭の中で片言かたことの日本語がこえる。事務所でコーヒーを飲みながら、保安官テッドが舌鼓したづつみを打つ。お茶けは「ポッキー」のチョコ味と「プリッツ」のバターロースト味だ。真由美の選択チョイスは今日もえている。それにしても、さっきまで野獣との死闘を繰り広げていたというのに信じられない呑気のんきさだ。かなり修羅場しゅらばくぐって来た連中に違いない。

 

「ワタクシハ『テッド・アンダーソン』イイマース。『保安官シェリフ』デース。」

 

「ミーハ、『保安官補アシスタント』ノ『ジェフ・アンダーソン』ネ。ヨロシク!」

 

「オナジク『保安官補アシスタント』ノ『エマ・アンダーソン』ヨ。コニチハ!」

 

三人は自己紹介をすると、それぞれ握手あくしゅを求めてきた。苗字ファミリーネームが同じってことは家族だろうか? 父親と息子夫婦ってとこだろう。こちらも一人づつ自己紹介を行った。三人の女子高生たちは皆、制服姿だったので彼女たちも「助手アシスタント」と思われているらしい。七海がガス弾を手渡てわたすなどしていたのも印象深かったのかも知れない。

 

ただ、アヤが自己紹介したときだけは三人の保安官はお互いに顔を見合わていた。彼らは何も言わなかったが、やはり阪神タイガースのスカジャンは奇抜きばつすぎたのだろうか・・・?

 

保安官たちの話をくと色々なことが判って来た。彼らは英語を使っているらしいが、不思議なことに井出たちの頭の中で同時翻訳どうじほんやくされた日本語音声が聴こえていた。まるで音声多重放送のようだ。ただし彼らの話す言葉が片言かたことの日本語で聴こえるので今一つ要領ようりょうを得ない部分が有った。判ったことを箇条書かじょうがきにするとこうだ。

 

・丁度100年前に1890年代のアメリカ人の男女が4人、この世界に「召喚」されたこと

 

・その四人が作った人口100人ほどの「保安官の町」が丘の向こう側、この駐在所ちゅうざいしょの東にあること

 

・その町には「教会チャペル」と言う黒い建造物があること

 

・その「教会チャペル」は駐在所の裏にある黒い建造物と同じものであること

 

・井出たちが「召喚」されることはあらかじめ判っていたということ

 

・保安官たちよりも昔に「召喚」された人たちも居たこと

 

・この世界にはエルフやドワーフ、ホルビーと言った亜人類デミヒューマンの他、多くの種族がいること

 

以上だが、もっと詳しい人物が居るので、これから「保安官の町」に来て会って欲しいと言うのだ。

 

ただ保安官シェリフテッドがホルビー族についての注意を何度も繰り返しするのが気になった。彼らを「ハーフリング」と言う別称べっしょうでは絶対呼んではいけないことや、見た目にとらわれず、彼らを大人としてあつかわないといけないことを教えてくれた。怒らせると結構けっこう、怖い種族らしい。

 

(これは体験談だな。この人、相当痛い目にったんだな。)と井出は思った。

 

「リーン! ゴーン! リーン! ゴーン!」

 

突然、駐在所の裏からかねが聞こえてきた。どうやら例の黒い建造物から出ているらしい。保安官テッドが言い忘れていたことがあると言い出した。そして黒い建造物に案内して欲しいと言う。

 

「コノタテモノハ、マイニチ、オヒルチョウドニ、カネヲナラシマース!」

 

くだんの建造物の前に案内するとテッドが教えてくれた。と言うことは、このかねに合わせて時計を正午しょうごにセットすれば良いわけか・・・。

 

保安官たちは黒い建造物を調べていた。主に建物の前にある看板かんばん状のパネルを重点的にているようだ。そして彼らが「教会チャペル」と呼ぶ、この建造物の使い方の一例を実演デモすると言い出した。

 

保安官シェリフテッドが保安官補アシスタントの二人に指示を出していた。作業に入るために女性の保安官補アシスタントエマがいていた金髪の男の子をテッドにたくそうとするが、愚図ぐずって言うことを聞かない。エマが困っているとアヤがたすぶねを出してくれた。

 

「ボク~! こっちおいで~♪ おね~ちゃんとあそぼっ!」

 

妹二人と弟がいると言うアヤが人懐ひとなつっこい笑顔で両手を差し出すと、男の子はトテトテと走って彼女にきついた。流石さすがに大家族でまれているだけの事はあるなと井出は感心した。エマが彼女に微笑ほほえみながら手をげる。保安官テッドは両肩をすくめてお道化どけていた。

 

保安官補アシスタント二人と井出がさっき倒したハイエナもどきの死骸しがい2頭を黒い建造物の中央にある円形の台の上にせる。1頭で40Kg以上はありそうなけものだ、大変そうなので井出も手伝いをもうていた。

 

エマが胸ポケットから取り出した黄ばんだ紙片にチビた鉛筆で何か書き込んでいる。その紙片を獣の死骸の上に置くと看板状のパネルで何か操作を行った。低いうなりと共に円形の台が床下ゆかしたりてゆく。落下防止のためか床板が横にスライドして台が下がった後の縦坑たてあなふさいだ。台が一番下に着いたらしいズシンという音がすると同時に建造物全体が淡い緑色の光に包まれた。

 

淡い光が消えて、再び円形の台が戻って来た。その台の上には毛皮が二枚と皿に載った5Kgはありそうな挽肉ひきにくが有った。井出は毛皮を手に取って確認してみた。少々、獣臭けものくさいが良くなめされていてしつは悪くない。しかし80Kg以上あった死骸からこれっぽっちの挽肉しか取れないのは、どういうことか? 彼はエマにそれを聞いてみた。

 

「オイシイトコロダケ、クダサイト、シテイシマシタ! ホカハ『チャペル』ニアゲマシタ! チナミニ、サラハ、ケモノノホネデ、デキテマース!」

 

彼女の答えに、「ああ、確かにこの動物ハイエナもどき美味おいしいとこ少なそうだよな。」と納得した。

 

次に井出が最後に倒した1頭のハイエナもどきの死骸を円形の台に載せた。エマは周囲に呼び掛けた。

 

「ナニカ、ツカイタイ、チョウミリョウハアリマスカ?」

 

瞬時にアヤが手を挙げた。男の子を抱いたまま彼女が調味料を持って来て台に載せた。生ニンニクや生姜しょうが、ボトルに入った塩コショウに醤油しょうゆのようだ。エマはアヤに聞きながら、また紙片に何か書き込んでいた。その紙を死骸の上に置いてパネルを操作する。

 

再び円形の台が上がって来ると、その上には襟巻えりまきに出来そうなくらい綺麗きれいな毛皮が一枚と干し肉の束、そして皿に載せられた焼き立てのステーキが数枚有った。ご丁寧ていねいに使いきれなかった調味料も返って来ている。丁度、昼時なので井出たちは食事にすることにした。

 

「は~い! ピート君、あ~んして~! 美味おいしい~?」

 

アヤが金髪の男の子、ピートに小皿に盛った甘口カレーを小さなスプーンで食べさせている。小さなグラスに「カルピス」も入れてもらっていた。ちなみに名前はエマが教えてくれた。ピートは甘口カレーがとても気に入ったようで満面の笑みでご満悦まんえつだ。真由美と七海も彼をニコニコ見つめながらなごやかに昼食をっている。

 

三人の女子高生とピートが居間のコタツで食事する微笑ほほえましい光景を確認した井出は、事務所の三人の保安官たちの方に振り返った。彼は左手にステーキを挟んだ小さなサンドイッチ、右手にブラックコーヒーをれたマグカップを持っている。

 

「なるほど、確かに『教会アレ』は便利なものですね。まだ他にも色々な機能があるのですか?」

 

「ソウデース! ショクジガオワッタラ、スグニシュッパツ、シマショウ!」

 

保安官三人はステーキと持参した丸くて硬そうなパンを食べている。こちらにもグラスに入った「カルピス」が出されていた。彼らの話す片言かたことの日本語ではこれ以上の説明は効率が悪いようで、今から町に行こうと言うのだ。最早もはや、井出たちには断る理由が無かった。

 

保安官たち三人が乗った馬車が出発する。続いて井出と三人の女子高生とピートの乗ったパトカースターレットが発進する。ちなみにピートはアヤになついていたのでこちらに乗せることにした。その方が保安官補アシスタントエマの手がいて助かるというのもある。

 

ちなみに保安官たちの馬車を引く動物は「ホースバード」と言う生物だそうだ。くちばしはないが細くてとががった口をしていて、大きな丸くて黒い目がある。口には櫛状くしじょうの前歯と草をつぶ臼歯きゅうしが生えている。全身にはフカフカの羽毛が生えており、丸い胴体に小さな翼と長く太い尻尾が付いている。恐竜の獣脚類じゅうきゃくるいを思わせる太くたくましい二本のあしの間、お腹のところにカンガルーのような袋がついている。この袋はオスにもあるそうだ。

 

脚をたたんで座っていれば、遠目には馬に見えなくもない。しかし立った姿は似ても似つかない。そんな動物なのだが保安官たちは、コイツらを「うま」と呼ぶそうだ。ゆえにこの動物が引く荷車も「馬車ばしゃ」と呼んで良いとのことだ。

 

一行いっこうが丘の頂上てっぺんの台地に差し掛かると、東側の斜面のふもと付近に「保安官の町」が見えてきた。町の周囲をほぼ完全な円形に囲んだへいが見える。西側と東側に門があった。その内側には物見櫓ものみやぐらてられている。町の中心に駐在所の裏にあるのと同じ黒い建造物が見える。多分、あれが「教会チャペル」だ。

 

その「教会チャペル」を取り囲むように複数の建物がある。その建物群を取り囲むように丸く道があった。その道は東西の門に直線的につながっている。そしてその道に沿って外側にも建物が沢山建っていた。他の空いたスペースには畑のような場所や、さくで囲われて家畜のような動物がはなされている場所が見える。ちらほら家畜小屋、飼料置き場、農家みたいな建物もあった。

 

三人の少女たちは初めて見る「異世界の町」に目を輝かせている。この町には自分たちと同じ世界から来たアメリカ人の子孫が100人以上住んでいるのだ。この異世界で井出と三人の女子高生が暮らしていけると言う「証明あかし」が目の前にあった。それが彼女たちの心の中を明るく照らしているのは間違いない。

 

町の西門の前まで来ると物見櫓ものみやぐらの上に居る見張りが下に向かって叫んだ。すぐに門のとびらが開く。まず保安官たちの乗る馬車が入場してゆく。続いて井出たちが乗るパトカーが徐行で中に入ろうとした時だ。門の内側にボンネットが入るかと思うと、そこで車体がまってしまった。ドスンと言うショックと共に後輪リアタイヤが軽く滑る。どういう事かと井出が保安官たちを見る。

 

「ミナサンノ、ニュウジョウヲ、キョカシマース!」

 

保安官テッドが片手を挙げてそういうと町を取り囲むへいに沿って地面から淡い緑色の光がき上がる。するとパトカーは再び進み始め門の中に入ることが出来た。物見櫓の上の見張りが叫びながら南の方を指差す。

 

「ハイコー!」

 

その方向を見やるとさっき仕留しとめたハイエナそっくりの動物の群れが迫って来ていた。数は20頭以上は居そうだ。さっき襲ってきた連中とは別の群れだろう。何故か門番たちは扉を閉じない。そんなことをしているうちに群れの先頭が門に到達してしまった。

 

「ギャン! ギャイン!」

 

ハイエナもどき共が数頭、ゴンゴンと音を立ててね返される。その光景を指差しながら保安官テッドや門番たちがゲラゲラ笑った。どうやら門の中には許可の無い者は立ち入れないらしい。獣たちは見えない壁に頭をぶつけたって訳だ。

 

井出は保安官たちが駐在所を訪ねて来た時のことを思い出す。あの時、保安官たちが「ナカニ、イレテクダサーイ!」と言ったのは入場許可を求めていたのだ。井出が「どうぞ!」と返したので中に入れるようになったという事か・・・。

 

「うー・・・。やっぱり、この世界の『神様』ってヒドイ。意地悪だよ!」

 

後部座席から七海の声が上がった。確かに予めこの事を知っていれば、昨夜あんなに怖い思いをすることは無かっただろう。彼女の怒りはもっともだと井出も思った。まあ、この世界に「神様」という存在が居ればの話だが。

 

保安官たちの馬車に続いてパトカースターレットは町の中心を目指した。「馬」が引いてない荷車が低いエンジン音と共に勝手に進む様子が珍しいらしく、道端みちばたには野次馬やじうまが集まって来た。しかし自動車に驚く者はらず、ただ単に好奇心から見ているという感じだ。

 

確かに色々な種族が居ると聞いていたが、野次馬たちは様々な姿をしていた。背が低いが体格が良く、がっしりとした髭面ひげづらの男たち、小さくて陽気に騒いでいる男女、褐色かっしょくの肌をしたほっそりした女性。暗緑カーキ色の肌をした身長2mはありそうな大男の姿もある。中には旧式の銃を持っている者が何人か居るのを井出は見逃みのがさなかった。

 

馬車が町の中心にある大きい屋敷の前にまった。井出たちが乗るパトカーもすぐ後ろに停車する。保安官たちの案内に従って、屋敷の奥の応接間らしき部屋に通された。

 

そこには銀髪プラチナブロンドの美しい女性が居た。部屋の一番奥、ゆったりした木製の椅子に脚を組んで座っている。腰くらいの長さの髪、鮮やかな緑宝玉エメラルドの瞳、決して大きくは無いが形の良い胸、けるような白い肌、年齢は20代後半から30代前半のようだ。所謂いわゆる妙齢みょうれいの女性」って感じだ。胸元むなもとが大きくいた白いドレスに身を包んでニコニコと微笑ほほえんでいる。

 

「皆様、ようこそ! 私がこの町の初代保安官の『マービン・アンダーソン』の妻、ラビィニア・アンダーソンよ。まあ、二番目なんだけどね・・・。」

 

彼女は長い耳をピコピコと忙しく動かしながらおだやかな口調で自己紹介をした。

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