第7話 異世界との接触

井出は待っていた。ただ、ひたすら夜が明けるのを・・・。ラジオは午前零時れいじ丁度で突然止まってしまっていた。しかし午前6時頃からまた鳴り出している。ズレたスケジュールで放送が続いていた。


「夜が明けないな・・・。一体どうゆうことなんだ?」


眠気覚ましのコーヒーをがぶ飲みしながら、ガムをみ続けた。そうこうしているうちに時計の針は午前8時を過ぎた。二階で寝ていた女子高生三人も階段を降りて来る。


「あれ? まだ暗いやん。おっかしいねー。」


虎縞とらじま柄のスウェットに身を包んだアヤが窓の外をうかがいながらぼやく。しかし、どこでこんな柄のスウェットが売っているのだろうと井出は思った。


「本当、変ですね・・・。このまま夜が明けなかったら嫌だな・・・。」


花柄のパジャマの上からカーディガンを羽織った真由美が不安そうにつぶやく。


「まあグダグダしてても仕方ないし、朝ご飯にしようよ?」


上下とも臙脂えんじ色のジャージを着た七海が提案する。胸には「3-A 三宅」と書いたワッペンがい付けられていた。寝間着が無いから真由美に借りたのだろう。持ち主より15cm以上身長が高いので、そでもズボンすそ七分丈ひちぶたけだ。


「はい、井出っち。朝ご飯やで~。」


アヤが彼の前にハムエッグとトーストがった皿と牛乳の入ったコップを置く。コーヒーはもう飲みきたのでこういう気遣きづかいが地味に有難い。


「なあなあ、皆や~。夜明けるまでぼーっと待ってるんもアホみたいやし朝ご飯食べ終わったら食料品とか日用品の棚卸たなおろしせーへん?」


アヤの提案に反対する者は居なかった。朝食が終わると皆、着替えて各物資の在庫を調べるために散って行った。井出も駐在所の備品の確認のため事務所に向かった。


まずはロッカーを調べる。三つあるドアの左端、井出の私物が入っているところだ。中には皮のライダーズコート、「カロリーメイト」が4箱、缶コーヒーが3本、漫画雑誌などが入っていた。


二つ目を開ける。すると中にはジュラルミン製の盾と警杖けいじょうが入っていた。おかしいな誰も使っていない筈だったのだが・・・。井出は首を傾げながらドアを閉める。


最後の三つ目は普段は三宅巡査部長、真由美の父 由雄よしおが使っていたところだ。開けた瞬間、井出は声を上げてしまった。


「うわ、何だこりゃ! なんでこんな装備が入ってるんだ?」


中には機動隊の防護装備やヘルメット、出動服など一式が入っていた。ご丁寧ていねいにガス筒発射器、通称「ガス銃」まで入っている。ガス筒はS型とP型が各6発づつ用意されていた。幾ら三宅が「地獄の鬼軍曹」として鳴らした機動隊の猛者もさだったしても除隊した後まで装備を持ち込んでいるのは明らかにおかしい。


「あ、コレ知ってるで!『バイオ2』で出て来るメッチャ使えるアイテムやん。やったね、井出っち!」


ロッカーの前で井出が腕を組んで考え込んでいると、すぐ横でトイレの消耗品しょうもうひんを調べていたアヤが寄って来てロッカーの中を覗き込んでそう言った。「バイオ2」って何?と井出が聞く前に物資の集計係をしている真由美のところへ行ってしまった。


次に事務机の引き出しを順に開けてゆく。もう井出は驚かなかった。ある引き出しの中に拳銃の予備弾が用意されていた。ハーフムーンクリップに3発づつが4個とバラで1発の45ACP弾があったのだ。


終戦後、警察官に拳銃が貸与され始めた頃は再装填リロード2回分の弾薬を身に着けることが義務だったらしいが、それは30年近く前の話だ。そもそもSスミス&アンドWウエッソン M1917は青梅おうめ署でも井出を含め片手で数えるほどしか貸与されていない。殆どの者は38口径のニューナンブを使っている。


最早もはや、機動隊の装備や「ガス銃」、そして13発の予備弾は何者かが井出のために用意していたとしか考えられなかった。井出は居間に戻ることにした。


「真由美ちゃん、これ見つかったから追加しといて。」


物資の集計結果をまとめている真由美に「カロリーメイト」と缶コーヒーを手渡す。彼女は即座にそれらの物資もリストに追加していった。皆が好きな飲み物を持って集まって来て休憩を取ることになった。お茶けは「ムーンライトクッキー」だ。


休憩を取りながら井出は真由美がまとめてくれたリストを確認していた。様々な食料品や日用品が生鮮食品とか保存食などの分類ごとに綺麗にまとめてある。所々に野菜や肉、魚などの女の子らしいイラストが描かれているが、それも内容に関連したものなので直感的に理解し易い。真由美のこういった事務処理能力の高さは母親の真名子譲りなのだろうと彼は思った。


物資は米が14Kgとインスタントラーメンやカップ麺、パスタなど保存の利くものが豊富にあった。時節柄、お歳暮で届いた「カルピス」やジュース類、缶ビールや缶詰も沢山ある。井出が持ち込んだアイスクリームやコーラ、駄菓子類も含めるとしばらくは持ちそうだ。まず生鮮食品から消費していくしかないが、その補給ルートの確保が大事になって来るようだ。


女子高生たちはクッキーのパッケージに描かれている欧風の女の子の話題で盛り上がっていた。2001年でも2019年でも販売されている商品の様だが、あちらのパッケージにはこの女の子は描かれていないらしい。七海やアヤが「とても上品!」とか「可愛らしい!」とめる度に真由美が自分のことのように嬉しそうにしているのが微笑ましい。


「うん。これだけ物資があれば直ぐに困ることはないだろう。皆、作業ありがとう。」


彼女たちの休憩が終わるまで待ってから、井出がこう伝えると互いに顔を見合わせてニコニコ微笑んだ。幸い三人の相性は良いようだ。今は不安から喧嘩けんかなどをしないで居てくれることが彼にはすくいだった。


「皆、物資の在庫を確認していたときに気付いたことは無かったかい?」


井出が予め事務所にある機動隊の装備や拳銃の予備弾のことを伝えたあとで女子高生たちにたずねた。彼の問いに三人とも心当たりがあったようだ。それぞれ気付いたことを述べる。


「昨日、アヤさんが使ったチーズがパッケージごと新品になってました。お母さんが昨日作ったカレーのルーも新品になって戻ってきてます。牛乳やトマトジュースの紙パックも昨日は開いていたのに朝には新品に・・・。」


「あのな、トイレットペーパーやティッシュぺーパーとかゴミ袋とかパッケージが開いて無かったねん。洗剤とかもそう。全部、少しも使ってへん新品やった。あとなウチが持ってたグミも新品になってた。」


「そこのカラーボックス、チョコとかガムとかビスケットとか食べかけのがあったと思ったんだけど、今朝確認したら皆、新品になってたよ。チロルチョコが箱にびしっと入っててちょっと引いた。」


真由美、アヤ、七海の答えだ。


「やはり『何者か』が明確な意思を持って我々四人をこの世界に送り込んだと考えて良いね。」


「それってやっぱり神様ってこと? やっぱり私達、『異世界』に召喚されたってこと?」


井出の言葉に七海が問いかける。しかし他の三人には彼女が何を言っているのか今一ピンと来ない。


「あのな、七海君。君がたまに言ってる『異世界』に召喚って何なの?」


今度は井出が七海に問いかけた。彼女の説明ではこうだ。2019年では「召喚されたら○○で□□でした。」とか死んで「転生したら◎◎だった件」と言うタイトルの漫画や小説、アニメが沢山あるそうだ。短い時間で種類を多く見ようとするなら漫画が良いと言うので七海のスマホで読ませてもらった。井出、真由美、アヤが小一時間ほど漫画を読む。


なるほど、確かに色々なシチュエーションや手違いで死んで転生したり、召喚された主人公がそのお詫びに何か特殊な力を貰って、数々の冒険や苦難を乗り越えると言う話が多いようだ。中には剣や動物、モンスターに転生する作品もある。最近では「悪役令嬢」ってのが流行はやりらしい。


「ドラクエとかRPGの世界に迷い込んだってことなんかな?」とアヤ。


「私も井出さんもトラックにねられて死んだりしなかったよ?」と真由美が首を傾げる。


「そうだよな。確かに四人がこの世界に来たときの状況はこの中の『召喚』に似てるけど・・・。大体、俺たち、一人だって神様に会って『お前にこれこれの力をさずける』とか言われてないよな?」


そう井出が言った途端、七海が爆発するように叫んだ。


「でしょう? 私なんかこの世界に来た途端、猛獣に食べられかけたんだから!ヒドイよ!」


眼に一杯涙を溜めている。昨夜の恐怖がよみがえったようだ。真由美とアヤが肩をさすってなぐさめていた。井出はその光景を見ながら七海のスマホのことを考えていた。短時間であれだけの高精細な画像や情報を次々に検索し映し出す性能を。あれこそが「神様からの贈り物」なのかも知れないと・・・。


こんなことを続けていたら流石さすがに夜が明け始めた。この世界にも小鳥のような生物が居るのか鳴き声が聞えて来る。四人みんなで、二階のベランダに出てみた。辺りは一面、草原だった。空を見上げると鳥と思われる生物が群れを作って飛んでいる。


東?と思われる方向から朝日が上がって来るところだった。その方向には小高い丘がある。徹夜明けのせいか、太陽がやたらまぶしい。北側には峻険しゅんけんな山脈が東西に渡ってそびえ、そのふもとから深い森が拡がっていた。西はひたすら草原が続いている。


草原には駐在所を中心にして草の生えていない輪のようなものが3本あった。その一番外の輪の手前、100m程先に草が生えていないところがある。緑色のカバンのようなものが見えた。


「あ、あれ私のスポーツバッグ! 取りに行こう! 井出さん、行こう!」


七海が昨夜、襲われたと言うのはあの辺りらしい。周辺を見廻したが大型の猛獣らしき姿は見えない。あんまり彼女がうるさいので先にカバンを取りに行くことにした。


井出は駐在所の車庫からパトカーを乗り出した。1980年型のファイブドアハッチバックのスターレット。MTマニュアルの4段変速、まあ街乗りのパトカーだから5速のわけはない。3年落ちのはずなのに車体は今納車のうしゃされたようにピカピカだ。シートも新品同様だが新車独特のビニールくささは無かった。


ちなみに井出の愛車TSハスラー400も確認したらピカピカだった。10年落ちなのにタンクは傷一つなくシートもピカピカ、ガスも満タンだった。恐らく、奥に置いてある三宅巡査部長用のCD90ビジネスバイクも同様なのだろう。


七海を乗せると井出は静かにパトカーを発進させた。そのまま徐行でカバンの元に向かう。路面状況が判らないからだ。草の下がもしも軟弱な地盤だったり、大きな岩が突き出ていたら不味まずいことになる。大型の猛獣が居た時もいきなり接近しなければパトカーを恐れてまず逃げる。


七海のバッグを回収して駐在所の前にパトカーを停めた井出は駐在所の裏に回った。先程ベランダから周りを見たときに気になるものを見つけたからだ。裏に回った彼はすぐに気付いた。電話線や電気ケーブル、上水道の止水栓や下水道の点検口の位置がまるで違うのだ。夏にエアコンの修理に立ち会った井出はそれらの取り回しを覚えていた。


配管を辿たどってゆくと裏庭にある黒い石で出来た10m四方くらいの物体に全てつながっている。物体の高さは50cmくらいか? 物体の手前には同じような黒い石で出来た立て看板のようなものがある。縦50cm、幅40cmくらいの立て看板の部分が奥に向かってかたむいている。下部に手形のような形のくぼみがあった。


井出はそのくぼみに手を合わせてみる。すると低いモーターがうなるような音が聞こえ目の前の黒い物体が地面からせり上がって来た。見る見る立ち上がったそれは、一辺10mの巨大な立方体のような建造物になる。向かって正面に壁は無く吹き抜けになっており、左右の内壁には何か紋様のようなものがある。奥の壁には人のようなものが描かれている。


中央に直径7~8mくらいの円形の台がある。高さは15cmくらいだ。奥の壁の絵はどうやら、この台に何かを置いている人間を描いているようだ。


かく、中に居る少女たちにも知らせてあげようと駐在所の居間に戻った。縁側の鎧戸を開けて四人でその物体を調べようと話が決まった瞬間だった。


「ターン! タターン!」


複数の銃器の射撃音が響いた。瞬間、井出は反射的に動いていた。事務所まで行き、身をかがめると拳銃を抜いて入り口に近付く。三人の女子高生たちも彼に続こうとした。


「流れ弾が飛んで来るかも知れない。姿勢を低くして、事務所からは出ないで!」


井出は短く指示を出した。そのまま、入り口から顔を半分だけ出して銃声の方向を伺う。拳銃は銃声の主を刺激しないように銃口を上に向けたままだ。


先程、七海のカバンを回収した辺りのすぐ向こう辺りに馬車のようなものが停まっており、馬はしゃがんでいる。頭が三つ見えるので3頭立てらしい。馬車の上から3人の男女が後ろに向かってライフルや拳銃を撃っていた。撃つ度に派手に白煙が立つ。彼らが射撃する先には10数頭ほどの肉食獣の姿があった。ハイエナに良く似た動物だ。


「人が獣の群れに襲われている。俺は助けに行くが、君たちは戸締りをして二階に避難しろ!」


井出は鋭く言うと、ロッカーから「ガス銃」を取り出そうとした。ガス弾を取り出そうとしていると七海が素早く近づいて来た。


「私も行く! たまくらいなら持てるよ!」


一瞬止めようとしたが、問答している暇も勿体もったいない。それに考えて見れば単発の「ガス銃」を使うならガス弾を手渡してくれる相方あいかたが居た方が楽ではある。


「良し! 後ろに乗ってくれ! 指示したらガス弾を渡してくれ!」


パトカーに向かう井出。七海も機敏な動作で彼に続く。真由美はその後姿うしろすがたをじっと見つめていたが、すぐに引き戸を閉めて戸締とじまりを始めた。後ろではアヤがまた縁側の鎧戸よろいどを閉じていた。


七海が後部座席に乗り込んだのを確認すると井出はパトカースターレットを急発進させた。ギアを1速で全開まで引っ張る。そのままクラッチを一瞬だけ切って2速に叩き込む。馬車の手前、10m辺りでサイドブレーキを引き車体をスライドさせながら停車させた。


「そっちのたまをくれ!」


井出はガス銃の銃身を折りながら運転席を降りる。P弾を指差して七海に渡してもらう。そのままガス銃に装填そうてんすると馬車とハイエナもどきの群れの中間に撃ち込んだ。2度、3度とバウンドしながら群れに突っ込んだガス弾は赤い粉末をき散らしながら破裂した。赤い粉末はカプサイシン、唐辛子の辛味からみ成分だ。巻き込まれた2、3頭の肉食獣が激しくき込みながらギャンギャン悲鳴を上げる。


七海にもう一発、P弾を手渡してもら装填そうてんして撃つ。今度は風向きを計算して弾着点を修正した。赤い粉末が残ったほとんどのハイエナもどきを巻き込む。よだれ鼻水はなみずれ流した肉食獣どもは途端に戦意を失ってゆく。既に数頭が逃げ出していた。


この頃になって馬車の男女も井出と七海の存在に気付いたのか、こちらに手を振って謝意を伝えて来た。その一瞬のすきをついて群れからハイエナもどきが1頭、馬車に向かって走り出した。運よく粉末を浴びなかったのだ。御者席ぎょしゃせきにいる女性を狙っているらしい。良く見ると女性は小さな子供を左手で抱いていた。あの子供をくわえて連れ去ろうという魂胆こんたんらしい。


女性が拳銃の撃鉄ハンマーを起こしてハイエナもどきを撃つ。しかし弾が出ない。弾切れのようだ。ライフルの男たちもようやく気付いて狙いを付けるが間に合わない。


井出はガス銃を放り出した。どうせ今からガス弾を込めても間に合わない。しかもこの間合いでは下手なところに弾着させると馬車の人間を巻き込んでしまう恐れがある。素早く腰のホルスターから拳銃M1917を抜くとパトカーのボンネットに両腕を依託レストさせて狙いを付ける。


引金を引き絞り撃鉄ハンマーが起き上がり始めると「チッ」と音が聞こえた。それを確認し狙いを付けながら、もう少し引金を絞る。もう一度「チッ」と音がしたのを聞いた瞬間、井出は息を止めた。次の瞬間、重い発射音と共に弾丸が飛び出した。続けさまにもう一発撃つ。2発の45ACP弾がハイエナもどきに向かって飛翔する。


「ギャン!」


肉食獣が前脚まえあしを折って草原に転がる。1発目が前脚の付け根の中間点、2発目が首に命中していた。地球の哺乳類なら心臓を撃ち抜かれているはずだが、ライフルの男たちは素早くレバーを操作して一発づつ止めの弾丸を撃ち込んだ。


草原には3頭のハイエナもどきの死骸が転がっていた。残りは逃げたようだ。馬車の上から金髪の中年男が叫ぶ。


「ナカニ、イレテクダサーイ!」


どうやら詳しく事情を聴いた方が良いようだなと井出は思った。彼らには敵意も無いようだ。


「どうぞ! あちらの駐在所たてものへ。詳しくお話をかせて下さい。」


彼が駐在所ちゅうざいしょを指しながら言うと辺りに淡い緑色の光が立ち上がった。光は地面からき上がっているようだ。


「アリガトウゴザイマース!」


金髪中年男がそう言うと馬車を進めようと御者席ぎょしゃせきの女がたずなを引く。馬と思っていた動物が立ち上がったとき、井出と七海が同時に驚きの声を上げた。


「何だ、この動物? こんなヤツ見たことないぞ!」


「なになに? ダチョウの仲間? ビックリしたー!」


二人の前には体高2mを超える巨鳥のような生物が3頭立っていた。

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