第6話 四人が共有する「時刻」

「シャバダバ! シャバダバー!」


おかしい馬鹿な!こんな時間に『11PM』が放送されている。まずい、成人向け番組だ。


「あっ! 違うよ。 これが見たかったんじゃないからね! 真由美ちゃん、もう消して! テレビ消して!」


井出はあわてて真由美に指示すると数秒後にはテレビの電源が切られた。しかし、居間には気まずい空気が漂っている。アニメーションとは言え、3人のバニーガールがラインダンスを踊った後に全裸のお姉さんが横たわっているオープニングを4人ともしっかり見てしまったのだ。最後に「+20」と表示されたので成人向けということが明らかだ。


「今のテレビ、なんですか?」と七海が冷静に質問する。それに井出が居心地悪そうにうったえた。


「いやいや、時計によると今は夜7時過ぎたばかりなのに11時20分開始のあの番組が始まってるのは、明らかにおかしいよ。どうゆうことだろう?」


普段なら子供向けのアニメやクイズ番組などが放送されている時刻だ。


「ふぅーん。放送開始の時刻まで正確に知ってらっしゃるんですね~? ああいう番組良く見るんですか?」


七海の追及は容赦ようしゃなかった。助けを求めるように、真由美を見ると真っ赤になって下を向いて固まっている。アヤの方を見ると、こちらはニヤニヤ笑って面白そうに井出を見つめていた。ダメだ、救助は期待出来ない。井出は自身で活路を見出すしかないと悟った。


「だ、大事なのは、ここの時計とテレビの中の時間が4時間もずれているという事実だよ!」


「あ、そーいえばウチ東京駅で降りてすぐにPHSピッチ見たとき昼1時半くらいやったのに、ここに来たときは夕方やったんよ。」


アヤが続いて補足する。井出が彼女の方を見やると「一つ貸しね」と言わんばかりの表情で微笑んで来た。


「なるほど・・・。私がスマホで天気予報確認したときって午後2時過ぎだったけど、ここに来たときはすっかり夜だったし。」


七海も視線を右上から左上に移動させながら考え込む。


「ちなみに二人の携帯電話の時間は、今何時かな?」


井出が尋ねる。確認するとアヤのPHSピッチは午後6時過ぎ、七海のスマホは午後6時半だった。居間にある時計は午後7時10分を回ったところで、それぞれバラバラの時刻を指している。これでは、何を基準にしたら良いか判断がつかない。異変が起こった日は12月20日で、そこは皆同じと確認は取れていた。もしもテレビの中の時間が正しいとしたら、今の時期ならあと7時間くらいで夜が明けるはずだ。


「よし、居間と事務所の時計を4時間進めてみよう。もしも、それで正しければ明日の朝7時前には夜が明けるはずだ。詳しい時刻を調べるのはそれを確認してからにしよう。」


井出はそうまとめると次の調査を始めた。電話に関することを色々とハッキリさせたかった。この駐在所には主に本署との連絡に使うため事務所にプッシュホンが、家族がプライベートで使うため居間に黒電話が設置されていた。試しに居間の黒電話で本署の電話番号をダイヤルしてみる。事務所のプッシュホンと結果は同じだった。


今度は事務所のプッシュホンから居間の黒電話にかけてみる。黒電話のベルが鳴り、真由美が出ると通話も出来た。その逆も同じだった。どうやら、どこかに電話局は存在しているようだ。


次にアヤと七海に事務所のプッシュホンにかけてもらう。やはり問題なく通話が可能だった。居間の黒電話に対しても同じ。アヤのPHSピッチと七海のスマホでも通話することが可能だった。「メール」というものも二人の間で交換可能だ。ここまで調査して井出はある結論を出した。


「どうやら我々が今居る、この世界は1983年ではないね。」


「どうして、そう断言出来るの?」


七海が問うと真由美とアヤもじっと井出を見つめた。


「駐在所にある電話は両方とも有線だ。短縮番号サービスが使えるから、どこかに電話局か交換機に相当するものが存在するはずだ。けれどもアヤ君と七海君に聞いた話ではPHSピッチやスマホなどの携帯電話は電波を中継する基地局が無いと使えないのだよね?」


井出がそう確認すると、アヤと七海がうなずいた。二人の携帯端末の電波状況はすこぶる良い。

 

「俺が知ってる限りでは、1983年の時点で二人が持っているような高性能な電話を支えられるような技術も基地局のような社会基盤インフラも存在しない。しかし現に使えているのだから基地局は必ず存在する。」


井出の話に三人の少女たちは神妙に聞き入っている。ここで真由美が疑問を投げかけた。


「井出さん、アヤさんと七海さんの携帯電話同士で無線機トランシーバーみたいに電波を使って直接通信している可能性はないの?」


「いや例え、そうだとしても二人の携帯電話と駐在所の電話で通話出来ることの説明がつかない。やはり基地局が存在していて、その基地局と電話局の交換機を通して他の携帯電話や駐在所の電話とつながると考える方が自然だよ。」


井出の返答に真由美は納得したようだ。残る二人も会話を真剣に聞いている。次はアヤが質問した。


「ほんなら、今は2001年か2019年のどちらかってこと?」


「可能性があるとしたら2019年だが・・・。恐らく、それも無いだろうね。」


今が2001年だとするとスマホが使える理由が説明出来ない。一番技術が進んでいるであろう2019年ならば全てのサービスが提供可能なはずだ。しかし「それも無い」とはどうして断言できるのか? 今度は七海がたずねる。


「井出さん、どうしてそう言えるんですか?」


「七海君は横浜市内で友人と待ち合わせをしていたそうだけど、君がこの時間まで待ち合わせ場所に現れなかったら何かしら連絡が入るだろ? 何か連絡はあったかい?」


確かに七海には心当たりがあった。この駐在所に来てから何度かSNSで友人たちと連絡を取ろうとしたが「既読きどく」も付かないし、メンバー個人にeメール・ショートメールを送っても返信がない。無論、直接通話もつながらなかった。


「君のスマホは『インターネット』と言うサービスで世界中のコンピュータと通信出来るんだよね? 今、それが出来ているのだから世界中と連絡が取れるはず。なのに君の友人たち全員と連絡が取れないってのもおかしい。連絡が取れないと言うより相手が存在して居ないって考えるべきだろうね。」


「まさか私たち『異世界いせかい』に召喚しょうかんされたってこと? あんなのアニメとか漫画の中の話じゃないの?」


井出の推論を聞いて、思わず七海はつぶやく。そこで真由美がまた疑問を投げかけた。


「じゃあ、『インターネット』は何故使えるの? 膨大ぼうだいな2019年の情報を記憶した沢山のコンピュータがどこに置いてあるの? 誰がお手入れしているの?」


「それは俺にも判らない。ただ言えることはここが元々居たのと違う世界だとすると電話の交換機や基地局が存在しているのも、今こうやって電気やガスや水道が使えて、テレビが放送されているのも『インターネット』と同じくらい説明が付かないことだってことだ。」


井出がこう答えると、三人の少女たちも認めるしかなかった。


「これ以上は朝になって周囲を調べたりしないと判らないと思う。君たちも疲れただろうから、お風呂に入って今日はもう寝よう。」


「井出さんはどうするんですか?」


真由美の質問に井出は答えた。


「俺は居間で朝まで徹夜で番をするよ。何が起こるか判らないから。明るくなって周囲の安全が確認出来たら少し昼寝するよ。」


「ありがとうございます。井出さんが居てくれて本当に心強いです。お言葉に甘えさせて貰います。」


真由美がペコリと頭を下げると、残る二人の少女も口々にお礼を言いながら頭を下げる。三人は風呂と寝室がある二階に上がっていった。井出は居間のすみにあるカラーボックスから新発売の「ブラックブラック」を取り上げると包み紙を開けて一枚取り出し口に放り込んだ。自分のロッカーから私物のラジカセを持ってきてラジオのスイッチを入れる。ボリュームを調整して薄く音声が聞き取れるくらいにした。


「あと6時間もしたら夜が明ける。明日は朝から忙しいぞ。」


だが6時間後に夜が明けることは無く、井出は長い長い夜を経験することになるのだった。

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