第5話 カレーライスに豚汁を

時計を見ると、午後5時半を過ぎていた。まだまだ確認したいことが沢山あったが、一度切り上げて夕食にすることになった。理由は簡単で、皆が空腹を感じ始めたからだ。真由美が料理を温めている間に、他の2人が食器を出してコタツの上に並べていく。


食事の用意が出来るまで、井出は事務所に戻って入り口の外を警戒する。室内から一頻ひとしきり周囲を確認したが、脅威になるような害獣や不審な人影は見当たらない。次に居間を突っ切って反対側の縁側に行き鎧戸よろいどを全て閉める。朝になって周囲の状況が把握出来るまでは用心して置いた方が良いだろう。家族用の玄関ドアの戸締りもしっかり確認した。


居間に戻ると食事の用意が出来ていた。メニューは小皿に盛りつけられたサラダ、豚汁とんじるとカレーライスだ。福神漬けもえてある。井出の好みを知っている真由美がカレーライスを辛口で大盛にしてくれていた。一方、真由美は甘口でミニカレーサイズだ。


この家ではカレーは辛口と甘口の両方を作り、好みに合わせてブレンドして食べるのだ。七海は辛口を選んだ。量も井出ほどではないが中々の盛り方だ。スレンダーな体形だが、基礎代謝が高いのか結構食べるらしい。


アヤは中辛が好きだそうで、雪平ゆきひらなべで辛口と甘口を少しずつ味見しながらブレンドしていた。さすがは大阪人、食に対するこだわりが違う。そしてブレンドの合間に冷蔵庫から何かを取り出して、細かく刻んでいる。


「お待たせ~。ほな、始めましょか~♪」


アヤが中盛にしたカレーライスと何かを盛った小皿を盛って居間に入って来た。小皿の上には3種類ほどのチーズを刻んだトッピングが盛られていた。冷蔵庫には真由美の父が酒のツマミにするため輸入物のチーズが何種類か入っていたのだ。


「これ、お好みでトッピングしてね。とろけてメッチャ美味おいしいよ♪」


アヤが皆の前で、チーズをスプーンですくってカレーに乗せて見せるとたちまちトロトロと溶け出した。


「あ、いいね! 私もやろっと。」と七海が続き、真似をするように真由美もチーズを乗せてみる。


「わあ、面白い!」と手を叩いて喜んでいる。井出も小皿に残ったチーズを一気にカレーにかけてみた。


「なるほど、こりゃ確かに美味うまそうだ。それじゃ皆さん、いただきます!」


「いただきます!」 


4人で手を合わせて唱和すると一斉に食べ始めた。


(女子高生三人と一緒にカレーなんか食ってると、林間学校に引率で来た先生みたいだな。)


井出はそんなことを考えながら、時々事務所側の入り口をうかがっている。少女三人には出来るだけ居間の奥側、二階への階段に近い場所に座らせ、自分は事務所に近い方に座っている。事務所に対して後ろを向かず、半身の状態で食事をしながら何かあった場合は対応出来るようにしているのだ。はたから見た井出の姿はまるで用心棒ようじんぼうのようでいささか行儀が悪いが、状況を考えると仕方は無かった。女子三人には「何か起こったときは、まず二階に避難するように」と予め指示してある。


「それでもやー、なんでカレーに豚汁とんじるなん?」


「井出さんが学生時代に良く通ってたお店ではカレーライス頼むといつも豚汁とんじるが付いて来たんだって。それが意外と合うって話を前にお母さんが聞いて、うちの家でもやってみたら好評だったから定番になったの。」


アヤの疑問に真由美が簡潔に説明してくれた。計らずも同年代の女の子同士で楽しい夕食をることになって嬉しいのか、内気な真由美にしては今夜は良くしゃべる。


「あっ! そういえばさ、この豚汁とんじるのお味噌みそって少し甘くてカレーの辛さをリセットしてくれるよね。」


「そうそう! そこがミソなんだよ!」


七海の言葉に、思わず井出が答える。すかさずアヤが割って入る。


「おまわりさん、誰がウマイこと言えとー? さてぇ、ここで改めて自己紹介と行きましょかー! ウチは大原アヤ 高校三年18歳 五人姉弟の上から二番目! 趣味は料理と手芸! 好きな食べ物は、たこ焼きとチロルチョコ!あとグミー! 大阪市在住! 将来の夢は栄養士でーす!」


アヤが元気に自己紹介を始めて井出も気が付いた。そういえば自分や真由美は二人に自分のことを話していない。ちなみに「おまわりさん」と呼ばれて気を悪くする年配の警察官も多いのだが、井出はそうでもなかった。逆に交番勤務中、小さな子供から「おまわりさん」と親しみを持って呼ばれると微笑ほほえみながら敬礼を返してあげたりしている。


「自分は井出 浩一巡査です。 本来、この駐在所には上司の三宅巡査部長 真由美ちゃんのお父さんが居られるのですが本日は本署にて会議があり不在です。また、お母さんもご家族の看病で不在のため自分が交代勤務で来ております。」


ここまで井出が話した途端とたん、アヤから突っ込みが入った。


「カタイ! カタイ! そんなんやなくて年齢としとか趣味しゅみとか得意なスポーツとか好きな食べ物とか好きな女の子のタイプとかゆーてよ!」


「え? そんなこと言う必要ないだろ? お見合いじゃないんだからさ。」


井出はついつい素に戻って反論してしまう。


「あんねん! あんねん! 必要やねん。 下手したら、お巡りさんにはこれからずっと命あずけなあかんかも知れへんねんから『スキル』とか『つよさ』とか色々な情報欲しいやん? 『ドラクエ』とか『FF』でもそうでしょ?」


それにしても『つよさ』はなんとなく分かるが『スキル』って何? あと『ドラクエ』とか『FF』って何だ?と井出が聞き返す前にアヤは機関銃のように質問を浴びせてきた。


あっという間に年齢、身長と体重、高校時代にラグビー部、大学時代に山岳部だったこと、食べ物の好き嫌いが無いこと、バイクと車の免許を取得していること、駄菓子が好きなこと、兄と姉がいること等々を聞き出されてしまった。


おまけにアヤは何か人物が写ったシールをペタペタ貼ってある手帳に、聞き出した情報をチマチマ書き込んでいる。ほとんど職務質問だ。隣で真由美が楽しそうにクスクス笑っている。


七海も井出がラグビー部をやっていたと聞いた途端、そばに寄って来て肩や二の腕を突っついたりポンポンと叩いたりして何かを検証している。ブツブツと「ガチとムチのバランスが・・・。」とかつぶやいていた。急にグイグイ来る七海に井出は若干じゃっかん引き気味だ。


「おっしゃー、井出っちの調べは大体ついたしー。 次、真由美ちゃん行こかー」


もはや場は完全にアヤが仕切っていた。真由美が少し恥ずかしそうに話しだす。


「三宅 真由美です。 私も高校三年生の18歳です。 趣味は・・・。」


そのとき、アヤと七海から同時に突っ込みが入った。


「え! 真由美ちゃん、ウチとタメ? ウソやろ、高校生やったん?」


「ウソでしょ? 私、中三の弟と同い年くらいだと思ってた!」


真っ赤になってうつむきながら、真由美は話を続けた。


「良く言われるんです。私、体小さいから・・・実際の年より幼く見られるんですよ。趣味は読書とパソコン、音楽鑑賞かな。好きな食べ物は『雪見だいふく』と『いちごポッキー』です。運動は苦手です。将来の夢は・・・、とりあえず大学に合格することです。」


いやいや、いやいやいや、いちごポッキーが好きとかそういうとこもでしょ?と他の三人は思ったがスルー。


「え? 大学、どこ受けるの?」とスルーついでに七海がたずねる。


「一応、第一志望はお茶の水女子大・・・の理学部です。」


恐縮するように真由美が答えた。


「えースゴイ、『リケジョ』なんだね!」と七海が感心したように言う。


他の三人は『リケジョ』って何?と思いながら首をかしげていた。誰かがそれを聞く前に七海が自己紹介を始めた。


「若林 七海 同じく高校三年の18歳です! 趣味はショッピングとカラオケ。好きな食べ物はパスタ!  自分で言うのもなんだけど、運動は得意です。陸上部で走り高跳たかとびやってました。たまに他の運動部の助っ人もやってたよ。 将来の夢? うーん、まだ決めてない。」


ここまで話した辺りで皆ほぼ食事が終わり、ひと段落ついた雰囲気になった。ここで井出が突然、アヤに質問した。


「ちょっと良いかな? 大原さん。」


「大原さんとかヤメて~。『アヤやん』とか『アヤヤ』とか『アヤっち』とか下の名前で呼んでよ~。」


アヤが訴えるが井出はお構いなしに言葉を続ける。


「その、君の服装のことなんだが・・・。」


ここまで話が進んでアヤも理解した。あー、またスカートが短いとか髪の色がどうとか色々と説教が始まるのだろう。あと言葉遣いが馴れ馴れしいとか・・・。しかし、井出はアヤの予想とは全く違う質問をしていた。


「その阪神タイガースのスカジャンにバッグ、PHSピッチにも虎のエンブレム、君は阪神ファンなのかい?」


アヤはその瞬間、狼狽うろたえた。ここは敵地、関東なのだ。そうか、阪神ファンをアピールした服装を問い質すつもりだったのか!どこに巨人ジャイアンツヤクルトスワローズ間諜スパイが潜んでいるか判らないのに!


「そ、そそ、そんなん聞いてどうするん? 確かにウチ阪神ファンやけど・・・」


アヤがそこまで言った刹那せつな


「そーかっ! 実はね、俺も阪神ファンでさーっ! そのスカジャン、かっこいいな。素晴らしい!」


井出は大喜びでアヤの手を取り、歓喜の叫びを上げていた。


「え? そこ? スカート短過ぎるとか、髪染めてるとか、靴下だぶだぶとかじゃなくて?」


拍子抜けしたアヤが周りを見ると真由美と七海が苦笑いしながら井出を見つめていた。その視線に気づいた井出がごまかすように咳払せきばらいしながら言葉を続けた。時計を見ると午後7時過ぎだった。


「ゴホン! あー、食事も終わったし、そろそろ現在の状況の調査に戻ろう。真由美ちゃん、テレビけてくれる?」


井出がそう言うと真由美が20インチの音声多重放送対応テレビのスイッチを入れる。テレビの上にはSONY製のビデオデッキが設置されていて、テレビ台の中には任天堂のファミコンが格納されている。少し時間を置いてテレビに映像が映った。続いて、井出には聞き覚えのあるテーマソングが流れ出した。

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