第4話 時を駆ける女子高生たち

「危ない!」


アヤがそう言いながら、とっさに床に倒れ込む少女を支えた。なかなか機転がくようだ。井出は感心しながら、入り口まで移動する。同時に右手は腰に付けたホルスターから拳銃を取り出していた。少女が叫んだ「けもの」というワードに反応したのだ。仮にここを日本だとして、人を襲う可能性のある大型の獣はツキノワグマかイノシシ、野犬くらいだろう。


井出は拳銃を両手で水平に構え、入り口の外に向けながら様子をうかがう。本来なら「警察官等けん銃使用及び取扱い規範」では禁止されている行為だが、相手が大型の害獣だった場合を考えると細かいことは気にしていられなかった。井出がやられてしまったら、残る3人の少女を守る者は居ない。


イノシシや野犬ならともかくツキノワグマが襲ってきた場合、装填そうてんされている5発の弾丸で仕留めきれるか不安だが、今はこの拳銃に命をあずけるしかなかった。普段はデカくて邪魔だと感じていたが、こういうとき45口径で長銃身のM1917は少し頼もしく感じられる。


一呼吸置いて外に獣の気配がないことを確認すると、井出は周囲を懐中かいちゅう電灯で照らしてみた。他に助けを求める人影や獣の姿は無い。引き戸を閉めて鍵をかける。外の様子に注意しつつ拳銃をホルスターにしまおうとして手元に視線を落とした瞬間、井出は驚きの声を上げた。


「あれ? コイツ、新品じゃないか!」


あれほど沢山あった拳銃の小傷こきずは全て消えており、ガタもない。グリップも工場から出荷されたばかりのようにピカピカだ。表面にはうっすらとガンオイルも塗ってある。その瞬間、井出は「違和感いわかん」の正体に気付いたのだった。


違和感いわかん」の正体に気付いた井出は色々と確認したいこともあったのだが、気絶した少女をそのまま放置する訳にはいかなかった。真由美とアヤに事務所の奥にある居間を片付けるように頼み、自分は少女を抱きかかえて運んだ。


居間までやって来るとアヤがコタツをどかして少女を横たえる場所を確保しているところだった。井出が少女を床におろしていると真由美が二階から枕と毛布を持って来てくれる。少女の呼吸が安定しているのを確認すると、自然に目を覚ますまで二人で見守るように言って事務所に戻った。


何から確認しようか、そう思って時計を見ると午後4時になるところだ。外は完全に暗闇に閉ざされている。12月とは言え日が暮れるのが少々早過ぎる気がする。まず井出は事務机の上にあるプッシュホンを調べた。グレーのプッシュホンはピカピカで使用感が無い。使い込んでいるとこすれて光沢が無くなるはずの部分も綺麗きれいなままだった。


事務机も新品同様、椅子も同じだ。幾らかくたびれて尻に馴染なじんでいた椅子が突然新品になったため、居心地が悪いように感じたのだ。ロッカーもあちこち塗装がげていたはずなのに新品同様だった。ロッカーを開けて、自分の皮コートを確認すると井出の体形に合わせて馴染なじんでいたはずなのに味気ない元の新品に戻っていた。


「やっと味が出て来たところだったのに・・・。」


なんでも新品なら良いというものではない。井出は肩を落としながらロッカーの扉を閉じた。結論を言うと自分たちの周りにある「人工物」は全て新品だということだ。入れ替わったタイミングはさっきの地震のような異変のときだろう。何故そうなったのか理由は判らないが、今はその事実を受けれるしかなかった。ふと人の気配がしたので、そちらを見ると真由美がじっと見上げていた。


「井出さん、さっきの女の子が目を覚ましましたよ。」


真由美と共に居間に戻ると少女が体を起こして座っていた。腰から下はまだ毛布の中だ。両手でマグカップを持って何か暖かい飲み物をすすっている。どうやら紅茶のようだ。


「気分はどうですか? 少し話は出来ますか?」


「はい。さっきは取り乱してすいません。おかげさまで少し落ち着きました。」


少女は背筋をぴんと伸ばして答えた。りんとしたたたずまいで軽く会釈えしゃくする。何故か、真由美がうるんだ眼差まなざしで少女を見つめている。井出は少女から名前と住所、ここに来るまでの経緯けいいなどをゆっくり聞き出していった。


「なるほど若林わかばやし七海ななみさん、あなたは友人たちと合流しようと横浜市内を歩いていたら、突然この近くに移動していた。その直後、何か大きなけものに追いかけられたので当駐在所に保護を求めて駆け込んだと・・・。」


井出の確認に七海がうなずく。同席している真由美やアヤにも意見を聞くと異変が起こる前後の状況には共通点があった。視界の暗転、浮遊感、知らない場所への転移である。井出や真由美の場合は建物ごとだったため、転移したことが分かりづらかったらしい。井出は続ける。


「そういえば大原さん、さっきは会話の途中で色々あって聞けなかったんですが・・・。PHSピッチとはどういう物なんですか? 良かったら教えて下さい。 」


「えー? ホ・ン・マに知らんの?」


あきれながらアヤが説明を始めようとしたとき、いきなり七海が言葉をかぶせてきた。


「ちょっと待って! PHSピッチって『ピー・エイチ・エス』のこと? 今時、そんなの使ってるの?」


「失礼やなあ! PHSピッチってゆーたら、PHSやろ。他に何があるん?」


七海は無言でスマホを取り出す。それを見た浩一とアヤは驚きの声を上げる。真由美は何故か息をんで両手で口を押さえる。


「なんだ、それ。見たことないぞ? 電話なのか? どうしてそんな形してるんだ?」


「え? それ、ボタン全然付いてへんけど、どーやって電話かけたりメールするん?」


たかがスマホで何を騒いでいるのだろうと七海はいぶかしんだが、画面を確認すると電波は4本立っている。


(電波があるし、ここは一応日本なのかな? 青梅おうめってこんなところだったかな? 一応、東京だよね?)


七海はアヤにも確認してみた。


「私のスマホは電波4本立ってるけど・・・。アヤさんだっけ? あなたのPHSピッチはどう?」


「うちのも電波バリバリやでー。アンテナ5本立ってるし。せやけど、おねーちゃんのメール来んなー。」


何か電波状況のことを話しているようだが、井出と真由美には何のことを話しているか、さっぱり判らない。


「二人とも、それ少し見せてもらっても良いかな?」


井出がそう話すと、二人は自分の携帯端末を手渡してくれた。まず折りたたまれていたPHSピッチを開くと待ち受け画面が表示された。阪神タイガースの虎のエンブレム、なかなかのトラキチぶりだ。


こんなに小さな画面なのに精彩せいさいに表示されている待ち受けを見て井出はうなった。去年、セイコーエプソンに就職した大学の同級生に見せて貰った「テレビウォッチ」の画面よりはるかに鮮明だ。しかも、これで電話が出来るとは驚きだ。


「メール」と言うのは文字通信のようなものだろうか? ボタンに平仮名ひらがなやアルファベットが記されているから、これで文字を入力するのだろう。


次にスマホを手に取ってみるが、これに関しては使い方が全く分からない。七海に助けを求めると目の前で操作して各機能を簡単に説明してくれた。井出はその機能に愕然がくぜんとした。


まずは画面の美しさ、もはや写真が貼り付けてあるとしか思えない。良くあるパソコンの広告のハメコミ合成より綺麗きれいだ。しかも動いたりしている。もちろん電話が出来て、そしてカメラが付いている。なんとフィルムがらないそうだ。それだけではない、ビデオ撮影も出来るし録音も出来るし音楽もける。なんとビデオテープもカセットテープもらないそうだ。


「メール」と言うのもできるし、「SNS」とやらで複数の人間と同時並行で通信出来たり、ゲームも出来たり、「インターネット」と言うのも出来るそうだ。その「インターネット」を操作してもらうとスマホの画面には世界中の様々さまざまなニュースが表示された。動画が添付されているものまである。


七海はまだ他の機能を紹介しようとしてくれたが、一旦そこで止めてもらった。あまりの情報の多さと驚愕きょうがくの連続で井出の頭はパニック寸前だったからだ。ふとアヤを見ると驚いてはいるが井出ほどではなかった。


「いやー、こんな便利な機能あるんや。スゴイなあ、スマホって。そらPHSピッチなんか馬鹿にされるわぁ。」


紹介された各機能のことは知っていて、その全てが凝縮ぎょうしゅくされたこういう機械ガジェットが登場するのは想定していたという表情である。井出は警察官としては結構「変わり種」である。工学部の機械科卒なのだ。その井出ですら理解するのに苦労する様々な機能がこんな薄っぺらいガラスの板みたいなものに全部詰め込まれているとは、どんな技術が使われているのか皆目かいもく見当も付かなかった。


最早もはやこれは22世紀からやって来た青い猫型ロボットのお腹のポケットから取り出されたものとしか考えられない。


「若林さん、君は一体西暦せいれき何年からやって来たんだ?」


思わず井出がそうたずねると、七海は何を当たり前のことを聞くのだという顔をして答えた。


「そんなの2019年に決まってるじゃん。」


場の空気がこおった。固まった3人の顔を見て、何かおかしなことを言ったのかと七海はあわてた。


「え? 私、何か変なこと言った?」


その言葉にアヤが答える。


「ウチ、2001年から来たみたい・・・。」


井出と真由美が口々に言う。


「今は1983年だ。」「今年は1983年だよ。」


どうやら二人の少女は別々の時代から転移してきたようだ。真由美がポツリとつぶやいた。


「まるで『時をかける少女』みたいだね・・・。」


その横顔を見ながら井出は今更のように思った。


(そういえば、この子って新人女優の原田知世ちゃんにちょっと似てるよな。)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る