第3話 転移 三つの異変 真由美と井出の場合
その日は朝から寒かった。最低気温が氷点下になった前日に比べれば幾分マシかと思われたが、12月の20日ともなれば当たり前である。朝刊の予報では、一日中晴れるが最高気温は9℃足らずだそうだ。
「井出さん、こんな寒い中をバイクで来るって大変だよね・・・。」
身長は151cm、と本人は言い張っているが実は148cm。スリーサイズ は
内気な性格のせいか
今は期末試験も終わり、受験生の真由美は午前中だけの登校で午後からは自宅で学習することが許されていた。昼食を学校で友人と食べてきたので、今の時刻は午後二時過ぎだ。学校までは電車・徒歩で約40分だが、この時間帯は電車が1時間に1本しかなく実質1時間かかる。
「もうそろそろ
母の
「晩ご飯にカレーと
母の言葉を聞いて真由美はドキリとした。
(それじゃあ、これからお父さん帰ってくるまで井出さんと二人っきり?)
顔を赤くして下を向き、もじもじし始めた娘を見ながら、母は少し
「大丈夫! お父さん、夜9時には帰ってくるから。」
「うん、分かった・・・。」
母がこう言うからには、絶対に9時には父の
「こんちはっーす! 遅くなりました。 途中でコンビニ寄ったもんで・・・。」
青年は頭を
「
井出 浩一 長野県の大学を卒業後、警察学校を経て配属されて2年目の24歳。身長は172cmで体格は中肉中背、スマートでもなければ太ってもいない体形だ。髪は短く刈り揃えて、前髪は目にかからないようにしている。太めの眉とゴールデンレトリバーを思わせる丸っこい瞳、どこか憎めない表情をした
真由美の母、真名子はニッコリと笑いながら答える。
「遅いだなんてとんでもない。
元々交通課の婦警だった真名子に指摘されて、井出はぎょっとした表情になった。
「真名子さん、ヒドイですよ。バイクは法規道理に走っても車より早いんです。」
ウソである。ここから青梅署までは約20Kmある。そこからコンビニに寄り道して30分で来るということは
「ま、おかげさまで出かけられます。良しとしますか。いつもお
「いえいえ、自分でも食べますんで。」
井出はここに来るときは、いつもコンビニでお菓子やジュース類、アイスクリームなどを大量に仕入れてくる。その中には真由美の好物も少なからず入っていた。
「それじゃあ、行ってきます。 井出さん、よろしくお願いしますね。」
母は二人に手を振りながら出かけて行った。ここから東京駅までは電車で2時間もかかる。祖母の入院する江戸川区の病院はまだ先なので、なかなか大変だ。真由美を振り返りながら井出が声をかけた。
「お母さん、大変だね。真由美ちゃん、元気だった?」
「はい、おかげさまで。 井出さんも寒い中、交代ご苦労様です。」
真由美は
「真由美ちゃん、悪いんだけどコレ冷蔵庫にしまっといて。俺、バイク
「あ、はい。分かりました。」
井出はそう言ってコンビニの買い物袋を真由美に手渡す。不意に真由美の手と井出の手が触れた。
「あれ? 真由美ちゃん、顔赤いけど
井出が顔を
「
この駐在所でも真由美の父
ところが今年の5月に真由美の祖母(由雄の母)が心臓を
最初は3~4人くらいの若手警官で順繰りに交代勤務していたのだが、往復40Kmの距離を90ccクラスのビジネスバイクで移動するのは正直
バイクを車庫に移動させてから事務所に戻った井出は、ロッカーを開けて中を
(漫画、大分
そんなことを考えながら皮コートを脱ごうとしたとき、腰に下げた大きな拳銃がとても邪魔に感じられた。
おまけに作られてから65年以上も経つためポンコツである。あちこちに細かい傷があり、各作動にもガタがある。来年度にはニューナンブに
(今の日本でこんなデカイ銃、
皮コートをハンガーに掛けてロッカーの扉を閉めた。
真名子が予め作成していた
「井出さん、お父さん帰って来る時間なんですけど・・・」
そこまで真由美が話したとき、異変は起こった。まず、室内が真っ暗になった。そしてエレベーターに乗ったときのような
「じ、地震ですか?」
声を震わせた真由美が井出の左腕にすがりつく。
「大丈夫、そう大きくないみたいだ。落ち着いて。」
井出は真由美を安心させようと声をかけ、右手で彼女の肩をぽんぽんと
「それにしても急に外が暗くなったね? 雨か雪でも降るのかな。」
入り口の開き戸についた窓から外を伺うと空が夕焼けに
「真由美ちゃん、電灯
井出はそう言って、入り口の外の様子を
(あ、この子、歌手の河合奈保子ちゃんに良く似てるな。)
不謹慎にも井出がそう思ったとき、そーっと開き戸が開けられた。事務所内をきょろきょろと伺いながら挨拶らしき言葉を発していた少女が井出と目を合わせた途端、
「良かったぁ~、ちゃんと人間のお
そう言うなり、その場にぺたりと座り込んで
「え? 人間の? 何言って? あ、わわわっ、泣かないで! 何があったの、落ち着いて!」
「大丈夫ですよ。ここに居れば絶対に大丈夫。井出さんが何とかしてくれますから。」
すかさず真由美が少女に寄り添って、優しく背中をさすりながら話しかけてくれた。おかげで少女も徐々に落ち着いてきて、井出の呼びかけに応える余裕を取り戻していった。
「お
「うん、まずはそこの椅子に座って落ち着こうか? 少しお話聞かせて
井出が事務机の横にある椅子を示すと、少女はちょこんとそこに座り込む。名前や住所を聞いている間に真由美が少女に暖かいミルクココアを、井出にはコーヒーを
「あっ! これ、チロルチョコやん! うち、これ好きなんよ~♪ ありがと~♪」
チロルチョコは井出が菓子
「それで
「そうなんですぅ~。うちも何がなんやら判らんまま、気が付いたらここに居たというか・・・。」
アヤを保護した後、一度外に出てみたが周辺の景色はまるで見たことがないものだった。まずアスファルトで舗装された道路は駐在所の前の数m分しかなく、その他は一面草原が広がっていた。草原は緩やかに傾斜していて、駐在所は丘の
事務所に戻り、
状況から考えて電話線自体が断線しているのかとも考えたが、電話局には
この頃になって、井出は何か
「お巡りさん、電話
井出をじっと見つめていたアヤが首から
「へ? 何だ、ソレ?
「えー! お巡りさん、
アヤが驚きの声を上げた瞬間、その後ろで入り口の引き戸がガラリと開いた。
「助けてっ!
すらりとした
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