第2話 転移 三つの異変 アヤの場合

その日の朝は少し寒かった。12月の20日ならばこんなものだろう。晴れているし、朝のテレビの予報では午後の気温は12℃を超えるらしい。日中はいくらか過ごし易そうだ。

 

「新幹線の『のぞみ』って速いんやなあ! 東京駅、もうすぐやん!」

 

大原おおはらアヤ、大阪市内に住む18歳の高校三年生だ。

 

158cmという身長は、女子高生としては平均的だった。が、そのプロポーションは平凡では無かった。Bバスト86/Wウエスト60/Hヒップ88、超高校級と言って差し支えないだろう。本人的にはウエストから2cmがバストにトレードされることを希望していたのだが、どんなにダイエットをしても筋トレをしても交渉が成立したことは無かった。必ずバストからしぼんでしまうため今ではもうあきらめている。

 

明るい茶色に染め肩まで伸ばした髪、人懐ひとなつこそうな大きな瞳、軽く口角が上がってぽってりした唇。愛嬌と色気が絶妙にバランスした顔立ちをしている。化粧はひかえ目だが、リップクリームの色がい赤系なのが目を引く。笑うとチラリと八重歯やえばのぞいた。膝上ひざうえ20cm以上はありそうなグレーの超ミニスカート、黒のスニーカーに白いルーズソックス、ライトブルーのブラウスにピンクのストライプがらのネクタイ、ここまではちまたでよく見る女子高生らしい格好だ。

 

普通ならこの上にブレザーの上着かカーディガンを羽織はおっていそうなものだが、彼女の場合は違う。阪神タイガースのスタジャンを羽織はおっていた。理由は簡単、彼女がタイガースの熱狂的なファンだったからだ。黒と黄色の派手はでなジャンパーのおかげで新幹線の車内では相当目立っていたが、アヤは周囲の視線を全く気にしていなかった。

 

楽しそうに窓の外をながめながら、時々左手のPHSピッチに目を落とす。3歳上の姉からメールが来ていないか確認しているのだ。品川区大崎に住む姉はクリスマス直前に彼氏と別れたと言うのでなぐさめるためという「名目」でやって来て、年末一緒に大阪に帰省する予定である。荷物棚にもつだなには阪神タイガースのボストンバッグがせられている。中には着替えや寝間着やらが3日分入っている。姉の住むマンションに行くには東京駅で山手線に乗り換えて6駅戻らなければならない。

 

「あー、新幹線って品川でも止まってくれたら楽やねんけどなー。何で止まらんのやろ?」

 

そうこうするうちに東京駅が近づいてきた。アヤが乗る新幹線「のぞみ」10号はすべるように駅構内に進入して行き、ホームに停車した。ボストンバッグをかかえて降りて来たアヤはまずPHSピッチで時刻とメールを確認した。時刻は午後1時半になるところだ。姉のメールはまだ来ていない。多分、まだ大学の講義中なのだろう。自分が東京についたことを知らせるメールを姉に送信しながら振り返り、今乗ってきた新幹線の先頭車両を見上げた。鉄道マニアが「500系」と呼ぶ車両はジェット旅客機を思わせる流麗りゅうれいな形状をしていた。

 

「なんかエバ・・・なんちゃらヲンに出てきそうな電車やな。おねーちゃん、こういうの好きそう。」

 

そうつぶやくときょろきょろとあたりを見廻みまわし、山手線の案内標識を探す。標識を見つけ歩き出した瞬間、異変は起こった。まずはアヤの視界が真っ暗になった。次に空中から落下するような感覚。あわてて手足をバタバタしそうになったが、1cmも落ちることはなく着地。

 

そして少しの寒さと風を感じた。視界の回復と共に周りの様子が徐々に判ってきた。さっきまで見上げていた案内標識は無く、代わりに何やら建物の姿が目に飛び込んで来る。良く見ると金色の花のマークがついていて、その下に漢字で「青梅おうめ警察署 はと駐在所」と書いてある。少し暗いので辺りを見回すと、もうすっかり日暮れ時で空は夕焼けにまっていた。見渡す限りの草原、そこにポツンと建物が建っているのだ。

 

「これ、もしかして『神隠かみかくし』なんかな? この間、おねーちゃんと見に行った映画みたいやん・・・。」

 

アヤは姉が夏に帰省して来たときに一緒に観に行ったアニメ映画のことを思い出していた。まさか、あんな得体の知れない「もの」だらけの世界にたった一人で放り出されたのか・・・。いや、これは夢なのじゃないか? 全身の肌が泡立あわだつように感じる。

 

その時、建物の中に明かりが灯った。明るくなった室内に二人の人影が見えた。一人は青い制服姿、おそらく警察官だろう。もう一人はずいぶんと小柄こがらな女性のようだ。ふと足元を見ると自分の周り、半径50cmくらいの範囲だけは先程居た東京駅のホームのままだった。まるで夢でも見てるような気がしていたが、その事実がアヤに今起こっていることが現実だと強く認識させた。

 

急に怖くなった彼女は建物の入り口に小走こばしりで近づいた。アルミサッシの引き戸に手をかけたが、一瞬けるのを戸惑う。中に居るのは本当に人間なのだろうか? もしも違ったら? きつねがおの警察官やのっぺら坊の少女の姿が脳裏のうりに浮かぶ。だが、一人で居る恐怖には勝てなかった。

 

「あのぉ、こんばんは~。お邪魔します~。」

 

勇気を出して、引き戸を開けておそおそる中を見る。目の前に若い警察官と中学生くらいの少女が居るのを確認すると安心から足の力が抜け、その場に座り込んでしまった。目にはうっすら涙が浮かんでいる。

 

「良かったぁ~、ちゃんと人間のおまわりさん居たぁ~。私、独りぼっちじゃないよぅ~!」

 

とうとう、アヤは声を上げて泣き出してしまった。

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