孤独なクモ

 イモリは茂みの中をかき分けて道を進んでいました。


「幸せ、ないかなあ」


 ぐうう。

 自分のお腹から鳴ったとは思えないような大きな音が響き、イモリは自分の空腹に気が付きました。


「そういえば、しばらく食べ物を食べていなかったな。ここら辺で食事とするか」


 イモリはお母さんに持たせてもらったおにぎりを口に頬張りました。


「うん、おいしい」


 風が周りの茂みを揺らす度に、サラサラと心地の良い、草木たちのおしゃべりが聞こえてきます。

 イモリがおにぎりを食べ終わろうとしたとき、前に立っていた一本の木に何かがぶら下がっているのが目にとまりました。

 木の上から糸を垂らして降りてきたクモでした。

 クモは音も無くすーっと降りてきて、幹全長の半分ぐらいの高さまでくると、黙ってイモリのことを見つめました。

 食べ物を欲しがっているのかもしれない、と考えたイモリは荷物からおにぎりを一つ取り出して言います。


「お腹が減っているのだったら、これをあげるよ」


 クモは相変わらず黙ったままイモリのことを見つめています。

 イモリが次の言葉を喋ろうとしたとき、それに被せるようにしてクモは口を開きました。


「いらないわ」


 イモリは、なんだか無愛想なクモだなあ、と心の中で呟きながらおにぎりをしまいました。

 それから幸せについてクモに聞いてみることにしました。


「ねえ、クモさん。俺、幸せを探してるんだ。君は幸せがどこにあるのか知らないかい?」


 クモは少しだけ糸を伸ばしてに下がってくると返事をしました。


「幸せ? そんなもの、この世の中にはないわ」

「えっ? 君は幸せが存在しないっていうのかい」

「そうよ。幸せなんて誰かがつくった嘘なのよ。本当はないの」


 イモリはそんな悲しい話があるかなあ、と残念に思いました。


「なんで、世界に幸せがないと言い切れるんだい?」

「それはだって、私が幸せになったことが一度も無いんですもの」

「……なるほど、でもどうして自分が幸せじゃないと思うんだい?」


 そよ風が吹いてクモの糸が小さく揺れました。クモは糸に足をかけて、上へ登っていきます。


「私の人生、嫌なことばかりなのよ。例えば、私はずっと前から友達が欲しいの。だけれども誰も友達にはなってくれなかった。これはひどい話だと思わない?」

「君は何故、自分に友達が出来ないと思う?」


 クモはその質問にさぞかし腹を立てたようで、顔を真っ赤にしました。


「そんなこと知らないわよ! どうせ皆、私をのけ者にしようと考えている意地悪な生き物ばかりなのよ! 私を友達にしてくれない冷酷な生き物しか世の中にはいないんだわ!」


 クモは今にも泣き出しそうでした。

 そこでイモリは自分が友達になってあげようと考えました。そうすればクモにも幸せが訪れると考えたのです。


「ねえ、よければさ、俺と友達に――」


 突然のことでした。突風が茂みをかき分けて飛び出し、イモリとクモの間を走り抜けていきました。

 クモの糸はピンと張られ、クモはぐるぐると回転しながら必死になって糸にぶら下がっています。

 しかしその苦労も虚しく、ついに糸は真ん中あたりでぷつりと切れてしまいました。

 クモは風に乗って遠くへ吹き飛ばされていきます。


「また不幸よ! きっとあなただって私なんか友達にしたくないと思ってる薄情なイモリなんでしょうね!」


 クモはそう吐き捨てて、茂みのどこかへと落ちていきました。

 イモリは助けてあげようかとも考えましたが、最後に言われた言葉で探す気分もそがれてしまいました。

 クモを助けたところで、またひどいことを言われるだけだと思ったのです。


 風が止んだのでイモリは立ち上がり、再び茂みの中を歩き出しました。

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