高成編 『三日目の昼』(2)

 鷹栖殿はまだ元気だけど、僕らの間では最早伝説。

 有仁は苦笑する。


「鷹栖殿と最近一緒に仕事をしたんだ。それでいろいろ話を聞いたら、娘がいるって言うんだよ。そんなの全然知らなかった。都の貴族の姫君のことならほぼ網羅している僕が、だよ? ものすごく興味が湧くでしょ」

「確か鷹栖殿の屋敷は都の外れでしたか。細々暮らしていれば、気づかれないかもしれないですね」

「そう、内裏からかなり遠いんだよ。僕もそんなところまで出向けないしね。それなら女房としてうちに出仕しないかって提案したら来てくれて」

「それはそれは……、彼女にとっては災難ですね」


 災難。その言葉に反発する意思もないし、訂正する意思もない。

 明里ちゃんにとって、僕らの女房になったのは、災難以外の何物でもないだろう。


「――高成、有仁」


 急に背後から声を掛けられて振り返ると、そこには僕の弟たちが立っていた。


「あれ? 哲成に幸成。二人揃ってどうしたの?」

「どうもしない。たまたま少し前に幸成に会って、たまたま今ここで高成たちに会っただけだ」


 淡々と言ったのは、次男の哲成。僕よりも背が高いところが兄として許せないところ。その他のことは負けているつもりはない。


「そう。ただの偶然だよ」


 つんと顔を背けたのは、三男の幸成。まだ十五歳だけれど、結構頭が切れる。表の顔と裏の顔を使い分けて、着々と出世していくのは僕や哲成よりも上手だ。


「ふうん。僕と有仁もたまたまそこで会って、話をしていただけだよ」

「ええ。春日家に新しく来た女房のことを伺っていました」


 有仁が朗らかに話を振ってくれたのに、二人は思い切り眉を顰める。


「ちょっと。言おうと思っていたけど、二人とも明里ちゃんにいじわるしないでよ」

「別にしていないぞ」

「オレだってしてないから!」


 キャンキャン吠える犬のように抗う幸成に唇を尖らせる。


「哲成はいつもそんな感じだからともかく、幸成は明里ちゃんを転ばせたり怒鳴ったりしているの、やめてよ」

「なっ……!」


 言葉が続かなかったのか、幸成は口をぱくぱくさせたあと、顔を赤くして僕を睨みつけながら黙り込む。

 幸成はどこかひねくれていて、女房が入るたびにいじめ倒して辞めさせる。

 哲成も相手に冷たいし、仕事ができなければ僕に相談なく、きっぱり辞めさせてしまう。

 僕は僕ですぐに女房に手を出しては、飽きてさよならしてしまう。


 ――『災難』以外の何物でもない。


 こんな僕らに仕えないといけないだなんて、明里ちゃんには心から同情する。


「まあまあ。それで今、明里殿は今日で一体何日目なのです。春日家の女房は三日と経たずに辞めてしまうと有名ではないですか」


 明里ちゃんは今日で――、


「「「三日目の昼」」」


 僕たち三人の声が揃って、お互いを驚いた顔で見る。

 なんだ、哲成も幸成も、明里ちゃんのことを気にしているじゃないか。

 今までの女房たちは、何日目かも数えなかったのに。

 そう思ったら、唇の端がゆるゆる上がって、気づけば笑顔になっていた。

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