高成編 『三日目の昼』(1)
「――やあ。高成」
名前を呼ばれて清涼殿の渡殿の上で振り返ると、そこには見知った顔。
「有仁! 偶然だね」
「ええ。偶然ですね」
声を弾ませて駆け寄ると、幼い頃からの友人である有仁は持っていた扇で口元を隠して微笑んだ。笑った、とわかったのは、有仁の三白眼が柔らかく歪められたから。
有仁は帝の親戚にあたる高貴な血を引いているけれど、いつも礼儀正しく、誰にでも敬語を崩さない。
それはもちろん、三つ年上の僕にもそうだし、どれだけ官位が下の人間にも、だ。
「高成は今からどこへ行くのです?」
「主上に呼び出された帰りだよ。もう仕事終わり」
「そうですか。それにしても今日もとんでもない色目の衣ですねえ」
僕が着ていた黄色の衣に目を移し、有仁は呆れたようにため息を吐く。
「今日は明るい気分になりたかったんだよ。別に今日に始まったことじゃないでしょ」
「まあそうなんですけどねえ……。わたしの美学に反するというか」
「有仁の、ね。僕は別にいいんだよ」
突っぱねると、有仁は諦めたように肩を落とす。有仁は装束が好きだから、色目とかすごく煩い。毎回注意されるけれど、僕は色目や装束のことは全くわからないから最後は有仁が諦めて話が終わる。
「とにかく、高成は仕事が終わったところですか。もし良ければわたしの屋敷に寄りませんか? いい酒が手に入ったんです」
「うーん、どうしようかな……」
有仁とは公私共に仲がいい。僕にとって有仁は年下だけれど仕事の上では上官だ。本来ならば敬わなければならない存在だけれど、幼い頃から一緒に遊んでいたこともあって、今でも仕事中でなければ敬語も使わない。
それに僕らは、今上帝である鳥羽帝のために尽くす同志でもある。
「もしや今日も姫君の元に行く予定だったのですか?」
「いや、家に帰ろうかななんて思っていたところだったんだ」
「えっ……。それはあの高成が、夜に飲みにも行かず、何より女性のもとにも行かずに、春日家に帰るということですか?」
ぶらぶら歩いていた足を止め、有仁は目を丸くしていた。
やれやれ、そんなに驚くことかなあ。
有仁が言うとおり、僕は女性が大好きだ。
甘い香りに、柔い肌。
美しい髪に顔を埋めて眠るのが最高に好きだ。
それを求めて、僕は毎夜姫君のもとへ出かける。
もちろん今後も、女性たちを求め続けるのだと思う。
「まあ、珍しいことが屋敷で起こっているから、『興味深い』と思って」
そう、それ以上も以下もない。……はずなんだけどなあ。
あの子は今まで屋敷に来たどんな姫君とも違う。
だから、気になる。
「ほう。それはあの新しい女房のことですか」
「うん。鷹栖明里ちゃんって言うんだけどね」
「もしや『あの鷹栖殿』の娘ですか?」
「そう。人が良すぎて数々の出世の機会を棒に振ってきた伝説の鷹栖殿の娘だよ」
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