第3話

 ポータルゲートと命名された転移用魔法具は直径50cm程の円盤状の物であった。それに任意の転移先を示すシンボルマークが刻まれていて地に設置すると幅8M高さ10Mのゲートが開く。シンボルマークは予め決めてあり帝都の城内にある転移の間と呼ばれる場所からシンボルマークごとに飛ぶことが出来る仕組みとなっていた。これにはどのシンボルマークであっても転移先へ向かうには転移の間を経由しなければならなかった。


 第3騎士団はポータルゲートで一度帝都へ戻り、転移の間を経由して王国へ繋がるゲートにより王都へと向かう。時間は昼前、王都の空模様は曇天で厚い雲でこの時間でもやや薄暗い感じだった。先触れに出していた部下が戻ってきていて現戦況をまとめた報告書が提出された。


 それを読むゴルムドが眉間に皺を寄せ険しい顔をしながら言い放つ。


「第5騎士団は更なる苦難を強いられているようだ。件の戦魔兵団を退けたのは不思議な力を振るう一人の剣士が原因であったとあるな…その者が王都の防衛に加わったらしい…」


「ならば我らが武を持って帝国が威を見せつけてやりましょうぞ!」

 アムスが強い意気込みで返す。


 転移し終わった団員が整列している。今尚戦いは続いているようでやや離れた区画からは激しい怒号と金属のぶつかり合う轟音が響いていた。


 アムスが隊を見叫ぶ。

「よし!出るぞ!続けーーーっ!!」


 騎乗槍騎士隊500名をもって王都を、轟音響く区画へと駆る。それにゴルムド率いる重装騎士300名も続いた。


 たどり着いた戦場は異様な光景だった。多くの人々が激しくぶつかり合う最前線で軽装な革鎧を着た子供が一人先頭に混ざって戦っている。背が低いため一際そこが目立つのだ、しかも右手で雷を纏った様に光り輝くものを振り回し、左手には何も持っていないのに飛んでくる矢や石礫をまるで見えない膜が張っているように弾かれている。


 援軍の登場なのに味方の兵達の反応は芳しくない様子が気にかかった。先にその者と戦った事がある戦魔兵団の残存兵達なのだろう、やけに腰が引けていて剣の届く範囲に入らないよう極力下がっているのだ。それで戦魔兵団を退けた存在が誰なのかは嫌が応にも理解できた。


 第3騎士団が援軍として到着するまでの数日の間にどれだけの被害を被ればこの様な状況になるのか気にならないではない、ある種異常とも言える。現戦況報告時でも戦魔兵団を退けた剣士が防衛に加わったとしか聞いていなかった。


 部下に突撃の指示をだす。槍を構え突撃していく騎士達。相手は怯む様子もなく青紫色に明滅する不思議な光を灯した剣を構えたままだ。不気味なまでに不敵だ。


 槍で突くまでもなく馬で引き潰そうとしたであろう迫る騎兵を薙ぎ払うように稲妻が走る。驚いたように後ろ足で立ち上がる馬と次々と落馬する騎士達。倒れた馬も口から泡を吹き痙攣するばかりで起き上がらない。だが後続の騎士達は立ち止まる事無く押寄せる。何度目かの稲光を見たあと部下を一時下げる。その跡には倒れ付した部下達のうめき声が聞こえる。


「…やってくれたな!小僧!」


 そう口にするとアムスは相手に一人で馬を寄せると下馬して剣を抜く。周囲は戦場であるはずなのに二人を中心にするように静まり返っていた。


(妙な技を使う…あの稲光は何なんだ…こいつは油断ならないな)手に汗をかき剣の柄を構え直すと一気に間合いを詰め切り伏せる。相手は一瞬驚いた表情を見せたがこちらも驚いたのは一緒だ。剣でその身体を傷つけることは出来なかったからだ。


(どういうからくりだ…?剣が通らないだと?)短い思考の間に相手が稲光の剣で切り込んでくる。咄嗟に剣で受け流そうとしたのが致命的なミスであると判断するには既に遅かった。


「ぐぁぁ…」


 剣から伝わる電撃に身体が強張る。これが味方の兵が接近しなかった理由か…と思うも、今は直ぐにでも体勢を立て直す必要に駆られる。


「副団長をお守りしろっ!」部下達が間に差し込むように馬で駆け込んでくる。


 投擲の腕に自信のある部下がジャベリンを投げつけるも不思議な膜に覆われているように軌道を逸らされていた。


「化け物め…っ!」思わず口ずさむ。


 それに反応し声変わりもしていない声で言う。


「化け物…?あなた達帝国兵がこの地でどれだけ非道を行ったか知っているの?化け物と呼ぶにはあなた達の方がよっぽどお似合い!!」


「ここは一旦お下がりをっ!」部下に手を取られ馬に引き上げられる。


「…隊の指揮をスピーゲルに任せる!彼奴は相手にせず周りの雑魚を切り崩せ!」それだけ言うと部下に支えられその場を去ったのであった。



 ◇ ◇ ◇



 交戦していた敵兵を撃退したのだが追撃をかけようとしていたところを生き残っていた王国兵に呼び止められ、自分が如何に疲労困憊していたかと思い出したかの様に身体が悲鳴をあげるのだった。


 話を聞くに彼らは正規の王国兵では無く『荒野の風』と名乗る傭兵団だった。生存者は負傷者を合わせ60名程。オークの攻撃を防いだ為か装備も著しく損傷していた。


 逆に何者かと聞かれ『クマネシリ村のシエラ』と名乗るも皆に首を傾げられたが、ヌプカから一緒に来た兵達が街から敵兵を追い出した武勇を伝えると『勇者』殿か!といたく歓迎された。


 王都での戦況を聞くと芳しくなく突如現れた軍勢に都は瞬く間に飲み込まれたのだと言う。敵兵が掲げていた旗印や妖魔を含む軍勢から遥か東の島国にあるロシクアナ帝国の兵なのではないかとの推測されている事を教えられた。


 とりあえず情報交換と休息のためその場を退避する事とした。


 着いた先は裏路地に入ったところに構える食事処や安宿などがある貧民が住む場所であった。そこに避難している市民たちの姿も見かけられた。


「まぁこんなところだが寛いでくれ」


 ガンツと名乗る巨躯で無精髭を生やした傭兵団の隊長が告げる。そんな傭兵達の負傷者には回復効果のある薬品を分けてあげた。


 正規の王国兵と合流したいところだが王都には北側の門から入ってきて戦闘となった。帝国兵は城を囲い、どうやら西側の上流階級の貴族街を根城としているらしい。


 傭兵団は偶々王都外に出没した魔獣の討伐のため貴族と契約していた最中の出来事であったらしい。


「運が悪かったようだ」とガンツは苦笑いしていた。


 それにしても皆傷だらけなのに対しシエラは足が震えるほど疲労しただけで外傷は一つもなかった。


 傭兵団の者達はシエラがオークの軍勢を撤退に追い込むほどの想定外な戦力であるため、城を包囲する敵兵に風穴を開ける事が出来るかも知れないとガンツ達は期待も膨らませているようだ。


 こんな状況でも契約のために働くのかとシエラは感心し、自分より前にでなかったヌプカからの兵達を胡乱げに見つめたのだった。


 明朝、早い時間に起き装備の再点検をしていた。滋養薬を飲んで寝たため疲れは抜けている。昨夜ガンツ達と話し合った結果、王都南側から城への包囲網に奇襲をかける計画を練っていたのだ。


 まずは数名でチームを組み朝靄のかかる市街の状況の視察を行う。シエラは切り札なので作戦決行まで待機と言い渡されていた。(状況がわかり次第暴れてやる!)早る気持ちを抑え適材適所と自分に言い聞かせる。


 やがて視察部隊は無事状況の報告を伝えに戻ってくる。その結果は凄惨なものだった。噎せ返る程の夥しい血だまりの後があり死体は残っていなかったが明らかに兵士だけを狙った物ではなかったと言う。


 その報せを受けシエラだけではなく傭兵団やヌプカからの兵達も険しい顔をする。


「そこまでするか…」

 シエラが呟くが、ガンツが言う。

「欲しいのは民ではなく…土地そのものってか!クソッタレめ…!!」


「まずは城を守っている王国兵に合流しましょう!」

 怒りの感情に更なる薪をくべシエラは押し殺した声で言う。


 視察であった報告通りに帝国兵と思しき人影が朝霧に霞む、市街区に簡易な柵を作りバリケードとし2体が佇んでいる。だが大きさが明らかにおかしい昨日のオークよりも更に巨躯で3Mはあろうかと思われた。


 怯む仲間に「どうせやることは変わらない!」とシエラは駆け出す。雷の剣は遠目にも気付かれてしまうため接敵ギリギリまで詠唱は控える。ハッキリと見えた姿に昔読んだ本の知識からオーガであろうと判断する。


 オーガとの身長差では下腹くらいにしか剣が届かないが問題なく効果はあるようだ。呆気にとられた表情のまま2体は倒れ伏す。


 躊躇いがちにオーガに止めを刺していく仲間達をよそにバリケードを越え奇襲を静かに敢行する。


 建物の二階部分から物見をしていた兵に見つかったようだが、ここまで入り込めればもはや関係ない。


「おい、アレなんだ?」「ん?どこだ?」帝国兵の反応は鈍い。


 やがてカンカンカンと鐘の鳴る音が敵襲を伝えるも朝霧の中マントに身を包み、休息していた兵士達は反応が遅れる。そこに200名近いシエラ率いる傭兵や兵士達も襲いかかった。


 半時ほどで反撃も侭ならなく「撤退!撤退ーーーっ!!」カーンカーンと鳴る鐘に敵は追い立てられるように散っていった。

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