第2話

 帝国軍の同時攻略作戦によって大陸は震撼していた。各国家の中枢である都市で首脳陣の住まう貴族住宅地区にある公園や広場等へ潜伏した帝国軍調略部隊が転移の魔法具を密かに設置し、然る後そこへと帝国兵が出現して一気呵成に攻めいったのだ。


 都を覆うよう囲まれた高い街壁などその意味を失い碌な対応も出来ず、最後の砦である城での篭城戦を余儀なくされた。


 大陸の内陸にあり多くの国に多大な影響力を持つサーポロス連邦国の首都も例外ではなかった。帝国兵に攻め入られ街は制圧され僅かな兵と首脳議員達が城に立て篭るのみの状態へ陥り国内の他の貴族領だけに留まらず同盟国への援軍要請を送りそれに一縷の望みを託していた。


 そんな中、大陸の東南に位置するオビロン王国で小さな抵抗の兆しが見えていた。雷の剣と目に見えない障壁の盾という強力な魔法具を持つ剣士が烏合の市民達を率いて、街へと攻め寄せていた帝国軍の戦魔兵団に反撃し王国の1つの都市から帝国軍を追い払ったのだ。


 オビロン王都内に残る人々や城で篭る兵士達、王侯貴族達はその報せに王国に現れた『勇者』として心の拠り所になっていた。そしてそれは攻城戦を残すのみとなっていた帝国軍第5騎士団にも緊張と危機感を募らせたのだった。


 夏の訪れを感じ始めた頃、この事は王国の東に位置するクシロエ公国での速やかなる制圧の後、公国内の徹底抗戦派の鎮圧や兵備補給に当たっていた第3騎士団に所属するアムスのもとにも届いていた。


 団長の居る執務室へノックしてから声をかける。


「アムス・ベルフィオルド参上致しました。団長、お呼びでしょうか」


 公国の倉庫区画にて兵站に必要な物資を帝国へと転移運搬作業の仕分けや在庫数確認のための資料を作っていたアムスが呼び出されたのは昼を少し過ぎた頃の事だった。


「うむ。来たか、オビロン王国攻略での報せは聞いているか?」


 団長であるゴルムドは顎に手を伸ばし、その伸ばしている髭を撫で渋面を作って問うてくる。アムスはその様子から最近耳にしていて思い当たる事を声にする。


「オビロン王国攻略ですか…攻城戦を残すのみと見て第5騎士団がその功を手中にしようとし参戦していた戦魔兵団に領内の都市を攻めさせたあげく、未だ王都制圧も出来ないばかりか戦魔兵団にも多大なる被害を被った件…ですかね」


 それに一つ頷くと、ゴルムドは告げる。


「それらの件でのせいで帝国の押し進めていた同時攻略作戦で、連邦国が落ちる前に王国で苦戦するのは想定外であるとの事だ。上層部もこの件で長期戦などに持ち込まれたら作戦が破綻を帰する可能性を示唆している。よってクシロエ公国の平定は後続に任せ補給が済み次第まだ転移魔法具が設置されている王都へと我が団が増援に向かう事となった」


 どうやら第5騎士団が遅々として進まぬ攻略に本国から梃入れされ、第3騎士団に白羽の矢が立ったようだ。


「はっ、補給を急がせます」


 アムスは敬礼し執務室を後にする。


 それから二日後、第3騎士団は王国へと続く魔法具によって展開された転移ゲートを潜るのだった。



 ◇ ◇ ◇



 オビロン王国にあるヌプカという街にてシエラは怒りを募らせていた。村を滅ぼしたゴブリンの軍勢を感情の赴くままに祖父との思い出のある魔法具や調合してあったポーションの類を惜しみなく使い帰るべき場所であった村から、そして近隣に位置するヌプカの街から敵軍を追い払ったのだ。


 しかし王都では未だに謎の敵軍が城を攻めているという話を耳にし身体を震わせた。平穏な日常が何時までも続くと信じていた無垢なる心を踏み躙られたのだ。


 街の復興もそのままに王都へ進むべく勇士を募りつつ、村に一度戻り我が家に有用そうな物を補充していた。


「集まったのはこれで全員ですか?」


 周囲に集まった人々を見渡してから、シエラは問う。


 それに答えたのは領兵を纏めていたステファンと名乗る堅物そうな中年男性だった。


「そうなるな。王都が襲撃を受けているという報せが届いてから…ここまで僅かな日数で押し寄せてくるとは…街の者や領兵の被害も大きく、今動かせるのは兵士は120名がやっとだ。市民の中からも腕に覚えのある者が53名…これで全てとなる」


 ステファンはやや申し訳なさげな表情で告げた。王都からヌプカの街の途中にある村などの安否は絶望的であろう。そして王都の危機であるというのに出せる領兵は僅かであった。


「そうですか…それでも集まって下さった人達に感謝です。では今すぐに準備して王都へ急ぎましょう」


 ステファンは170名程度だけで謎の敵軍が押し寄せている王都へ向かうのは…愛国心溢れる勇気ある行動なのか蛮勇なのかは判断できなかった。だがヌプカを襲撃した敵兵に一歩も引くことなく撃退せしめたその小さな姿を目にしていたのだ。それは一縷に縋る希望にさえ思えたのも確かである。


 乗馬している兵は30名ほど残りは皆徒歩で王都へと向かう。シエラは乗馬経験がなく徒歩だ。大人の兵に混ざって歩を進めるその姿はあまりにも若く小さかった。


 それから3日後、王都が見えてきていた。


 シエラが見た王都の光景は一言で言うと異様だった。市街から争う激しい音は聞こえるのだが王都を覆う城壁には一切の破損がある様子もない。それに周囲に斥候を出したステファンが言うには街外に敵軍が陣地を構築もされている様子もないと言う。


 そこからヌプカ方面へ出たのであろう門だけが無傷で開いていた。どう見ても内側から開けられている。


 内通者でもいたのかと思案を巡らすが答えは出ない。


 その光景に引き連れてきた兵達にも動揺が見られた。(敵がすぐ傍にいるのに!)シエラは考えるのをやめ感情のままに、怒りを思い出したかのように叫ぶ。


「皆さん聞いてください!これより王都に集る敵兵を追い出しますっ!!」


 腰から下げていた手のひらに収まる程度の大きさな棒状の物を手にし短く言葉を呟く。それは起動詠唱だった。途端に棒状の物体から放電するかのように光輝きながら程よい長さへと収束する。それを軽く振ってみてから満足気にし告げる。


「突貫!」


 右手に明滅し輝く剣を高く掲げ王都の門を潜った。中に入るとひりつく空気と熱気に緊張が高まる。視線を率いる兵士達に向けるも、その中に自分より先に進もうする者は誰もいない。


 その様子にため息一つつくと歩みを早める。


 轟音響く区画にて交戦する者達が見えた。敵は明らかだ。人間ではなく身の丈2Mはあろうかという豚顔の魔物達だった。(本で読んだことある…たしかオークという種族!)すぐに判明した種族に斬りかかるシエラ。


 オーク達もシエラ達の登場を直様敵と判断し、手にした武器で殴りかかってくる。


 シエラはその攻撃を気にした様子はなく輝く剣を横薙ぎに払う。閃光がオークに触れ、その手に持つ武器がシエラに当たる前にビクリと体を震わせ倒れ痙攣する。


 それを待ってましたとばかりに連れてきた兵たちが各々の武器を倒れたオークに突き刺す。


 巨体を誇るオークがこんな子供の一太刀に倒れるのかと周囲の敵兵と王都の兵士がシエラを見つめやる。


 そんな視線に躊躇する様子もなく、さながら作業のように敵兵共を切り伏せる。オークが手にする武器がシエラに当たりそうになる事が何度もあったが、触れる直前に見えない壁に阻まれるかの如く止まってしまっていた。


 息が切れると左手で腰のポーチからポーションを取り出して飲み、また右手の輝く剣で敵を蹂躙していくのだった。

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