騎士と勇者の戦記譚

海月

第1話

 肥沃なれど狭い島国に人間や妖魔、魔獣などが犇めき各部族ごとに生活圏を主張し、その為異種族間での争いが続いていたが初代皇帝エグゾニル=ゼオ=ロシクアナが国として平定し種族問わず力ある者なら国民として纏め上げられロシクアナ帝国が建国された。それから30年余りを過ぎた現在まだ若い国ながら繁殖力の強い妖魔や魔獣などの人口増加が進み新たな領土を求めていた。


 春が訪れたある日の事、白髪が混じり出した黒髪に豊かな髭を伸ばし穏やかな表情ながら威厳を感じさせる初老の男性と、その後ろに控える長身でいて明るい茶色の髪に黒い瞳で鋭い目つきの青年が宮廷内の執務室へと向かっていた。


 青年の名はアムス・ベオフィオルド、23歳と若いながら類稀な武技の才と若さに見合わぬその実力で第3騎士団副団長の座に就いていた。周囲に他に人気がいないのを確認し前を歩く初老の男性にアムスはやや緊張した面持ちで話しかける。


「団長、先ほどの報告…帝国は本気で大陸に進軍するつもりなのですか?」


 話しかけられた初老の男性はゴルムド・アスターフェン。アムスの所属する騎士団の団長である。


「うむ…儂の耳に届いている情報によると、どうやら帝国魔法技師団が革新的魔法具を開発したらしい、それを使っての進撃を目論んでいるとの事だ。アステーシャ陛下は此度の遠征に必勝の意気込みで作戦を推し進めているようだ」


 そう言うとゴルムドは歩みを止め振り返り、あまり気乗りしない様子でアムスを見やる。開戦となれば帝国の数十倍以上の広さのある大陸への遠征となる。沿岸のどの国に仕掛けるというのかは不明なれど不安は拭えない、だが帝国の進退を思えば領土拡大は必須であるのも事実である。


「魔法具ですか…それはどのような物なのかご存知ですか?」


 この世界には魔法という不可思議な事象を引き起こす力がある。だがそれも付与魔術という技術士がその秘術を用いて作られた魔法具と呼ばれる物がなければ力を発揮できないというものであり、その発動体がなければ魔法は使えない。しかしその魔法具さえあれば起動用ワードを唱える事で誰にでも魔法を扱うことは可能であった。ただし魔法具一つに対し施された一種類の魔法しか使う事はできないため、複数の魔法を使うのであればそれだけ多くの魔法具を用いなければならず万能という訳ではなかった。しかも付与術師の技量によりその性能はピンキリであり、また作成に用いられる素材の貴重さも合わさり数自体が少なく一般に普及する事もない物であった。


 帝国では国家を上げ付与術師を国内外から集め育成し帝国魔法技師団という組織を作り運営させ、主に軍事関係に使用できる魔法具発明に心血を注いでいた。


「なんでも簡易化した転移魔法を展開するポータルゲートというものだとか…それで大陸の国家主要都市に同時攻略作戦を行うとの事だ。すでに各国へ調略実行部隊が既に動いているらしい。作戦が実行されれば我が騎士団も出兵する事となろう、お前もその腹積もりいろ。団員達にもその旨伝えておいてくれ」


「わかりました。団員達にも出撃に備える様伝えておきます」


 そう返答しアムスは帝国が平定されてから初の海外出兵へと思いを馳せるのだった。



 ◇ ◇ ◇



 その日、村が焼け落ちた。


 初夏の風が吹き抜ける山近い森の中でシエラは「はふぅ」と一息ついた。短めに切り揃えた金髪で碧眼、本人は背が低い事が悩みだったが歳は12でありまだまだ成長できると期待を寄せている。採取した薬草や霊草を入れた背負籠を担ぎ直し、近くに流れる小川の和流に涼を感じ額の汗を拭う。


 日が高く昇る頃、急な胸騒ぎを覚え途中で家へと引き返したのだが、森を抜け村に近づくと幾つもの黒い煙が立ち上るのが見え木材や生き物の焼け焦げたような何とも言えない嫌な臭いが鼻についた。


 シエラの家は村はずれにあり村の平均的な家より若干大きめで付与術師である祖父と二人で魔法具製作や薬品の調合という趣味に日々明け暮れ、村の者や時には街まで出向き調合した薬を売り生計を立てていた。


 最初は両親を早くに亡くし悲しみの底に沈む孫を祖父が見かねて、自身の研究する魔法具や薬の作成を一緒に行ったのを切っ掛けに何時しか二人して様々な実験を繰り返すようになったのだった。


 シエラの家が見えてくる。もぅ焦りと不安しか感じられず背負籠も放り出し自宅に駆け寄る。正面の扉は乱暴に壊され何者かが踏み荒らした後のようだ。


 我が家へと駆け込むと中は荒らされておりそこに倒れている祖父が目に入った。その様子に瞳孔を見開き叫び祖父へと駆け寄る。


「お祖父さん!…お祖父さん!…ねぇ!」


 祖父は頭や腹などに切り傷があり夥しい血を流しすでに事切れていた。


「どうして…誰が…こんな事を…」シエラは泣き崩れすすり泣く、やがて心の奥底から静かな怒りがこみ上げてきた。「絶対に許さない…!!」そう呟くと暖炉の中、隠し扉になっていて無事だった地下倉庫へと続く階段を降りるのであった。


 降りきると真っ暗な部屋へと入る。起動詠唱を言葉にすると明かりが灯る。其処には今まで作ってきた様々な魔法具や薬品が並んでいた。一つ一つを手にしながら効果を確認し腕輪や指輪、首飾り等の魔法具身につけていく。腰に下げたポーチには調合したポーション等薬品を詰めていく。



 ◇ ◇ ◇



 バルガンはゴブリンロードである。平均的なゴブリンより大きくその背には禍々しい両手剣が背負われていた。150名の部下を率い戦列を離れ近隣の村に略奪へと駆出していた。


「グハハハ!、帝国内デハ略奪ワ死罪ダカラナ…戦ガ始マッテ他国ヲ漁ル!愉快デタマラン!野郎ドモ!アル物根コソギ奪エ!」


 さも楽しげに叫ぶバルガンの元へ腹心であるゴブリンシャーマンのビガロが慌てた様子で駆け寄って来て報告を告げた。


「ロード!驚異的ナ敵デス!兵ノ多クガ殺ラレテイマス!」


「何ィ~? 敵ダト? コンナ村ニカ…何者ダ? 数ハドレダケイル?!」


「ソレガ…一人ダケナノデス…デスガトテモ手強ク…コチラノ攻撃ワ効カズ反撃ワ防グ事侭ナリマセン!」


「一人ダト?! 面白イ! 俺様ガ直々ニ葬ッテヤル!!」


 バルガンは背の巨剣を背から抜くと報告のあった方角へと歩みを進める。やがて部下達が慌て騒ぎ立てている様子が伺えた。そこには自分よりも遥かに小さな人間の子供らしき姿があった。その周りには多くの部下が転がっている。


 バルガンは眉間に皺を寄せ首をかしげ睨みつけるように様子を見る。人間の子供を囲んでいる部下達が同時に斬りかかるも、その右手に持った不思議な輝く剣を軽く振り払うだけで部下は「ギギギ…」「グガガ…」と飛びは上がり崩れ落ちた。


 部下達がバルガンに気がつき道を開ける。ゴブリン達の間に緊張の糸が垂れる。


「小サキモノヨ!コノばるがん様ガ直々ニ葬ッテヤロウ!」


 目元を赤く腫らした人間の子供が殺気立った目で睨み無警戒に間合いを詰めてくる。バルガンは舐められたものだと巨剣を打ち付けるも、剣は相手の手前で止まってしまう。幾ら力を込めようと剣が振り切れない。


 そうしてるうちに明滅する不思議な剣が巨剣に触れた途端バチバチッと身体が打ち震えた。腕が痺れ頭に衝撃が走る。剣を取り落とす事はなかったがタタラを踏んで後ろによろける。(何ダコレハ…オカシイ。身体ニちからガ入ラナイ…)そう濁った思考で思っていると相手のニ撃目が直接身体を切りつけてきた。そこでバルガンの意識は闇の底へと落ちていった。

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