045:策士は感情を読ませない

「えっと、……何が?」


慌てて上半身を起こし、念のため聞いてみるつむぎ。


「お前がだよ。ずっと好き」


「ありがとう…???待ってそれ告白?」


今までにないくらい顔を真っ赤にさせ、大混乱しているつむぎ。対称的に凛は至って冷静、通常運転の無表情。何を考えているのかよく分からない。


「違う、ただの言い訳。無かったことになんて思うかよ。馬鹿か」


「何で私が罵られている?」


(ってか、そっか…告白じゃない、のか)


何だ、そっか。…良かった。


「なぁつむぎ、今若干ほっとしただろ」


「…っ」


ぎくりとした。

何でこうも、易々と心を読まれてしまうのだろう。


「キスした直後、勢いで言おうとも思った。でも、やっぱ言わなくて良かった。今も告白じゃないって言って本当に良かったよ」


投げやりに言う凛。その表情が怒っているようにも傷ついているように見えて、つむぎは目を泳がせた。


「お前も俺のこと好きなんじゃないかって思ってた…いや、今も思うよ。そんな顔見せられたら」


(分かってるくせに。好きだよ)


「別に好きじゃない」


つむぎは勢いでそう嘘をついた。

その嘘に意味なんてない。凛を前にして自分の内心なんてどうせ、だだ漏れだから。何を口に出しても同じこと。


「つむぎの嘘つき」


ほら、やっぱり。


「やっぱり俺の言葉って信用ならない?すげー好きだけど、伝わらないの?」


凛はソファからすとんと床に腰を下ろし、二人の目線の高さが合った。


「好き、って言葉だけは、安売りせずにお前に取っといたのに」


「……」


「俺の言動なんて信じられない?俺こそ嘘つきだもんね?告白なんてされても困るよね?」


問いただすかのように、矢継ぎ早に凛は卑屈な言葉を重ねる。

それはいつもの余裕綽々な凛とはまるで別人で、あまりにも不安そうで頼りなくて。

“告白じゃない”と言われて何故か安心してしまった、その理由がようやく輪郭を帯びてきたような気がした。


「凛の言葉も行動も、私はそのまま受け取るよ。疑いなんてしない。確かに凛は呼吸するかのように嘘つくけど…」


「そこまで言うかよ」


「私、飽きもせずころっと騙されるもん、分かってるでしょ。信じてるからだよ」


凛は嘘つきというよりかは――猫被りだ。

教室でも大人の前でも、そうやってうまく立ち回っている。


観察力があり、他人の感情を汲むのに長けている。

しかも自分の感情は全く表に出さないから、完璧に猫を被れる。


そのせいか、無意識に周りをコントロールしようとする癖がある。クラスメイトにはあまり慕われない様によそよそしく、しかし傷つけない程度の愛想をもって接する。他人との距離感は、全て凛自身が采配する。相手の意思など関係がない。全て凛の思うがままだ。


「信じてるけど、…私の前でも猫被るのやめてよ」


「それ信じてないじゃん」


凛はそんなつもりなど毛頭ないのだろう。そうとも思わずにやっているのだから恐ろしい。

けれど自分も凛に操られるのが分かる。ときめくような言葉を囁かれどぎまぎするのも、キスされてときめくのも、きっと全ては凛の計算通り。


「好き、って言われて驚いた。…正直、手を繋がれるのも抱きしめられるのもキスされるのも、揶揄われてるくらいにしか思ってなかったから!」


「嘘だろ?」


「ほんとだよ。だって全然そんな顔してないじゃん!」


「そんな顔とは」


「こういう…顔…」


つむぎはそう言う割に、顔を見せまいと思い切り真下を見ている。


「見せてよ」


するりと凛の手がつむぎの頬を撫で、それから強引に顔を上げさせられる。


「…そんな可愛い顔、俺には出来ないよ」


(あぁ、一昨日とおんなじだ)


あの夜、キスする前もこうだった。

凛がつむぎの頬に手を添えて、こんな至近距離で。


しかし今度は、そのまま凛の手が離れた。彼は乗り出した身を引いて、決まりが悪そうに床に座り直す。


「…揶揄ったつもりなんてない。友達でも家族でもなく、男として意識されたかった。お前を落とそうとした」


「そら落ちるわ。策士め、それが猫被りだって言ってるの」


凛は自分の本音を見せないくせに、つむぎの感情ばかり揺さぶってくる。意識して好きになって、でも凛の本心はいまいち分からない。不安になるのも当然だ。


「何考えてるのか少しは見せてよ。本当は意地悪で腹黒くて限界まで歪んだ性格してるくせに!」


「いやひでぇな」


「凛の一番真ん中がちゃんと優しいの、私は知ってるから!」


恥ずかしいけれど、ちゃんと凛の目を見てつむぎははっきりと言いきった。

凛は心底驚いた表情を見せて、それから少し笑った。


「…心得ておく。ありがとう」


「うん」


その時、インターホンが鳴り響いた。

つむぎは慌てて立ち上がる。


「待てよ、お前まだ顔真っ赤だぞ」


「え」


凛はよいしょ、と立ち上がって玄関へ向かった。


「ただいま〜!肉めっちゃ買ってきたよ凛くん!」


「疲れたぁ」


「ご苦労さん、ありがとな」


凛は二人から食材の入ったビニール袋を受け取る。


「あれ、つむぎ寝てんの?」


緋凪の言葉に凛が後ろを振り返ると、つむぎはソファで丸まってブランケットを被っている。どうやら寝たふりを決め込んだらしい。

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