044:「好きなんだけど」

「そういやさ、役職どうするよ」


緋凪がそう切り出した。

休み明けは生徒会選挙が控えている。今回は一般生徒の立候補者もおらず、役職の座を争う選挙ではない。生徒会長と副会長の信任不信任を集計する、形だけのものだけだ。


「僕、副会長はやだな」


「あたしも」


「私もやだよ」


口々に主張する三人を、凛は頬杖をついて眺める。


「…やる気のない連中だな」


「そう言う凛だって橘川先輩の指名拒否しようとしてたじゃん」


「いいだろ最終的に引き受けたんだから。さっさと決めろよ」


すると、瀬名家から持ち出されたマリオカートで遊んでいた蓮音が言った。


「マリカーで決めようぜ。一回勝負な」


「名案。最下位が副会長ね」


「えぇ…でもまぁ桃井先輩もじゃんけんで決めたって言ってたし、いいのかな…」


数分後、勝負はついた。

ずっと一位を保持していたつむぎが、ゴール直前で後ろの二人から甲羅の総攻撃を食らった。わざと追い越さずに後ろについて走っていたらしい。まんまと計略に引っかかってしまった。


「さよなら…私の平穏な日々」


「よっ瀬名副会長」


勝利に舞い上がる二人からの冷やかしを聞き流しながら、つむぎは床に仰向けに寝転がる。

副会長なんて肩書きは名ばかりで、仕事は大方みんなで分担だ。ただ一つ、生徒会長が忙しかったり不在の時に代役を務めたりするのを考えると気が重い。全校生徒の前で話すとか…耐えられないし…。

ぐるぐる考えていると、凛が上から見下ろしてきた。


「こーらつむぎ。床冷たいんだから風邪ひくぞ」


「お母さんお腹すいた」


「誰がお母さんだ。食いもん何もないよ、今夜はバイト先で食べる予定だったし」


すると蓮音が申し出た。


「じゃあ泊めてくれるお礼に僕、食材の調達行ってくるよ。何買ってくればいい?」


「逆に何食いたい?」


「凛くん何でも作れるっけ」


「…まぁ」


何を言い出すつもりかと、怪訝な表情を見せる凛。


「じゃあ唐揚げ食べたい〜」


「いいね、あたしも賛成!親揚げ物しないから作りたて、滅多に食べれないのよ」


「あんたら遠慮ねぇな。つむぎは?」


「ポテトサラダ!」


「くそ、何で揃いも揃って面倒くさい料理を…分かったよ、もう。人参はあるから…きゅうりとじゃがいも、それと鶏肉ね。あ、マヨネーズもだ。ついでに卵なくなりそうだから買っといて」


「紫藤、アイス買ってきてよ。あずきバー、なかったらパルムか白くまか…」


「あー、無理無理。凛くんのオーダーでキャパオーバーです。緋凪ちゃんも行こ」


「ちぇ、行くか」


嵐のように二人が去っていって、つむぎは凛と二人取り残された。四人でいるときは主に緋凪と蓮音が賑やかし担当で、突然凛とつむぎだけになると部屋がしんと静まる。


(…気まずいな)


ここ数日、なぜだか凛とうまく喋れない。

さっきみたく他の人もいれば普通に話せるのに、二人きりになってしまうと途端に話題が途切れる。

つむぎは寝転がったまま、ちらりと凛の方を見た。


「なに」


ばっちりと目が合い、つむぎは慌てて顔を背けた。


「…何も」


いつもどうやって会話してたっけ。

考えれば考えるほど、思考を邪魔するように一昨日の凛の唇の柔らかさや後夜祭で抱きしめられた温もりと匂いが蘇る。

そういえば、あれ以来目すらまともに合わせられなくなっていることに気づく。

自分だけが意識していて、凛はあっけからんとしている。それがつむぎにとって少し気に食わない。


「つむぎさ、今日あんま元気ない…いや、怒ってる?」


つむぎは口をつぐんだまま、首を横に振った。


「嘘だね。…心当たりあるけど」


「え」


「一昨日のこと。急にキスなんてして、ごめん」


「…!」


突然振られた話題に、つむぎは固まる。

ごめん、の三文字が頭の中にこだまする。


「ごめん、って何…?」


後悔してるということだろうか。

やっぱり、無かったことにしたいの?


「私…あの時嫌そうに見えた?」


「いや、全然」


即答する凛。

つむぎは自分で言ったことに急に恥ずかしくなってバッと顔を背けた。これじゃあ“キスされて嬉しかったです”と自ら申告しているようなものだ。


つむぎが本当に嫌なことをされたとすれば、たとえ凛だろうと突き飛ばすなり殴るなりする。凛だって当然分かっている。


「でも、あれからお前俺と目合わせないじゃん」


「それは凛があまりにも…何も無かったみたいな顔してる、から…」


ほとんど消えいるような声で、つむぎはそう呟いた。


結構恥ずかしい事を言ってる自覚はある。けれど今更どうでも良くなってきた。

どうせ感情が全て顔に書いてあるようなつむぎと、エスパー並みに心を読む凛である。


「あのさ、つむぎ」


「……」


「好きなんだけど」


「へ」


床に寝そべったままのつむぎは、ソファに座って自分を見下ろす凛をまじまじと見つめた。

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