042:生徒会は引き継がれる
「これで私たちも引退ねぇ。あっという間だったわ」
由芽が思い返すように遠い目をしてそう言う。
文化祭翌日の片付け日。あの浮き足立つような華やかでカラフルな学校中の装飾、看板、垂れ幕などが全て取り払われ、日常に戻った校舎。確かに今朝までは残っていた祭りの余韻が夢だったかのように跡形もなく、少し寂しい。
同時に、今日をもって実質的に三年生が引退する。他の部活も大体そうだし、生徒会も例外ではない。
片付けや他の作業が済んだ昼下がり、生徒会室ではお菓子や飲み物を持ち寄ってちょっとした引退パーティーが行われていた。
「まぁ年末までは、全校集会の準備とか昼の放送くらいなら手伝えるぞ。受験勉強もあるから、放課後もという訳にはいかないが」
「でも先輩方三人、成績トップスリーじゃないですか。受験なんて余裕でしょ、放課後も来てくださいよぉ」
名残惜しんでそうねだる緋凪を宥めるように柊一郎は言いきかせる。
「いいか、最後の模試がA判定なのに本番で落ちるなんて珍しくもない。受験ってのはそういうものだ、お前たちも二年後舐めてかかるなよ」
「やっぱり東大志望ですか?」
つむぎがそう尋ねると、三人は当然のようにこくりと首を縦に振る。
変動はあるものの、この高校からは毎年十人前後が現役で東大へ行く。成績一位から三位を占めている生徒会の三年生が東大志望なのも頷けるし、おそらく春には合格しているのだろう。
「会長は取り敢えず慎重すぎ。あなた、夏のオープン模試一桁台だったらしいじゃない。インフルにでも罹らない限り合格は堅いのでは?」
「一桁!?」
一年生の声が重なる。
オープン模試とは、その大学を受ける予定の受験生が受ける試験。東大を受験する全国の強者ばかりが揃う模試での一桁台なんて、この学校にいること自体がすごい。
「桃井も梅木もそう変わらない順位だっただろう?でも油断大敵だぞ」
「…とにかく、あなた達一年生も今のうちから本気で勉強しておくことね。来年だって新メンバーが入るとも限らないんだし、高三になっても私達みたいに秋までみっちり活動することになるんだから」
「入れますよ、この四人で来年も回していくの無理ありますって」
「その無理を三人で一年半貫き通したのが俺らだからな。…あ、ちなみに芹宮、下心だけで寄ってくるような奴は入れるなよ」
「どういうことです?」
するとかおるは脇の鞄をごそごそと漁り、分厚いファイルを取り出して一年生に見せる。
「…恐らく、主に芹宮とお近づきになりたい女子生徒からの入部届だ。お前が生徒会所属と広まった頃から急に来はじめた。それまでは一枚たりともなかったから、まぁそういうことだろう」
「明翠高校生徒会執行部、入部希望届…うわ、理由欄なんてある。僕たち、こんなの書きましたっけ」
ファイルを受け取った蓮音がパラパラと紙をめくる。確かに女子、しかもなぜだか二年生や三年生も多い。
「いいや、お前達は俺が直接勧誘したからな。とにかく、来年は心配せずとも希望者は多いだろうが、肝心なのはやる気のある奴をちゃんと見分けられるかどうかだ」
「それと、早めに役職決めなさいね。時期生徒会長は芹宮くん、ってことしか決まってないでしょう。私たちは副会長と会計をじゃんけんで決めたけど…」
かおるは可笑しそうに大きく頷く。
「じゃんけん…そんなんでいいんですか!?」
「どうせ役職なんて形だけ、結局全部分担して仕事するんだから。あなたたちも、あみだくじでもして決めちゃえばいいのよ」
「…不安だなぁ、この先」
つむぎはぽつりと呟いた。いつも三年生に見守られて、ミスがあってもカバーして貰ったし、精神面でも心強かった。
「大丈夫よ。みんな優秀なんだから。…ありがとう、生徒会に入ってくれて」
その言葉を由芽の口から聞いた途端、緋凪がわっと泣き出した。
「あたし、最初は嫌々だったけど…すっごく楽しかったです、入ってよかった。ありがとうございました」
嗚咽まじりのその言葉に続き、一年生は口々に感謝を述べた。
「生徒会を頼んだぞ。…ほら、梅木も一言」
柊一郎に促され、――かおるはつむぎたちの前で初めて声を発した。
「ありがとう。このメンバーで活動できて、本当に良かった」
思ったよりもしっかりと芯の通った、透き通るような綺麗な声が生徒会室に響き渡り、誰からともなく拍手が沸いた。
♦︎
片付けの後に少しだけ生徒会の仕事をした一年生は、日が暮れる前に帰途についた。
夏休み明けからは本格的に文化祭準備に追われて忙しかったため、こうやって四人で明るい時間に帰るのは久々だった。
これから春先までしばらくは、生徒会にとって閑散期となる。次回の生徒会主催のイベントといえば、半年弱も先の三月の送別会である。だからそれまでは、こうやって早い時間にみんな揃って帰ることができるだろう。
「え!緋凪ちゃん、今日つむぎちゃんのとこ泊まるの?」
帰り道で、蓮音は素っ頓狂な声を上げて尋ねた。
「そう。今夜は思いっきり夜更かしするぞ〜」
すると凛が突っ込んだ。
「次の日ディズニーで前日夜更かしって、大丈夫かよ」
「ディズニーも行くの!?いいなぁ」
文化祭後に二日間設けられている振替休日。
そのうち一日目に、つむぎと緋凪の二人でディズニーランドへ行こうということになった。
前日のお泊まり付きの計画。かつて友達同士でテーマパークへ行ったこともなければ、凛以外の友達を家に泊めたこともないつむぎはワクワクしている。
「ってことは、僕だけ電車の方面逆じゃない?やだなぁ、寂しい」
「じゃ、あたしたちは三人で紫藤の悪口で盛り上がろうかな」
「酷くない!?…そうだ、僕は凛くんの家泊まろ」
「はぁ?やだよ」
予想外の言葉に、凛は憚ることなく思い切り顔をしかめる。
「家帰ってもどうせ一人だし、だからといって今はなんか…女友達のとこに行く気分じゃないし」
「知るかよ。無理だから、本当」
頑なに拒否し続けた凛だったが、あまりにもしつこい蓮音にとうとう押し切られる形になってしまった。
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