040:ヒーローのような
「お二人とも。暇そうね」
その声に、校内をぶらついていたつむぎと凛の二人は振り返る。後ろに立っていたのは由芽とかおるだった。
「ちょうど今から私たち、クラスの方の当番なの。客として来なさいよ」
かおるも笑顔で頷く。その手には血塗れのメスのような物が握られていて、つむぎは一歩引く。
「え…っと、桃井先輩と梅木先輩のクラス、確かお化け屋敷ですよね」
さっきちょうど、パンフレットを見ていたところだ。『呪いの病棟』という、一目でコンセプトの分かるお化け屋敷。
「もしかして、瀬名さん苦手なの?」
「別にそうじゃ…」
「見栄張んな」
ぼそっと横で呟く凛の脇腹にすかさず肘を入れる。
別にお化けとかグロテスクな演出は苦手じゃない。ただ、急に何かが出てきたり、大きな音が鳴るのに気後れしてしまうだけだ。つむぎは唐突な脅かしにかなり弱い。
「行きますッ」
「よしきた」
♦︎
「…暗いな」
一歩足を踏み入れると、なるほど懐中電灯がないと動けないほど暗い。不気味なBGMと、夜の病棟の廊下を歩いているような妙に響き渡る足音がどこからか聞こえてくる。
「え〜何、怖いの、凛?」
「調子乗んな、声震えてるよ」
凛の声にかぶせるように、けたたましい赤ちゃんの泣き声のSE。つむぎはびくりとして、思わず凛の袖を掴む。
「ふーん。怖いなら手、握ってやろうか」
「ず…随分上からじゃん」
つむぎは強がってすぐに手を離す。
少し歩いていくと、順路の突き当たりで俯いたまま動かなかったお化けが、つむぎたちが前を通ろうとした瞬間にばたりと倒れた。
「ひっ」
つむぎは凛の背中を押して慌てて通り過ぎる。
「あ、今の梅木先輩だった」
呑気にそんなことを言う凛。つむぎは心臓をバクバクさせながら返した。
「そ…そう?ちゃんと見てなか…」
後ろを振り返ると、例のさっき倒れたお化けがなぜか至近距離で立っている。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
「やめろよ、お前の声のがびびるわ」
「早く、凛!早く!」
「分かったから押すなって。…あ、行き止まり」
「無理、振り返れない後ろにいる」
「んなこと言ったって引き返さなきゃどうしようもないだろ。てかカーディガン伸びるから引っ張るな」
そう冷静に手を払いのけられて、つむぎは前も後ろも進めず立ち竦んでしまった。
怯えたつむぎの目の前に、今度は手が差し出された。
「ん」
「…っ」
その手を取るより他はなかった。温かくて大きな手。以前に手を繋いだ時は緊張したのに、今の状況下ではその体温にむしろ不安がほどけていく。
俯いていたつむぎはちらりと凛を見上げる。凛もこちらを見ていたようで、バッチリと目が合う。
暗がりに目が慣れて、凛が少し微笑んだのが分かった。頼り甲斐のある優しい笑み。
困った時に現れるヒーローみたいで…すごく、格好良かった。
それからは、及び腰のまま凛に引っ張られるようにして出口を目指した。
高校三年生の作るお化け屋敷、そのクオリティを
やっとの思いで出口のドアを開けると、急激な明るい光に目を細めた。
「で、出られた……」
「おう、お疲れ」
その声に顔を上げると、目の前には緋凪の姿。
「ベタだねぇ、お化け屋敷から手ェ繋いで出てくるなんて」
ハッとしてつむぎは手を振り払おうとしたが、凛が握る力を込めるのが先だった。
「ちょっと、離し…いででででで、痛い、凛痛いってば!クソ怪力!」
「手を繋いであげたお礼は?」
「ありがとうございましたッ!」
「あらあら、仲がよろしいこと」
出てきたばかりの後ろの扉から、血塗れの由芽とかおるが顔を出してそう言った。振り返ったつむぎは思わず再び叫んだ。
♦︎
「…暇ぁ。誰も来ない」
緋凪がそう言って、身体を反らして伸びをする。
夕方近く、閉場まであと少し。
生徒会の出し物である入試相談コーナーには、かれこれ数十分誰も来ていない。
「…つむぎ?」
「うぁ、はい」
つむぎは我にかえり、緋凪の方を見る。
「心ここにあらず、って感じ。どうしたよ」
「…何も」
「芹宮が」
緋凪の口にしたキーワードにガタッと派手な音を立てて机に膝をぶつけるつむぎ。…分かりやすい。
「り、凛が?」
「やっぱあんた、ずっと芹宮のこと考えてるんでしょ。恋する乙女の顔しちゃって…」
「う、うっさいな!」
つむぎは両手で顔を覆い、早口で捲し立てる。
「あれは恐怖のドキドキを恋と錯覚する…何てったっけ…あ、あれだ吊り橋効果!そう、吊り橋効果…だから別に、格好いいと思ったのは錯覚…いや確かに格好いいけど!だからと言って毎日あの顔を見ている私が」
「まぁまぁ落ち着きなよ。取り敢えずこの前やっと自覚した恋愛感情を否定するのはやめな」
「う…うん」
つむぎは大きく息を吐く。緋凪は頬杖をついてにやけながら言った。
「あんたら、それで付き合ってないとか信じられないわ。側から見たらバカップルなのに」
「何よバカップルって」
「距離感がおかしいんだよ。スキンシップ過多だし、普通ただの友達があーんする?」
「ぅえっ?…え?」
明らかに挙動不審になるつむぎ。昨日の夜、凛の手から直接お菓子を食べたあの記憶が脳内に蘇る。
「サマーキャンプの時の話。あんた、自分の箸で芹宮に何か食わせてたでしょ?さすがにびっくりしたわ」
「あーあれ…ね」
バーベキューの時の話だろうか。見られていたんだ、と恥ずかしくなる。
…となると、昨日のあれだって見られていてもおかしくない。住宅街のど真ん中で、あんなことをして。
凛は朝からずっと普段通りだ。こっちばかりがどぎまぎして、登校時間をずらすことすら考えたくらいなのに。あのキスは何だ?こちとら凛に恋をしている身だ。
意識している、と言ったら嬉しいと言われた。そんなのもっと意識するじゃないか、させてどうするんだ。
ぐるぐる考えが頭の中を駆け巡る。逆に凛は意識しているのだろうか。…少しは好きだったりしてくれないだろうか。
つむぎはため息を一つつく。
「…好きって何なんだろ」
「キスして嫌じゃなかったら、とか言うけど…」
緋凪の唐突なその言葉に、つむぎは固まった。そのまま、顔が赤くなる。緋凪はそんなつむぎを横目で見て言う。
「…つむぎ、もしかして」
つむぎは机に突っ伏した。
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