037:先輩からの告白

文化祭一日目も、閉場間近。

凛は北階段の踊り場の窓から、校門前の広場をぼーっと見下ろしていた。

続々と校門から帰って行く来場者。野外ステージではまだ軽音部が演奏していて、聞き覚えのあるような歌詞とメロディが僅かに耳に届く。


「凛くん?」


振り返ると、階段を上がってくる蓮音の姿。


「何でそんなところで黄昏てるの?さっき僕、何人かの女の子から居場所聞かれたけど…もしかして隠れてる感じ?」


北階段は、普段の学校生活で使うことはない。各学年の教室から一番遠い端の方にあって、その階段の周りには普段あまり使わない特別教室や倉庫が並んでいる。文化祭中も来場者の立ち入りが禁止されているエリアだが、普段から人気ひとけはなく静かな場所。


「別に。お前はどうして?」


「僕は…特に深い意味はないよ」


何か見えるのー?と蓮音も窓の横に並ぶ。


「そういや、すずらんとお兄ちゃんは?」


「帰ったよ。そっちの妹は」


「今さっきお手伝いさんがやってきて、連れて帰ってくれた」


お手伝いさんなんているのか、と凛は隣の蓮音の横顔を少し見遣る。確かに蓮音の両親は有名な音楽家だし、裕福なことは間違いない。


「凛っ」


突然降ってきたその声に、二人は同時に振り返る。

文化祭実行委員長の神崎美雨が、階段の上から二人を見下ろしていた。


「えっと…場所移しますか?」


凛が隣の蓮音をちらりと見てそう美雨に尋ねると、美雨は「いい」と首を横に振った。その会話から一人取り残されていた蓮音だったが、すぐに状況を察して言った。


「あ…お邪魔みたいなので、僕…」


「好きです、芹宮凛くん!私と付き合って!」


蓮音の言葉を遮るように美雨が声を張り上げる。完全にアウェーな蓮音は目を丸くして固まった。


「ごめんなさい。俺、好きな人がいるので」


普通に行われる告白のやり取りに、蓮音はただ存在感を消して隅の方で小さくなっていることしか出来なかった。告白現場に遭遇してしまうのは初めてではないけれど、こんなにも気まずい居合わせは初めてだった。しかも振られてるし。


凛も蓮音を気にするようにちらりと見る。他人に聞かれることに彼女は微塵のためらいもないらしいが、凛は気にする。大いに気にする。


「…私…人生で一度も振られたことないのに…ッ」


ハッと美雨に向き直ると、今にも泣きそうな顔で歯を食いしばっている。


「すみません…でも先輩、人気者なんだから俺よりいい人と付き合ってください」


「私は…凛が良かった」


その語尾が震えていて、いつも活発で自信たっぷりな美雨のそんな姿を初めて見た凛は何も返せない。

…これだから、告白なんて嫌いだ。凛は心の中でそう言って、小さくため息をついた。


いたたまれない雰囲気に助け舟を出すように、蓮音も口を開いた。


「美雨先輩ほどの人を振る奴なんて、きっとこの先凛くん以外にはいないですよ。ね、美雨先輩」


するとその時、階段の下から足音が近づいてきた。そわそわしながら蓮音が下を覗くと、階段を上がってくるのは柊一郎だった。

目が合うと蓮音は柊一郎に向けて小さく首を横に振り、指でばつ印を作って見せる。


(柊先輩!今取り込み中です、来ないでください!)


「?」


立ち止まって一瞬きょとんとした柊一郎は、蓮音にニコリと笑いかける。


(そうじゃなくって…)


蓮音の努力も虚しく階段を上がってきた柊一郎は、蓮音の隣に凛の姿も見つけて声をかける。


「二人とも、こんな所にいたのか」


凛は柊一郎に気づき、「あ、はい」と返事をする。


「…それに、神崎?」


柊一郎は階段の上に立っている美雨を仰ぎ見た。


「しゅ、柊一郎」


「何してたんだ、探したぞ。もうすぐ部長会議だ」


「無理、もう行けない。凛に…振られた…」


「あの…ごめんなさい」


謝れば済む話ではないことは承知しているけれど、凛はこの場の切り抜け方を知らない。

美雨はすっかり意気消沈して段差に座りこみ、壁に頭をもたれた。


「別にお前が謝ることじゃないぞ、芹宮。お前、告白される度に罪悪感なんてあったらしんどいだろ」


柊一郎はそんなことを言って、凛の背中を軽く叩く。凛は目を丸くした。そんなことを言ってくれるのは、つむぎくらいだと思っていた。

すると美雨がむすっとして言う。


「柊一郎…私を慰めるのが先では?」


「お前はいつも、彼氏と別れて三日もせずに新しい恋人できるだろ。慰めるほどでもない、どうせ明日には別の誰かに熱を上げてるんだからな」


「ぐっ……じゃあ、あんたが付き合ってくれるって言うの?」


投げやりにそう言う美雨。柊一郎は数秒おいて、言葉を返した。


「別に構わないが」


「え?」


美雨、凛、蓮音の声がぴったり重なる。


「でも俺たち、受験生だぞ。お前は特に、日頃から追試や補習の常習犯だろ。恋愛にうつつを抜かしていて大丈夫なのか?」


「う、うん…まぁ文化祭も終わるし、本腰も入れなきゃだけど…え?柊一郎って冗談言うタイプだったっけ?」


「それより、今はそんな話してる場合じゃない。ほら、さっさと行くぞ」


柊一郎は美雨を手招きして階段を降り始める。

呆気にとられて三年生二人の後ろ姿を見送る一年生二人。美雨が去った後、嵐の後のような静けさが再び訪れる。


「…何だったんだ?」


「柊先輩、本当に付き合うのかな…美雨先輩と」


付き合うとすれば似合いのカップルだ。普段から軽口を叩き合う仲の良さだし。


「まぁ、案外丸く収まって良かったじゃん、美雨先輩のこと。この勢いで、つむぎちゃんに告っちゃえば?」


「まだ駄目だよ。今っても振られると思う」


「へ?」


蓮音は素っ頓狂な声をあげて凛を凝視した。


「いやいや…どうしてよ?つむぎちゃん、凛くんのこと完全に好きでしょ。側から見ればじれったいくらいなんですけど」


「うーん…」


そうかもしれない。最近は意識してくれてるんじゃないか、と思うようになった。凛が美雨と談笑していると不機嫌そうにいじけるし、髪や手に一瞬でも触れるとあからさまに赤面するつむぎ。


「…多分あいつ、基本的に俺のこと信じてないんだよ」


「それってどういう…?僕には信頼しあってるように見えるけど」


「俺が嘘つきで、つむぎはそれをよく知ってるから」


窓の外を横目に見ながらそう独り言のように呟いた凛の物憂げな表情に、蓮音は思わず見入る。

つくづく作り物のように綺麗な顔をしている奴だ。多くの人から惚れ込まれるのもよく分かる。同性の自分でさえドキリとしてしまうほどだ。


(綺麗な色の目)


普段から色素の薄い鮮やかな色の瞳だと思っていたけれど、こんな間近でじっくり見たのは意外にも初めてだった。

直に差しこむ西日に当たって、ガラス玉みたいに澄んだ神秘的な青い瞳がいつもより一層鮮やかに見えた。


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