036:病弱な天才音楽家
「…ごめん」
蓮音にたっぷりと怒られ、花音は素直に謝った。
内緒で会いに来たら驚かれ喜ばれるなどと思ったけれど、どうやらそれは花音の軽率な考えだったようだ。
蓮音は昔からかなりの心配性なのである。それはもう、うんざりしてしまうくらいに。
「いいよ、来たからには気をつけて楽しんでよ。あー…僕そろそろ、クラスの方へ行かなきゃなんだけど」
「行ってきなよ。一人で平気だもん」
「絶対ダメだ、誰か見張りを…あ!緋凪ちゃーん!」
蓮音はちょうど向こうから歩いてきた緋凪に大きく手を振って合図する。
クラスメイトと談笑していた緋凪は蓮音に気づき、それから横にいる花音にもすぐに気づいた。
「うわー!花音!ひっさしぶりだね」
「緋凪〜!」
花音は駆け寄ってきた緋凪に抱きつく。
緋凪は同じ中学で、仲が良かった友達のうちの一人。入院のせいで中学校も半分くらいしか行けなかったけれど、それでも緋凪は変わらず仲良くしてくれた。
蓮音は両手を顔の前で合わせて緋凪に尋ねる。
「緋凪ちゃん、これから暇?」
「うん、ちょうどクラスの仕事が終わったところ」
「ならこいつと一緒にいてやってくれない?頼むよ、僕は今からクラスなの」
「当然!むしろあたしも花音と話したいことたくさんあるし」
蓮音は花音のことを緋凪に任せると、自分のクラスの店へと急いで向かった。
♦︎
「まぁあれよ、連絡は全然取ってなかったけど…花音の活躍はずっと追ってたよ」
緋凪の言葉に、花音は照れたように口元を押さえた。
「本当?嬉しい」
「そりゃあもう。あっちこっちのアイドルやら歌手やらの新曲が出る度、“スミレ”の名前を見るもん。ちなみに、
「ひゃーっ、やめてよ恋愛曲は恥ずかしいから触れないでほしい」
花音は両手で完全に顔を覆いながら言う。
スミレ――それは花音の音楽活動での、もう一つの名前。
本名をアレンジして自分につけたその名前と共に、自分の作品を初めて世に出してからしばらくが経った。
うんと小さい頃、ピアノを習い始めた。
両親からもピアノの先生からも才能を褒められ、しかし早いうちにピアニストの夢を諦めた。
ベッドの上で過ごすことの多かった花音には、一流のピアニストになるだけの練習量をこなすことは不可能だったのだ。
ベッドの上では楽器の練習はできない。
けれど、音楽を作ることならできた。
頭にちらついたメロディを楽譜に書き出して、そこから広げていく。綺麗な音には綺麗な言葉を、悲しい音には悲しい言葉を重ねてみる。
初めはそのようにして、曲を作っていた。
次第に花音は、本格的に作曲を学びだした。
趣味だったはずが、いつの間にか様々な人から求められるほどのクオリティのものになっていた。
そうして、スミレという名前で音楽活動を始めたのが二年前。
今では大人気のロックミュージシャンやアイドルにも次々と楽曲提供を行い、その名を馳せるようになった。
今発表されている中で最も新しいのが、緋凪も言った国民的人気を誇る男性アイドルグループEsquisseの最新曲『恋を結ぶ』である。
「それにしても、作曲家なんて普通は有名にならないでしょ?そう考えるとすごいよ。友達もみんな、スミレのこと知ってるの」
有名音楽家である両親や、人気バイオリニストの兄との関係はもちろん伏せてある。しかしちょっとした出来心で、年齢だけは初めのうちから公表した。
するとやはり、自分の年齢に甘えて手を抜いた作品など花音は一つも作っていないにも関わらず、『まだ中学生なのに』『高校生なのに凄い』とフィルターを通して作品が見られてしまうことは多々ある。
ただ花音ほどの年齢の作曲家は珍しく、話題にしてもらえる恩恵は大きい。
「ありがたいことだよ。最近もテレビとか雑誌で取り上げてもらってるし」
自分の境遇には、感謝している。
当初の憧れだった、両親や兄のような立派な演奏家にはなれないけれど…それでも音楽を作るのは楽しいし、家族も含め多くの人が心から応援してくれている。
♦︎
「お待たせしました、パンプキンワッフルです」
「わーい、かわいー!」
黒い猫耳と尻尾をつけた仮装姿のつむぎがテーブルに皿を置くと、すずらんが拍手をして喜ぶ。
早速フォークを突き立てて美味しそうに頬張るすずらんの横で、翔真も言った。
「スイーツも可愛いけど、先輩のその格好も可愛い。写真撮っていいですか?」
「だめ」
そう代わりに答えたのは、なぜか同じテーブルで翔真の前に座っている凛だった。翔真は引きつった笑顔を見せる。
「…あのー、なぜ芹宮さんがここに?」
「お前みたいな奴が口説きに来るから」
「いやいや、口説いてなんかないですけど」
「お前にその気がなくなって、こいつはチョロいから心配なんだよ」
失礼なことをつらつらと喋る凛の肩をはたき、つむぎは凛を席から立たせた。
「あほ、客に絡むな!暇なら宣伝してきてよ」
「えー」
つむぎはチラシの束を凛に押し付け、そのまま教室の外に追いやる。
翔真はそのつむぎの後ろ姿の耳の赤いのを眺めながら、小さくため息をついた。
チョロくなんてないじゃん。翔真の前でつむぎはそんな顔を見せない。
「お兄ちゃん」
「ん?」
振り向いた翔真の顔の前に、フォークに刺さったワッフルが差し出された。
頬張ると、ほどよいかぼちゃの甘みが口いっぱいに広がる。
「おいしい」
その後たった十分ほどで凛はまた戻ってきたが、その宣伝効果は凄まじく、長い行列が教室の外まではみ出すほどだったと言う。
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