035:双子の妹、現る
蓮音には、双子の妹がいる。
名前は
蓮音の両親は有名な音楽家であり、幼い頃から音楽に触れる機会に恵まれた。蓮音のバイオリンと同様に、花音はピアノを選び習い始めた。
才能はあった。しかし、身体だけが恵まれなかった。
入院がちで、花音は家よりも病室で過ごすことが多かった。もちろん、練習に支障が出た。
音楽家には才能が大切である。しかしそれは、かなりの練習量を当然の前提として、の話。
花音は早くもピアニストへの道を絶たれた。身体さえ丈夫ならどれだけ優れた演奏家になっただろう、と周りの人は囁いた。
「紫藤。ぼーっとしてんなよ」
隣の凛に肘で小突かれ、蓮音は我にかえる。
「あのぉ…すみません」
目の前に立っていた気弱そうな男子中学生が、蓮音におずおずと声をかけた。蓮音はパッと表情を切り替えて対応する。
「どうしました、相談かな?」
「はい、えっと…」
文化祭中の生徒会の仕事、一つ目。
入試相談コーナーでの、受験生やその保護者の対応。
そもそも文化祭の狙いのうちの一つは、現中学生の入学希望者を増やすこと。
このように校舎の一角に受験生のための情報提供の場を設け、大学の進学実績やら部活の大会やインターハイの賞状が飾ってあったり、制服の試着体験なんてものもあったりする。
ここで与えられた生徒会役員の仕事は、個別相談スペースにて悩める受験生の質問に答えたり、アドバイスしたりすること。
受験勉強のアドバイスといったぼんやりとしたものを聞いてくる子もいれば、中学の間に勉強以外でやっておくべきこと、なんてものを聞いてくる真面目な子もいる。
相談コーナーなんて初めは正直面倒だと思っていたけれど、蓮音は案外楽しんでいた。
「じゃあねー、来年待ってるよ」
相談が終わり、蓮音がにこにこと気弱そうな男子中学生に手を振って送り出したところで、教室は暇になった。
少し離れたところでは、大きめの液晶テレビでPRビデオをループ再生している。
サマーキャンプの初日に撮った、凛とつむぎの映像である。
『ここは図書室。五万冊もの蔵書があって、テーブル席では朝休みや放課後に自習をしている生徒も多いんだ』
画面の中の凛がそう言いながら図書室のドアを開けたシーンで、現実の凛がリモコンを持ち上げ無遠慮にテレビの電源を落とした。
「え、凛くん!今観てたのにー!」
「だから消したんだ、あんまりまじまじ観るな。なんか嫌だ」
「つけろっ」
「人いないんだからいいだろ」
リモコンを奪おうとする蓮音を抑えながら、凛は小言を言う。
「…それよりお前さ、客がいる前であんまりスマホ見るのやめろよな」
「あーごめん…でも聞いてよ、妹が脱走したって連絡が来て…まじで気が気じゃなくて」
「妹…?さっきちょっと話してた双子?」
「そう!あのおてんば、まだ入院中なのに勝手に外出許可もぎとって何考えて…」
「にいにーーー!!」
そう叫びながら教室に駆け込んできた、白いワンピースの少女に二人は目を丸くした。遅れて息を切らしたつむぎも入ってくる。
何が起こったのか、頭が状況に追いつかない。
「か…花音…」
蓮音はそう言うのがやっとで、声も出ない様子。
つまり、今蓮音に思い切り抱きついた彼女こそが彼の双子の妹、花音らしい。
膝に手をついて未だに呼吸の整わないつむぎよりかは、よっぽど体力のありそうな少女。
ただ不自然なほどに真っ白な肌と筋肉の落ちた棒きれのような細い手足が、入院生活の長さを連想させた。
「にいに!あのね、カフェテリアで一人で座ってたら、つむぎちゃんが話しかけてきてくれて。もしかして紫藤くんの妹さん?って。目と鼻の形がそっくりだから分かったんだって!凄くない!?」
「おう…ごめんね、つむぎちゃん」
蓮音は花音のマシンガントークに圧倒されつつ、代わりにつむぎに謝る。
「ううん、いいの。衝動的に声かけちゃって」
「でねでね、つむぎちゃんににいにのいる場所を案内してもらって来ちゃった」
「来ちゃった、じゃねぇよ馬鹿!お前ほんと、何考えてんだ」
「でもパパとママにいいよって言ってもらったよ?」
「だから!何で僕には連絡しない!?」
「まぁまぁ落ち着いて」
「誰のせいだっ」
噛み付くようにして言い返す蓮音。
普段の蓮音は四六時中胡散臭い笑顔を浮かべて余裕を見せているだけ、珍しい光景だ。凛は少し離れて様子を窺いながらそう思った。
その時、教室に入って来たのは凛たちと入れ替わりでシフトに入る由芽とかおるだった。
「あら、どうも。もしかして双子ちゃん?そっくりね」
「こんにちはー!双子の妹の、花音と言います!兄がいつもお世話になってまーす」
「由芽先輩、かおる先輩!引き継ぎお願いします」
蓮音はそう言うなり、妹をぐいぐい引っ張って教室の外へ行ってしまった。
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