033:何でそんな可愛いことするかな
夕方も遅くなり、校舎中の装飾や各団体の様々な準備がほとんど完了した。
すっかりと様変わりした学校の様子。そしていつもと違う衣装を見に纏う生徒もちらほら目立つ。二年生は演劇の衣装なのか、ドレスや袴を着ていたり。それに風船を持った血塗れのピエロは、三年生のお化け屋敷だろうか。
そんな中、凛もクラスの出し物で使う衣装を手渡された。衣装とは言っても、幸運なことに面倒な着替えはない。衣装を作ってくれたクラスメイトからポンと渡されたそれは、黒い大きなマントが一着のみ。
「はいこれ、今着て」
凛は言われるがまま、黒いマントを羽織ってボタンを止めた。大きな襟が立っているだけでなるほど、ヴァンパイアの仮装だというのが一目で分かる。
「おー、ぴったり!ちょっとでか過ぎたと思ったのに。それにめちゃくちゃ似合うよ」
衣装係の男子がそう凛を褒めちぎり、手元のメモにチェックを入れた。
「それじゃあもう脱いでいいよ、家に忘れちゃったら困るからロッカーにでも置いて帰ってね」
「了解」
忙しそうな彼が教室を出ると、入れ替わるようにしてつむぎが入ってきた。
黒の丈の短いふわりとしたワンピース、黒いタイツ。
頭には黒の猫耳、そしておしりから黒い長い尻尾がゆらゆら揺れている。
つむぎは凛の姿を見ると、手をグーにして手首を曲げ、一言。
「…ニャー」
「!?」
急いでそっぽを向く。凛は無意識のうちに口元を押さえていた。
つむぎが面白がるように凛に寄っていく。
「あはは、何で凛が照れてるの?」
「…え?」
「だって手で口を隠すの、凛が照れた時の癖だよ」
凛は心底驚いた。自分でも知らない癖だった。
しかし凛が照れるのも仕方がない、この格好でニャーは反則である。つむぎはというと何を狙った訳でもなく、ただ冗談半分でやっただけなので尚更タチが悪い。
「ふっふっふ、今回は私の勝ちだね?」
「ばーか、何の勝負だよ」
「だって、いつもは私ばっかり…いや、何でもない」
つむぎは濁して、数秒沈黙が訪れる。
二人しかいない教室はしんと静かだった。そして今日は朝から別々の場所で活動することが多かったせいで、こうやって二人きりになるのは朝の登校時以来だということを凛は思い出した。
「明日さ…」
凛がそこで言葉を切ったのは、つむぎがおもむろに手を伸ばしてきて、凛の指をギュッと握ったからだった。
そのまま持ちあげられ、つむぎがその手の甲にキスを落とした。
弁解するように、つむぎが震える声で言った。
「…今日、美雨先輩にキスされたから…上書き。なんて」
「あのさぁ」
凛は真っ赤になって俯いたつむぎの頬に触れ、顔を上げさせた。潤んだ瞳がこちらに向いたその瞬間、身体がぞくりとした。
「…何でそんな可愛いことするかな」
「かわ…いい…?」
呆気にとられた表情をするつむぎ。思わず抱きしめたくなる衝動を抑えて、凛はその場にしゃがんだ。
「上書きならほっぺじゃない?」
こうでもしないと、つむぎの背では届かない。凛が立っているとつむぎの身長は、肩の高さにも及ばないのである。
つむぎはしばらく戸惑っていたが、凛が諦め悪くずっとその格好でしゃがんでいるので意を決したようだった。
頬に吐息を感じた次の瞬間、つむぎの唇の柔らかい感覚が頬に触れた。
凛はそのまま抱きしめた。つむぎがびくりと身体を硬直させる。
「り、凛…?」
「ごめん、今はこのまま…」
暖かくて小さなつむぎの身体。見た目は細くて華奢なのに抱きしめると柔らかくて、女の子であることを再確認させられる。
自分のものでない体温に触れているというだけで、驚くほど癒される。
そのままでいると、初め硬直していたつむぎの身体は少しずつ力が抜けていくように感じた。
「あのさ、つむぎ」
「はいっ」
耳元で聞こえる上擦って緊張したつむぎの声。
「さっきのニャーって、他の人には絶対にしないでよ。…俺以外に見せたら嫌」
「…うん」
その時、教室の外でパタパタと足音が聞こえた。
次の瞬間に凛は突き飛ばされ、尻餅をついた。
教室のドアからひょっこりと顔を出したのは緋凪だった。
「あ、いたいた。帰らんの?」
「帰る帰る!着替えてくるから待ってて!」
かなりのスピードで教室を飛び出していったつむぎの後ろ姿をその場で見送った緋凪は、にやりと笑って凛に向き直る。
「へぇ〜…つむぎと何があったのかな?」
よいしょ、と立ち上がってマントを外しながら凛は言った。
「秘密」
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