028:美人な先輩と幼馴染み

長かった夏休みは、あっという間に終わりを迎えてしまった。


夏休み中に文化祭準備の大方を済ませた生徒会の仕事は、また通常通りの業務がメインとなった。


「それでは続いてのリクエストの楽曲です。Esquisseエスキスで、エンドレスセカイ」


凛がそうアナウンスすると、つむぎがマイクを切りかえる。パソコンを操作して楽曲を再生し、続けて放送室のスピーカーを入れると、放送室にもオルガンとグロッケンの前奏が流れてきた。人気アイドルグループEsquisseの一ファンであるつむぎはもちろん知っている大好きな曲だが、これは特に有名なので多分日本の半分以上の人々がサビの部分を歌えると思う。


つむぎがうきうきとお弁当を頬張ると、トランシーバーを片手に持った柊一郎が重い防音ドアを押し開けて入ってきた。


「瀬名。もう少し」


柊一郎が人差し指を立てる動作をし、つむぎは即座に機材を操作して音量を若干上げた。夏休み明けで久々となる操作に最初は不安があったものの、案外覚えているものだ。

今日のお昼の校内放送担当は、この三人である。


「この曲、リクエスト多いですよね。私の担当の日だけで三回目ですよ」


柊一郎は席につきながら頷く。


「そうだな。俺は最近の流行りの曲には疎いが、流石に歌詞覚えそうだ」


「最近でもないんじゃないですか。確か三、四年前のだと思います。違うっけ」


凛は口を挟み、つむぎに確認する。


「合ってるよ、案外詳しいね」


「当時観てたドラマの主題歌だから」


「へぇ、お前ドラマとか観るんだ。意外だな」


「好きなんですよ、ドラマとか映画とか。舞台も一度は観てみたいですけど、なかなか機会がなくて」


凛の唯一と言ってもいいこの趣味は、もうかなり前から続くものである。

一人で留守番する機会の多かった凛の一番の暇つぶしがテレビだった。幼い頃からどうやら、バラエティ番組よりも連続ドラマを観ている方が面白かったらしい。つむぎも凛に便乗して、いくつものドラマや映画を一緒に観た。




昼休みが終わり、教室へと戻る廊下を歩く二人。


「そうだ、つむぎ。テレビで観たあの映画の…」


凛がそう切り出し、つむぎは思考を巡らせた。考えても、テレビで観たと言えばあのホラー映画しか思いつかない。

二人で過ごしたあの夏の三日間について、その後お互いに話題に出すことはなかった。無かったことに…は、なっていないだろうけど。

思い出すと色々と恥ずかしい。


「あ、お前寝てたのか。予告編」


「うん…」


「あれ一緒に観に行かない?劇場に」


まるで今日暑くない?という時のような調子でさらりと誘ったので、つむぎはその意味を捉えるのに数秒を要した。


二人で映画館。…デート、の文字が頭に浮かんできて、つむぎはそれを必死にかき消した。

よく考えろ、小学生の頃は二人だけで散々観に行っていた。高校に上がってから初めてというだけだ。


「いいよ、行こう」


「やった」


それから凛は、つむぎがたった今頭の中で否定したばかりの言葉をさらりと言ってのけた。


「デート、だね」


「〜〜っ!」



♦︎



「あのさぁ…」


何か言いかけたつむぎが口を閉ざす。昨日も同じようなことがあったので、これで二度目だ。


「何よ、つむぎ。最近浮かない顔してんね。相談があるならさっさと…」


「いや、何でもない」


つむぎはずっとこの調子だ。

緋凪は痺れを切らして尋ねた。


「恋愛相談でしょ?どうせ」


つむぎは目を丸くし、それから照れたような怒ったような複雑な表情を見せた。


「…違うし」


「ほーん、やるねぇ芹宮」


「だからっ!」


側から見ていると、凛は駆け引きがかなり上手い。凛自身が数多の好意を向けられてきたから、というよりも、そもそも彼の器用さなのだろうと思う。

つむぎへの恋愛感情は見え隠れさせつつ、でも頑ななつむぎに合わせるように一歩手前で引いている感じ。一人で突っ走ってつむぎを置いていくこともなく、また世の中の平均的な男のような臆病ヘタレでもない。

緋凪はそのように総評している。


二人の仲は進展しているように見えるのに、つむぎだけはよく分からない意地を張っている。彼女曰く、幼馴染みであって恋愛対象ではないらしい。どう見ても恋する乙女の顔をして、ずっとこんな感じ。


「まぁいいけどさ。あんまり余裕こくと後悔するよ」


「へ?」


「流石に知ってるでしょ、実行委員長の話」


生徒会と最近最も関わりの深い文化祭実行委員会の美人な三年生の委員長、神崎かんざき美雨みうのこと。


学園屈指の美人で高嶺の花と評される彼女と、言わずと知れたこの学校の大天使、いや神と呼ばれる芹宮凛の噂。告白しただとか、付き合ってるだとか。

凛と絡みの多い生徒会のメンバーである緋凪には、その噂が間違いであることは考えなくても分かる。

ただ一つ引っかかるのが、凛の態度だ。


「なーんかやけに親しくない?委員長と芹宮」


「……うん」


見るからに意気消沈しているつむぎ。もう一度言っておくが、恋愛感情はないらしい。こんな顔をしているのに。


「同感でーす」


いきなり割り込んできたのは蓮音だった。

緋凪は顔をしかめて悪態をつく。


「…女子トーク中なのですが」


「まぁまぁ、そんなこと言わずに。…二人、さっきもそこで話してたよ。凛くん、彼女のこと下の名前で呼んでるよね」


「え!」


緋凪とつむぎの声が重なった。


「知らない?美雨先輩、ってはっきり言ってたよ。びっくりしちゃった、大親友である僕のことも下の名前で呼ばないくせにさ」


「大親友かはともかくとして、…これは異常事態だよやっぱり」


「うーーーん」


つむぎも頭を抱えている。

その時、渦中の人物が現れた。


「あ、凛くんちょうど良かった」


「ちょ、紫藤くん!?」


つむぎが慌てて止めるのも聞かず、蓮音は尋ねた。


「何で委員長のこと、下の名前で呼んでるの?」


「あー、呼びたくて呼んでる訳じゃないけど。あぁやって呼び止めないと、何故か無視されるんだよね。渡すものも受け取って貰えなくて」


凛は「面倒くさい、あの人」と文句を言いながらそばに積んであった書類を取って再び出て行った。


「…まぁ、どうせ芹宮の方に気はないから。そんな落ち込まないで、つむぎ」


「とは言え、今までにないやっかいな強敵だと思うよ。これは僕の勘だけど」


「…別にいいけどね。二人が付き合おうが…私には…」


頬杖をついて呟くつむぎの憂鬱そうな表情を見て、緋凪と蓮音は顔を見合わせた。

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