021:愛してるよ?

昼休みが重なったつむぎと蓮音は、向かい合ってソファに座りお弁当を広げていた。

蓮音は蓋を開けるなり、「うっ」と目を覆った。


「どうしたの」


「たこさんウィンナーがお花紙に見える病気にかかった…ッ」


つむぎは思わず吹き出す。

蓮音は午前中いっぱい、文化祭で校内装飾に使うお花紙を錬成していた。紙を重ねて蛇腹に折り、ステープラーで止めて花のように広げる。最初は楽しい作業だが、徐々に飽きて辛くなってくる修行だ。


「それにしても可愛いね、たこさん。うちの親なんてそんなの一度も…」


つむぎは弁当箱を開ける。

なんと、そこには二匹のたこが鎮座していた。黒ごまの目までついている丁寧な仕事ぶり。


「あるじゃん、たこさん!わ、目まで。かわい〜!お母さん、器用だね」


「違う、これは…」


その時背後の扉が開き、緋凪と凛が入ってきた。


「お疲れ様でーす!…って、何だ。また一年生ズ集合か」


二人もお弁当を持ってつむぎたちのところへ来た。つむぎは嬉々として、隣に座った凛の肩をつつく。


「たこさん…!」


「嬉しいの?良かった」


凛は満足げにつむぎの頭を撫でる。つむぎはハッとして恥ずかしそうに凛の手を掴んで下ろした。

その一部始終を見ていた緋凪と蓮音の二人は目をぱちくりさせた。


「どゆこと?」


「あぁ、この弁当。俺が作ったんだ」


凛は自分の弁当箱もかぱっと開ける。配置は少しずつ違うものの、全く同じおかずとご飯の詰まった二つの弁当。


「カップルか!…って突っ込みたいのも山々なんだけど、凛くん料理できるわけ?ハイスペックすぎない?」


蓮音は二人の弁当をまじまじと見つめながら感心して言う。


「家事なら全般できるよ。鍵っ子だったから」


「へぇ、それにしても凄い出来栄え…あれ、つむぎはたこなのに芹宮はたこじゃないんだ」


つむぎも隣の弁当を覗き込む。確かに、普通に斜めの切れ込みが入ったウィンナーだ。


「俺はいいんだよ。つむぎのためにやったんだから」


つむぎは箸を取り落としそうになる。

すかさず蓮音が冷やかしの口笛を吹いた。


「このこのー!」


「愛されてんね」


口々にからかう蓮音と緋凪に、凛は余裕の笑みを浮かべて返した。


「愛してるよ?」


二人はぴたりと動きを止めた。


「ちょ…凛くん?その笑顔の破壊力分かってる?」


「その台詞安売りすんな!反則だぞ芹宮凛!」


一方のつむぎは何も言葉が出ず、真っ赤になって俯いていた。

結局最後までたこさんウィンナーを残しておいたつむぎは、名残惜しみながらも丁寧に食べた。



♦︎



凛が変だ。最近おかしい。

普段素っ気ない分、余計にそう感じる。


「…馬鹿、集中しろ」


横から凛の声がすると同時に、手からステープラーが奪われた。


「ぼーっとしながら芯入れてるの、見てる方が怖いっての」


凛はさっさと新しい芯を入れたステープラーをつむぎの手の中に戻す。


「ごめん…」


「いいけど」


文化祭準備の作業中。

つむぎと凛は舞台発表のプログラムを作っていた。

大量のプリントを一枚ずつ重ねて折り目をつけ、それからステープラーで止める。文化祭のパンフレットは外注するが、この舞台パンフレットは自作らしい。


なぜ夏休みにやるのかと言うと、新学期に入れば授業なりテストなりで使うプリントの印刷や吹奏楽部の楽譜の印刷で休み時間毎に混み合い、この大量の紙を印刷するのは不可能らしい。「でも来年からは生徒会室にコピー機二台設置するから楽しみにしてろよ」と生徒会長が言っていた。この生徒会はつくづく、得体の知れない強大な権力を持っている。


凛は今、紙を重ねて折り目をつける係をやっていたが、それも全部終わったらしい。苦戦しながら針を止めているつむぎを見て言った。


「そこのホッチキス貸して」


「あ、うん」


凛はつむぎの1.5倍もの速さで作業を進める。


「はっや」


「お前が遅いんだろうよ。考え事してもいいけど、手は動かせ」


「はーい」


考え事の原因は凛なんだけど、とつむぎはちらりと真横で紙を揃えている彼を見る。

視線に気づいた凛は、つむぎの方を見ないまま言う。


「何」


「別に!」


一体凛はどこに目がついているのだか、つむぎはいつも不思議に思っている。


作業中プリントを揃えながら、中身を少し流し読みする。二年生は1組から10組までの計10クラスがあり、それぞれで舞台を使った出し物をする。ダンスやマジックショー、ミュージカル、そして演劇。


「ロミオとジュリエット、それにオズの魔法使い。定番だよね」


凛も出来上がった冊子をパラパラめくりながら言う。


「それもいいけど、レミゼあるんだよ」


ほら、とつむぎにページを見せる凛はいつもより生き生きしている。凛は小さい頃から、芝居というものが大好きだ。映画もドラマも演劇も。


「見に行こうよ。それ」


「行く。ここにシフト入れるなよ?」


「もちろん」


つむぎはパンフレットを見る。レ・ミゼラブル。文化祭二日目の、朝一番。


「そう言えば前から聞こうと思ってたんだけど。凛って中学では演劇部入ったの?」


「あー、まぁ入ったけど。活動はなかったから」


「そうなの?」


「そう。まさに不良中学みたいな所で、大半の部活は名前だけ、って感じだった」


「へー…」


そういえば、凛から中学校の話を聞くのは初めてだ。

凛はパンフレットを閉じ、作業を再開する。


「俺の話はいいけどつむぎは?結局何部入ったの」


「吹奏楽。フルートやったけど、まぁコンクールもなく緩い部活だったな」


つむぎは思い返しながら言う。あまりいい思い出のない中学だったが、同じパートの後輩たちとは仲が良かった。


「…今隣に住んでる子。翔真、って言ったっけ」


「うん。あ、翔真くんは部活入ってないけど、吹部すいぶの後輩と仲良くて。そこの繋がりから仲良くなったんだよ」


思い出したように付け足すと、凛はジト目でつむぎを見る。


「ふぅん…」


「な、何」


「面白くないなー、って。…俺以外に親しい男がいるの」


確かにそれまでは、凛以外の男子と仲良くなることはなかった。つむぎはからかうように軽く返す。


「その言い方、焼きもち焼いてるみたいだよ」


「焼いてるよ」


どきりとした。まっすぐとつむぎを見据える青みがかった目。


「…やっぱり最近変だよ。凛」


「そんなことないよ。つむぎがいつも通りじゃなくなっただけ」


「は?」


「その恥ずかしがる態度とか、表情とか」


凛の手が伸びて、つむぎの頬に触れる。いつも通りじゃないのは凛の方だ。

つむぎは凛から逃れるように、勢いよく立ち上がった。


「じゃあ私、第二弾印刷してくるから!」


「俺も行く。だって重いだろ」


「あ…うん」


つむぎは顔も合わせられず、おどおどと返事をする。凛は至って落ち着いたいつも通りの態度。確かにつむぎだけ挙動不審な図のまま、二人は共に生徒会室を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る