020:冗談が冗談なんだけどな
夕方、強い西日の射す帰り道。
つむぎはいつも通りの凛の隣、ではなく真後ろを歩いていた。
「つむぎ。何で後ろにいるの」
「別に…日除け」
「太陽後ろなのに?」
「り、凛の日除けだし…?病み上がりだから」
「申し訳ないけど、つむぎちっちゃいからあんまり」
むっとしたつむぎは凛の言葉を遮るように、その目の前の背中をびしっと叩く。
凛は何の気もなしに言った。
「…もしかして、何かされると思ってる?」
「…そうだよ。警戒してるの」
昼休みに皆のいる前で意味もなく手を握ってきた凛。余程つむぎの反応が面白かったのか、その後校舎で会う度にちょっかいを掛けられた。
「警戒?…意識してる、じゃなくて?」
「意識?」
つむぎは問い返してその真意を探る。凛は答えた。
「そう。男として」
凛が急に立ち止まったので、つむぎは間に合わずにその背中にぶつかってしまう。
「ちょっと、何急に止まって…」
凛は振り返ると、つむぎの手を取る。つむぎは呆気にとられてまじまじと凛の顔を見つめた。
「夏祭りの日、つむぎ言ったよね。幼馴染みだと昔平気でしていたことが、だんだんできなくなっていくって」
「…うん」
「俺はそんなこと、思いもしなかったよ。だってあの時、昔とは違う気持ちで手を繋いでいたから。…それでもつむぎは、昔の延長だと思う?」
つむぎは目を逸らして、手をさっと引き抜いて後ろにやる。
「思うよ」
「へぇ。でもそんなに動揺してくれてるなら、ちょっと嬉しい」
当然のように、つむぎの僅かな戸惑いは見透かされる。いつものことだ。
「別に今は何もしないから隣来なよ」
「今したじゃん!手握ったじゃん…!」
「ごめんごめん」
凛は笑って軽く受け流し、つむぎの横に来た。凛はいつもさりげなく道路側を歩いてくれる。
「凛、そう言えばさ。今日のお弁当、作ってくれたりした?」
「あれ、分かった?」
そんなの、分かるに決まっている。まず卵焼きの味が違かった。凛の作る卵焼きは、少しも砂糖を入れないのでオムレツみたいな味がする。それから揚げワンタンが入っていたけれど、つむぎの母親は一切揚げ物をしない。
「すごく美味しかったよ。…凛の料理、久々に食べた」
「良かった。俺も久々に包丁握ったから。おばさんが俺の分も作るって言ってくれたんだけど、居候の分際で申し訳なくて。しばらく朝のお弁当担当は俺です」
そういえば昨日の晩ご飯の時、凛がいつも昼食を購買のパンで済ませていることを知ったつむぎの母が「成長期の男子なんだから、もっとちゃんと食べなきゃダメ」と叱っていた。
「だから早起きだったのね」
「そう。俺に初めて朝起こされた気分は?」
「あー…」
朝の風景がフラッシュバックする。
――耳元で名前を呼ぶ声。トントンと肩を叩かれて、半分眠ったまま上半身を起こす。すると凛が身を乗り出して、つむぎの髪に触れる。それから――
「……普通に起こしてください」
「えー?何?」
凛はわざとらしく微笑んでしらを切る。
「幼馴染みはあんなことしない!」
「へぇ。良かった」
「え?」
「幼馴染みなんだから普通だし何とも思わない、なんて言われたらどうしようかと思ったよ」
「もし言ったら?」
興味本位で尋ねたつむぎ。
凛はつむぎの顎に指先で触れ、それから驚いて見上げたその唇に触れた。
「…次はここ」
「!?」
つむぎは飛び退いて両手で口を覆う。
凛は涼しい顔で言った。
「冗談」
「…だから反応し辛い冗談やめてって!」
凛は何か言いたそうにつむぎを見たが、目を逸らしてしまったつむぎには知る由もなかった。
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