019:幼馴染みって髪にキスする?

「おー、芹宮。もういいのか、昨日の今日で」


朝、つむぎと共に生徒会室へ入って来た凛を一目見て生徒会長の柊一郎が言った。


「えぇ。ご心配をおかけしました」


「本当だぞ、大事に至らなくて本当良かった。昨日の午前中、テニス部でも熱中症が出たらしくてな。救急車が来てた」


「そうなんですね」


生徒会室の横の窓からはグラウンドが見渡せ、そのグラウンドの端にはテニスコートが六面ある。最近は屋内テニスコートの設置を検討しているらしく、生徒会長はその関係の会議によく駆り出されている。


「何より昨日なんて瀬名が一日中、上の空で」


「き、橘川先輩っ」


つむぎが慌てて柊一郎の言葉を遮る。


「はは、とにかく安心したよ。今日も本当は病み上がりなんだから、絶対に無理するなよ。少しでも異変感じたら周りの人に言うんだぞ」


「はい。ありがとうございます」


その時同時に入ってきた副会長の由芽と緋凪も口々に言った。


「あら、芹宮くん。もう平気なの」


「芹宮!心配したんだから」


「もう平気です。ありがとう」




凛は一日で回復した。

すっかりいつも通り元気そうな凛だったが、つむぎが数時間おきに凛に水分を取らせていた。

今も文化祭の校内装飾を空き教室で制作している途中だが、つむぎが甲斐甲斐しく飲み物を渡しているのを、蓮音と緋凪はほのぼの眺めた。


「今日のお母さんはつむぎちゃんだね。いつもは凛くんが世話焼いてるけど」


「ほんっと仲いいよなぁ。今芹宮が飲まされてるお茶、つむぎのでしょ?回し飲みなんて、芹宮絶対他の人とはしないでしょ。潔癖だし」


「え、そうなの?」


キャンプでは個包装でないお菓子を交換したし、バーベキューもしたけれど。彼にとっては何か明確な境目があるのだろうか。


「ちょっと前だけど、女子が持ってきた手作りお菓子、芹宮拒否してたよ」


「うわ、冷たっ。そんな態度でよくあの人気保てるよ」


「そんなことないでしょ。あんたみたいな過剰な愛想は振りまかないけど、陰口叩かれない程度には柔らかい態度取ってるよ」


ちょうど廊下を通りかかった女子二人組が教室を覗き、「芹宮くーん!」と凛に手を振る。凛はちらりと彼女たちを見て、微笑んで軽く会釈をした。


「…なるほど、恐るべしだね。僕にはあんな笑顔見せないよ?」


拗ねるようにわざとらしく口を尖らせる蓮音に緋凪が突っ込む。


「いや、逆にいつもあの笑顔でいられたら普通に接せなくなるでしょ」


「そうだね、僕もころっと落ちそう」


「あはは、BL?嫌いじゃないよ。芹宮はつむぎとくっついて欲しいから応援はしないけど」


「冗談じゃないよ、まともに彼女もいないのに彼氏なんていきなり作りません。僕もつむぎちゃんとくっついて欲しいなぁ」


距離感の少々狂っている幼馴染みの二人。校内でも二人が付き合っているという噂が出たり消えたりの繰り返しだ。驚いたことに、付き合っていない。


少なくとも凛の方には好意はあるみたいだけど、それが全く表に出ない。つむぎに至っては本当に親か兄弟かと思っていそうな態度。…と、思っていたけど。


「つむぎ、ありがと。やっぱ後で自販機…」


そう言って凛がつむぎに受け渡したペットボトル。つむぎがびっくりしたようにそれを取り落とした。凛は不思議そうに拾い上げて、もう一度手渡す。


「ご、ごめん」


「……?貰ってばっかりも悪いから後で自販機行くけど。何がいい?」


「…緑茶」


つむぎは明らかに凛から目を逸らしてそう呟く。

そんな様子の一部始終を見ていた蓮音と緋凪は、顔を見合わせた。



♦︎



「ねぇ、幼馴染みって普通髪にキスする?」


つむぎの爆弾発言に、緋凪は飲み込みかけた焼きそばパンを咳き込んだ。

昼休み、凛とのことについて徹底的につむぎを問いただす目論見をしていた緋凪だったが、その必要もないようだった。


「緋凪、夏風邪?」


「違うわッ!」


他の生徒会メンバーと違う仕事を行っていたため遅めの昼休みとなった二人の他には、生徒会室には人はいない。


「…昨日の夜にされた気がして、気のせいかと思ったんだけど…でも今朝は確実にされた」


「あー…昨日から芹宮と同棲してるんだっけ」


「同棲じゃない、同居です。親もいるし」


そういう問題じゃないだろ、と言いたい緋凪だったけれど、いちいち突っ込んでいたらキリがないのでやめた。


「で、昨日は一日中寝たせいで今朝、凛が先に起きてきて。逆に寝坊しかけた私を起こしてくれたんだけど、その時…」


思っていたよりも凛は攻めているようで、つむぎが鈍感。そう緋凪は総評した。


「いい、つむぎ?幼馴染みどうしは普通、髪にキスしない」


「だ、だよねー!手を繋ぐのはまだしも」


「ん?手を繋いだって?」


「いや、きっかけはやむを得ない理由だけど…」


「手も繋がないから!」


「でも小さい頃はよく繋いだよ。ただ、キスはさすがにされたことないからびっくりしたけど」


なるほど。つむぎは手を繋ぐことすら幼い頃の延長線上だと思っているらしい。


「小さい頃と今は別物だって。どうだった?繋いでて」


「どうって…普通に恥ずかしかったけど」


その時ドアが開いて、蓮音が部屋に入ってきた。


「今お昼?忙しかったんだね、お疲れ様」


「紫藤。ちょうどいい、こっち来て」


「?」


緋凪は不思議そうな顔をしている二人の腕を取り、手を繋がせる。


「ん、これ何かのご褒美なの?」


蓮音は繋がれたつむぎの手を軽く握る。


「つむぎ、どう?」


「どうも何も…これ、どういうこと?」


「恥ずかしい?」


緋凪にそんなことを聞かれ、つむぎは困ったように首を傾げて笑う。


「えぇー…」


ガチャ、とノブを回す音がして、今度は凛が入ってきた。なぜか手を繋いでいるつむぎと蓮音を一瞥して、急に殺気立つ凛。無表情でつかつかと三人の方に向かってくる彼に気圧されたように、蓮音はつむぎから飛び退く。


「言っとくけど凛くん、僕やらされただけだからね…!?そんな怖い顔しないで!?」


蓮音に振り払われて所在無さげなつむぎの手を、今度は凛が取って握りしめる。つむぎは蓮音の時とは打って変わってみるみるうちに顔を赤くし、慌てて振り払おうと躍起になった。


「やだ!はーなーしーて!」


「駄目。消毒中」


「凛くん、僕をバイ菌みたいに扱うのやめて。泣くよ」


緋凪は暴れるつむぎと動じない凛の様子を微笑ましく見守る。

つむぎが手繋ぎを幼い頃の延長と思っているようには、とてもじゃないけど見えなかった。

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