017:前途多難な恋の相談

「よう、凛」


「おー…ハル」


凛の帰り道の途中、後ろからその肩を叩いたのは春雪だった。


「バイト帰りか?こんな遅い時間に」


「そう。ハルは?」


「僕は友達に会ってた。…そうそう、この前の夏祭り、悪かったな」


春雪は思い出したように言う。春雪は友達と会う約束が急に入り、一緒に行く予定をドタキャンしたのである。


「あー、別にいいよ。むしろつむぎと二人になれたし」


「お、急にガツガツしだしたな。何、いいことでもあった?二人きりのデートで、しかも花火もあって。最高のシチュエーションやけど…」


凛は先日の夏祭りを思い返し、それからため息をついた。そんな凛の様子を見て春雪は遠慮がちに尋ねる。


「どうした、振られたの?」


「うるさいな、そんなんじゃないよ。…ただ、手強いなとは感じた」


「どういうこと?」


いかにも興味津々と言った表情で訪ねてくる春雪。


「どうもこうもないよ。じゃあ俺ここだから」


やっと自宅のアパートに着いて春雪と別れられると思ったのに、彼はしつこく食い下がる。


「僕、凛の家見たい。上げてってよ」


「嫌だよ。夜の10時回ってるのに非常識すぎんだろ、子供か」


「いいじゃーん、明日暇でしょ?」


「酔ってんの?いい加減にしてよ、もう」


「酒は一滴も入ってないって」



♦︎



結局は凛が折れて、…というより言い合いが面倒で、凛は春雪を自宅に上げた。


「うわー、生活感ゼロ。シンクも使った形跡ないし。大丈夫、食べてる?」


「食べてるよ。朝は…ギリギリまで寝てたいから食べないけど。昼は購買、夜は賄い」


「ふーん。そういや凛、どこでバイトしてるの?」


「バーだよ」


「バーテンってこと!?」


「あほ、未成年だぞ。接客と雑用くらい。マスターがすごく可愛がってくれて、ほぼ何もしてないのにお給料だけやたら良いから申し訳ないんだよね」


仕事内容は客の話し相手をするというのがほとんどで、他には掃除、食器洗い、会計など。客は前の職場のように礼儀をわきまえない人はいない。年下である凛のことを尊重し、可愛がってくれる。


職場に入ってから知ったのだが、凛の働くBar Polarバー・ポラールは芸能業界では有名なバーらしく、テレビで見るような芸能人やどこかの会社の社長みたいなすごい人たちばかりが毎日来店する。


「そら凛みたいに自分で身を立ててる健気でイケメンな高校生、誰でも助けたくなっちゃうよ。貰えるもんは全部貰って、図太く生きていけばいいさ」


「うん」


「それはそうと、夏祭りのエピソード詳しく聞かせてよ」


やっぱりその話になるか、と凛は少しげんなりする。冷蔵庫で冷やしていた緑茶を春雪に出しながら言った。


「…つむぎって純粋だよね。悪く言えば幼い」


「まぁそうだけど…どういうこと?」



花火の間中、ずっと繋いでいた手。

花火が終わると急に思い出したかのように、つむぎはその手を慌てて解こうとした。しかし凛は強く握って離さなかった。


『凛、手…』

『嫌?でも、公園に来る途中で俺は離そうとしたよ。つむぎが阻止したんだよね』


つむぎは顔をさっと赤らめた。

つむぎは泣いたり照れたりすると、普通の人よりも顔が赤くなりやすいのだ。


『照れてるの?』


確認するように、意地悪するようにそう尋ねてみる。


『…当然でしょ。私たち高校生だもん』

『…え?』

『ん?』

『いや、ごもっともだけど…』


気のせいだろうか、どこかずれた返答に凛は困惑した。


『なんか大人になりたくないなー、って最近思うよ。昔は手だって普通に繋いでたし、なんならお風呂も一緒に入ってたのに。大人になるとだんだん、できなくなっていくよね。当たり前だったことが』

『…ソウデスネ』

『なぜ片言』

『…ちなみにこの手の繋ぎ方、俗に何て言うか知ってる?』


凛は指を鍵盤を弾くように動かし、つむぎの指の付け根を触る。つむぎは視線をふいっと逸らし躊躇うように呟いた。


『恋人繋ぎ』

『…そういう意味で、ドキドキしない?』

『するよ。でもそんなの…相手がたとえ凛じゃなくても…ハルちゃんでも翔真くんでもドキドキするものでしょ?』


つむぎはきょとんとした表情でそんなことを言った。



「…何か空回りしているというか、手応えがないというか」


「ピュアやからねー、つむぎ」


そう言って可笑しそうに笑う春雪。相談に乗るも何も、話を聞いて楽しんでいるだけに見える。


「…そういやハル、明日帰るんだって?」


「おー、もうすぐ友達と旅行の予定もあるし、今年は早めに帰ろうかなって」


「そっか。次帰って来るのはまた年末?」


「それがね…」


春雪は何かを言おうとして口を閉ざす。


「…何だよ」


「何でもない。その時になってからのお楽しみ」


楽しそうに笑う春雪。

それから少しだけ喋った後、春雪は「頑張れよ、つむぎのこと」と手をひらひら帰っていった。



♦︎



「夏祭りで、手ぇ繋いだんやってー?」


「な、何」


にやにやとそんなことを言う春雪。つむぎは眉を潜めた。


「何で知ってるの」


「当然、凛から聞いたに決まってるでしょ」


「はぁ」


間の抜けた相槌を打つつむぎ。


「素敵なデートだったみたいで何より、やね」


「デ、デート…!?」


「二人で花火なんてデートやん」


「…言われてみれば確かに」


真面目くさった顔でつむぎは当日を思い返す。わたあめを買ってもらったこと、射的の景品のお揃いのマスコット。


「…いや、でも幼馴染みだし。お互いそういう気ないし…それに、手を繋いだのだって助けてくれたんだよ、凛が」


「どういうこと?」


「中学の同級生に会ったの。しかも琴理」


「うわぁ…」


春雪はつむぎの中学時代のことをよく知っている。周りで信頼できる数少ない一人で、普段は電話で、長期休みには直接喋って相談した。

色々あったにも関わらず今現在けろっとしているのは、春雪のおかげと言っても過言ではない。


「直接対峙して、面倒なことになりそうになった時に止めに来てくれて。恋人のふりして助けてくれた。…かっこよかった」


頬を赤らめて視線を落とし、そんなことを言うつむぎは春雪からすればどう見ても恋する女の子の顔だ。


「それ本人に言ってあげた?」


「え?お礼は言ったよ」


「違う、かっこよかったって」


「い…言わないよ!そんなの、好きみたいじゃん…」


慌ててつむぎは両手を振る。いや、好きでしょと春雪は思ったが、そんな野暮なことは言わない。


「…こりゃ凛も苦労するよ」


「ん?ハルちゃん何か言った?」


「ううん、何でもない。じゃあね、見送りありがと」


キャリーバッグを引いた春雪は笑顔で手を振りながら、改札の向こう側へ歩いていく。


(今度また会う時、二人驚くだろうな)


春雪はそんなことを考えながら、いたずらっぽく笑った。

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