015:顔に書いてあった?

「じゃーん!見てこれ」


緋凪が三人の目の前に差し出したのは、四枚のチケットだった。


「おー!水族館!」


「そう、実は姉貴が知り合いから貰ったものなんだけど…仕事が忙しいからと譲り受けましたッ!」


「ラッキー、今から行こうって話?僕、今日暇だよ。ただし夕方までだけど」


「私は丸一日暇」


凛だけは微妙な顔をしている。


「…三人で行ってきて…」


「何でよ、あんたバイト六時からじゃん。しかもこの水族館からバイト先までたった十分」


バイト先の場所と時間がバレている凛は、得意の嘘ではなく正直に言った。


「暑いから帰りたい」


「えー!凛、一緒に行こうよ。水族館の中は涼しいから、少しの辛抱だよ」


「…分かった」


「つむぎちゃんに対してはチョロいんだから」


蓮音の冷やかしに、凛は容赦なく足を蹴り飛ばす。


「痛い。てか何でこの距離で足が届くのさ」


七月の終わり、珍しく午前中の早い時間に生徒会活動を終えた一年生は、その足で都内の水族館に出向くことになった。



♦︎



「綺麗…」


つむぎはガラス越しの美しい海底に見惚れてた。入り口から続く小さな水槽の並ぶエリアも楽しいけれど、やはり水族館と言えば大小様々な魚の泳ぐ巨大な水槽の展示だ。ウミガメも泳いでいて、大好きなディズニー映画のファインディング・ニモを思い起こさせる。

いつの間にか隣に立っていた凛が言った。


「今つむぎが考えてたこと、当てようか」


「…どうぞ」


「あのウミガメ、クラッシュみたい」


映画に出てくる、ニモたちの学校の先生であるウミガメの名前だ。


「何で!?」


「顔に書いてある」


凛は平然とそう言い、イワシの群れを目で追う。


「…すごいよな、あんなに全員綺麗に同じ方向に泳ぐの」


「あ。凛、今スイミーのこと考えてたでしょ」


レオ・レオニの有名な絵本で、小さな魚が団結して大きな魚に見せかけるお話。凛も顔に書いてある、としたり顔で言い返そうと思ったつむぎ。


「…全然違うよ。美味しそうだな、って」


「……」


水族館の魚に食欲をそそられている凛に、言葉もなく本気で心配の表情を見せるつむぎ。


「…冗談」


表情一つ変えずそんなことを言う凛。いつものことながら変な空気になる。ネタバラシまで同じ調子なので、何が嘘で何が本当か時々分からない。


「凛、ジョーク向いてないよ。やめて」


「ごめんって。…あ、ほら向こう。お前の好きなポニョだぞ」


「クラゲはポニョじゃない!」


「え、そうだっけ」


つむぎがどの水槽も興味津々に見入るので、二人はやや遅れて蓮音と緋凪のいる最後のエリアまでたどり着いた。


「ごめん、二人とも!」


「もーほんとだよ、いつの間にかこいつと二人とか何の試練よ」


「ひどーい緋凪ちゃん、僕はデートみたいで嬉しかったよ?」


緋凪は無言で蓮音に蹴りを入れる。「今日は蹴られる日なのかな…」とぼやく蓮音をよそに、緋凪はスタスタとお土産のショップへ入っていく。


「おー、これ可愛い。メンダコのマスコット」


「いいじゃん、私も好き」


「でもメンダコとか、ブームに乗ってるみたいだよなぁ…」


「流氷の天使は?」


「うーん、捕食シーンのクリオネ以外は却下」


「なかなか珍しいタイプだね、緋凪」


ずらりと並ぶ可愛いお土産に夢中の女子二人。水槽と同じくらい、もしくはそれ以上に時間をかけて真剣に吟味する二人に、男子は文句を垂れることなくついて回る。蓮音は言った。


「女の子ってああいうの好きよね。いつも思うけど」


「ね。…お前は何も買わないの?」


「あー、うん。僕はいいや」


蓮音がちらりと腕時計を見たので、凛は尋ねた。


「そういえば夕方何かあるんだっけ」


「そ、四時からバイオリンのレッスン」


するといつの間にか近くにいた緋凪が尋ねる。


「もう時間?」


「そろそろね」


「おっけ、あたしたち買うもの決まってるから会計してくるわ」


二人が急ぎ足で会計を済ませるのを待って、全員で水族館を出た。


「ごめんね、僕のせいで急がせちゃって」


「いいよ、満足な買い物できたし。あたしこっちの電車だけど…」


「僕も同じ。つむぎちゃんと凛くんは?」


「あー、俺ら向こうだわ」


「じゃあここで解散か。今日はありがとね」


駅前で四人は別れる。改札の奥へ消えていく緋凪と蓮音を見送り、つむぎは言った。


「私たちも帰ろっか」


「そっちじゃないよ」


「え、でも凛が向こうって…」


「千葉行ってどうすんの」


凛は迷うことなく来た道を戻っていく。


「凛待って、そっち…」


夕方が近づき、水族館からは多くの客が出てくる。人波を逆流する形になり、行き先を知らないつむぎは凛を見失わないように必死でついていくほかない。


「つむぎ」


突然、手が差し出される。鼓動が跳ねる。


「はぐれるから」


つむぎは頷いて、その手を取った。

二人は手を繋いで引き返して行き、凛はチケットの半券を二枚見せて再入場した。


「凛、何で?」


「まだ間に合う」


凛に連れてこられたのは、イルカショーだった。始まる直前にギリギリで会場に入れてもらうと、真ん中のあたりに空いている席を見つけた。急いで階段を降りて座った途端、ショーは始まった。



♦︎



イルカショーが終わり、客がどんどん出て行く会場。つむぎは興奮覚め切らぬ様子で座ったまま、飼育員と戯れるイルカを見つめている。


「…すっごく楽しかった」


昼に公演があったものの、スケジュールが合わず四人で見ることは断念したショー。本当はすごく見たかった。水族館の中で、つむぎが一番好きなのはイルカだ。


「何で私が見たかったこと、分かったの?…あ、顔に書いてあった?」


つむぎは嬉しそうにそう尋ねる。凛は首を傾げて言った。


「さぁ、何でだろうね?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る