011:夏の始まり、サマーキャンプ
「サマーキャンプ!柊先輩がやけに期末テストに口うるさかったの、これだったんだね」
蓮音が手にしている一枚のプリントを、つむぎ、凛、緋凪の三人が覗き込んだ。
「ほんとだ、日程が諸々の追試補習と被ってる。紫藤あんた、まさか引っかかってないでしょうね」
「最善は尽くしたんだよ、今はただ結果を待つのみ…。そういう緋凪ちゃんは?」
「ふん、あたしが本気出せば余裕だわ」
今日は期末テストの最終日。
最後の教科がつい先ほど終わり、一週間ぶりの生徒会室に一年生が集合していた。
そこで蓮音が見つけた一枚のプリント。生徒会・文化祭実行委員会合同サマーキャンプのお知らせ、とある。
「サマーキャンプって何だ…?」
つむぎの呟きに、凛は至って真面目に答える。
「夏合宿だ」
「それくらい私にも分かるわ!」
「いって、殴んなクソガキ」
凛はガバッとつむぎの両手を拘束する。一応加減はしてくれているらしく、握る力はそんなに強くないのにどうやっても振り払えない。
「ごめんなさいは?」
性格の悪い笑みを浮かべる凛に、つむぎは屈辱を覚えながら口にするしかない。
「…ごめんなさい」
腕がぱっと解放された瞬間に、懲りず反撃を試みたつむぎ。同じことの繰り返しで、また両手首を掴まれて終わる。
「ほんと学ばないよね」
そう可笑しそうに笑う凛の表情は、つむぎ相手にしか見せることはない。小学生のように夢中になって取っ組み合っている二人を眺めながら、蓮音は言った。
「最近やっと凛くんの素が出てきた気がするよ」
「ね。それにつむぎも、クラスじゃもっと大人しいんだよ」
その時、扉が開いて生徒会長の柊一郎が入ってきた。
「あ、柊先輩。テストお疲れ様です」
「おう、お疲れ」
三年生は最後の教科が数学で、柊一郎は理系クラスなのでテストは120分間。最も重い教科が最後に来たと嘆いているのを先週聞いた。
「あ、そのプリント見たのか」
「すみません、置いてあったのでつい」
「構わない。今から配るからな」
四人が柊一郎の周りに集まると、彼は手にしていたプリントを一年生四人に配った。
「十日後、生徒会サマーキャンプが行われる。書いてある通り、生徒会と文化祭実行委員の合同だ」
九月の終わりに行われる、文化祭。
一年のうち最も大きなイベントで、主に取り仕切るのは文化祭実行委員、そして生徒会だ。
期末テストが終わった今日、早くも学校中のあちこちで文化祭に向けた準備が始まった。
夏休みは部活や講習が詰まっていて、新学期からはすぐに授業がスタートする。丸一日準備ができるのは文化祭の前日のみなので、空いている時間を使って少しずつ作業を進めなければならない。
毎年この学校では今の時期から計画的に準備を始める団体が多いという。
つむぎもテストを終えた後生徒会室へ来るまでに、垂れ幕を作ったり練習をしている吹奏楽部の教室の横を通ってきた。
「一日目の朝にここへ集合。生徒会はまず仕事をして、終わり次第…夕方頃かな、バスで出発する。期間は二泊三日。目的は生徒会と実行委員の親睦を深め、九月に行われる文化祭に向けて結束を強めるため」
「橘川先輩、質問です」
「何だ水浦」
「一日目に学校でやる仕事って何ですか?」
タイミングよく扉が開き、副会長の由芽と会計のかおるが現れた。
「一つは広報関係の仕事。それからもう一つは文化祭関係の仕事で、前夜祭に出る団体のオーディション審査と各団体の作業の見回り」
由芽はさらさらと淀みなく述べると、かおると共に柊一郎の隣に並んだ。
「生徒会で二グループに分かれて行動するのだけど…」
一年生の四人は唾を飲む。
誰もが思った。広報の仕事よりも、文化祭の仕事の方が楽しそうだし、やりたいに決まっている。
「悪いわね、こっちで勝手にメンバーは決めちゃったの。私と芹宮くん、瀬名さんは広報。あとの四人は文化祭よ」
「えー!」
「やった」
つむぎの落胆の声と蓮音の歓喜の声が重なる。凛は不満げに尋ねる。
「何でですか」
「写真撮影とビデオ撮影の被写体をやってもらうのよ。芹宮くんは当然、受験生――特に女子を呼び込むためにはうってつけでしょう」
「釣り餌…」
「瀬名さんはおさな…若く見えるから、中学生の役を」
「桃井先輩、幼いって言おうとしましたよね…」
意気消沈したつむぎはうなだれる。148センチの身長、何歳か下に見られる幼い顔立ち。
少し前に家族で行ったレストランでは、小学生以下の子供がもらえるおもちゃを渡されかけた。
隣でクスリと笑った凛の脇腹を、つむぎは肘で攻撃した。さすがに予想していなかった凛は少しだけよろめいて、してやったりだ。
♦︎
無事に追試と補習を逃れたつむぎたちに、サマーキャンプ一日目の朝がやってきた。
つむぎは何とも言えない表情で、中学時代の懐かしいセーラー服に身を包んでいた。
「似合うじゃない。どこからどう見ても中学生ね」
由芽は嬉しいような嬉しくないようなことを言う。わざわざつむぎの母校であるみずきが丘中学へ許可を取って、この高校のPRビデオとパンフレットに中学の制服姿をさらすことになったのだ。
着替え終わったところで、凛がドアの向こうから確認を取る。
「つむぎ、着替えた?」
「いいわよ入って」
つむぎの代わりに由芽はそう答え、「荷物持ってくるわね」と出ていく。入れ替わりで教室に足を踏み入れた凛が、つむぎを一目見る。
「似合うじゃん。完全に中学生」
由芽と全く同じことを言う凛。
「はいはい、もうそれはいいです」
「…母さんが生きてたらさ、俺」
脱いだ制服を畳んでいたつむぎは、動きを止める。
「この姿のつむぎと、毎日会ってたんだろうね」
凛とつむぎは、同じ中学に通う予定だった。凛の母親が亡くなる少し前、その中学の新しい制服が家に届いた。しかし凛はその真新しい学ランを、一度も着ることはなかったのだ。
「…だから見れてよかったと思うよ。さ、行こう」
「うん!」
♦︎
明翠高校へやってきた、つむぎ演じる高校受験生。そして彼女のために校舎の案内をする凛。この設定で、ビデオと写真の撮影が同時進行で行われた。撮影は由芽だ。
「うわぁ、広いプール!」
「この屋内プールは夏場、全校生徒が体育の授業で使うんだ。今は水泳部が練習しているみたいだね。この高校の水泳部は毎年大会でいい成績を収めていて、去年は全国大会へ行った選手もいるんだよ」
「へぇ、すごい…!」
ピコン、というビデオカメラの音とともに由芽は言った。
「カット!上手ね二人とも。特に芹宮くん、あなたよくこんなにも流暢に長い台詞を言えるわね。しかも棒読み感もなく」
つむぎも横でうんうんと頷く。小学校の学芸会でも、凛は同じことを先生に褒められて驚かれていた。
凛は演劇が好きだということを、つむぎは昔からよく知っている。そういえば中学校では絶対に演劇部に入ると言っていたが、結局何の部活をしたのだろうか。後で覚えていたら聞いてみよう、とつむぎは思った。
「キリもいいし、生徒会室に戻って昼食にしましょうか」
三人が戻ってくると、既に他の四人は生徒会室にいた。
「どう?オーディションの様子は」
そう尋ねる由芽。
「最後までなんとか見たよ。今年も、どの団体も力が入っていて見応えがあったな。部活部門だと、やっぱりダンス部と軽音部が人気みたいだ。有志部門だとチアダンスが盛り上がったぞ」
「凄かったですよね!僕はやっぱ室内楽部が気に入ったんですけど…」
「さすがバイオリニスト。あたしは断然
「うん、好き…!」
Esquisseは、恐らく日本中で知らない人はいない、超人気国民的男性アイドルグループ。紅白にも連続で出ているし、小学生の頃なんてクラスの女子のほとんどがファンだった。
メンバーは活動スタートから変わることなく四人。アイドルとしての歌やダンスのクオリティはもちろん、メンバー同士の仲の良さや個人の芸能活動――俳優業やモデル業など――にも積極的であることが人気の理由だ。
つむぎもコンサートは当たった試しはないが、CDを買ったり毎週の冠番組は欠かさずチェックするくらいには好きだ。
「女子はだいたい好きだよねー、Esquisse。男の僕ですらかっこいいと思うわ」
蓮音はお弁当を広げながら言う。
「由芽先輩やかおる先輩も、好きだったりします?」
「えぇそうね、CD買うほどではないけれど、テレビに出てると見ちゃうわ」
かおるも同意するように首をこくこくと縦に振った。
「まぁEsquisseは置いておいて、オーディションが済んだのならかなり順調よね。私たちも急いで終わらせましょう」
「次の撮影は屋上庭園ですね!私、行ったことないので楽しみです」
「ってか生徒の立ち入りが禁止されている場所をPRしてどうするんです?」
「細かいことはいいのよ、芹宮くん。写真映えのするあそこを撮らないわけにはいかないわ」
平然とそう言い切る由芽。
「あの庭園、生徒からも開放を望む声は多いんだが…安全対策も万全でないし、なかなか難しいんだよ」
「へー、あたしも見てみたかったな」
「まぁいつかな。鍵は生徒会の管理下だし」
「…いや、だから何でこの生徒会、そんなでかい権力握ってるんです…?生徒の成績といい入試結果といい…!」
こうして生徒会室での昼休みは、和やかに過ぎていった。
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