010:通い妻とか言うな!!

毎週木曜日の朝は、全校朝礼というものがある。その名の通り、全校生徒が講堂に集まる集会。校長や生徒会長が壇上で話をし、校歌を歌う。


そして今その朝礼中、つむぎがそわそわしているのは、隣に座っているはずの凛がいないためである。


(休み…?風邪?)


集中しないまま朝礼は終わり、教室へと戻ってくる。…と、ほぼ同時に鞄を持って入ってきたのは凛だった。すぐに「芹宮くんだ!」「いないから心配したんだよ〜!」と騒ぎ出したクラスの女子に囲まれているのを、つむぎと緋凪は遠巻きに眺めた。


「珍しいね、優等生の芹宮が遅刻なんてさ。確かに最近は結構ギリギリな時間の登校だったよな、チャイム五分前とか」


「朝弱いんだよね、凛」


すると女子の群れから逃れた凛がよろよろとやってきた。


「やらかした…」


「はい、これ。朝礼の前に返された昨日の小テスト」


つむぎは預かっていた凛のテストを渡す。昨日の数学の授業でやった、50点満点の小テストだ。緋凪はひょいっと覗き込んだ。


「どれどれ…あれ、40点?てっきり満点と思ったよ」


「追試にかからない程度の勉強しかしてない」


「何だよその要領の良さ…。定期テストは一位取りに行くくせに」


「こうでもしないと、いつ何をしでかして特待生の認定が取り消しになるか分からないから」


凛がこの高校に通えるのは、授業料や積立金など諸々を三年間免除される、特待生制度ありきである。私立高校であり、三年間ともなると多額の出資。

したがって模範的な生活態度であること、そして学校の評判を何より左右する難関大学の合格実績への貢献は必須なのである。


「…今日みたいに遅刻しても成績さえ申し分なきゃ、文句は言われないだろ」


「でも凛、遅刻はないに越したことないよ。まぁ凛が午前中に自力で起きてるだけ、奇跡みたいなものだけど…」


つむぎのフォローになっていない言葉に、凛は微妙な顔をする。すると緋凪が思いついたように言った。


「つむぎ、近所なんだから家に寄って、一緒に学校来ればいい話じゃない?」


「へ?」


「これぞ幼馴染みって感じ!」


ぽかんとしているつむぎに対して、凛は随分乗り気だ。


「なるほどな。何で今まで思いつかなかったんだろ。じゃあよろしく、つむぎ」


「…まぁどうせ通り道だし…」


つむぎは渋々受け入れた。



♦︎



翌日。

約束の時間に凛は部屋から降りてこない。つむぎは落ち着きがなく、ちらちらと腕時計を見る。


「まさかまだ寝てたり…」


つむぎは階段を上って部屋の前に来ると、インターホンを鳴らす。ほどなくして鍵が開き、玄関の向こうに立っていたのは眠そうな凛。


「…今起きた」


「やっぱりね!!」


つむぎは凛を部屋に押し込んで自分も急いで上がる。乗ろうとしていた電車には間に合いそうもない。


凛があまり早く起きられないことを考慮して遅めにした待ち合わせ時間だったが、大いに裏目に出た。もっと余裕をもった時間に設定するべきだった。


「せめて15分後の電車には乗らなきゃ間に合わない。顔洗って歯も磨いて着替えて!」


つむぎはテーブルに広がっている凛のノートや教科書から、今日授業のある教科のものを拾って脇の鞄に入れながら言った。



♦︎



「おー、間に合った。チャイム三分前」


息を切らして教室に着いたつむぎと凛を、にやにやしながら出迎える緋凪。


「…何でお前までここにいるんだ、紫藤」


眉を潜めた凛は、自分の席に座っている蓮音を追い出す。


「なにやら面白いことになっていると聞いてね。待ち合わせ作戦は失敗?」


「じゃあさ、いっそ起こしに行けば?」


口々にそんなことを言う蓮音と緋凪。


「あのさぁ…」


「そういうことなら、はい。つむぎ」


凛がつむぎに拳を差し出す。

つむぎは頭の上にはてなを浮かべて両手を出すと、凛がその上に鍵を落とした。


「合鍵」


「はぁぁ!?」


そのやり取りに、緋凪たちだけではなくクラス中が固唾を飲んで注目した。「同棲?」「付き合ってんの?」というひそひそ話が耳に入り、つむぎは頭を抱えたくなる。


「起こしに来てくれる?」


そう言って微笑み、小首を傾げる仕草はさすが自分の魅せ方をよく分かっているご様子だ。わざとらしいし胡散臭いとは思うのに、つむぎも思わず見惚れそうになった。


「わ…分かったよ」


腕を組んで二人を眺めていた蓮音は、しみじみと言った。


「なるほど、これが通い妻」

「違うから!」


こうして、幼馴染みである凛を起こしに行く生活が始まったのである。



♦︎



週末を挟み、月曜日。


電車の出る一時間近く前に彼の部屋まで出向き、念のためインターホンを鳴らしてみるが反応はない。つむぎは手元の鍵をしばらく見つめ、意を決して鍵を回した。


玄関に入り、物が少なくすっきりと片付いた部屋を抜けると、奥のベッドで丸くなって背を向けている凛が目に入った。


「りーん、朝だよ」


そう呼びかけて肩を掴み、その身体をこちらに向ける。


「んー……」


思わず魅入ってしまいそうな綺麗な寝顔に、つむぎはどきりとした。

こうして眠っていると普段よりも少し幼く見えて、昔の凛の面影が感じられる。かつてはつむぎの布団で、よく一緒に眠ったものだ。


「起きて」


その瞬間、眠っていたはずの凛がつむぎの腕を掴んだ。


「!?」


そのまま強い力でベッドの中に引き摺り込まれ、抱き枕のように凛の長い手足で抱きしめられる。

つむぎは動揺しながらもがく。


「ちょっ…凛!寝ぼけてるの…っ!?」


「……」


「ねぇ……!」


「…起きてるよ」


突然の耳元の囁き声につむぎは一瞬で赤面して凛を力ずくで押し退け、ベッドから転がり落ちた。


「ば…馬ッ鹿じゃないの!?人が折角…っ」


「はいはい、悪かったよ」




次の日からつむぎは、凛の枕を思い切り引き抜いて雑に起こすようになった。


彼にとっては毎朝最悪の目覚めだが、当然自業自得である。

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