006:生徒会は成績至上主義

球技大会の後、生徒会に新メンバーの水浦緋凪が加わった。生徒会長の柊一郎の度重なる熱心な勧誘に、とうとう折れたのである。


それから二週間が経ち、一年生にとっては初めてとなる中間テストが行われた。その四日間のテスト期間も終わり、さらに一週間が経ったある日。


「改めて、初めての中間テストお疲れ様」


柊一郎の静かなトーンの声に、それまで雑談をしていた一年生はピタリと話をやめて静まる。


「さて、今日で一週間経ったし、全教科のテストと成績が返ってきたと思うけど、どうだったかな」


つむぎは自分の成績を思い出して、思わず柊一郎から視線を逸らす。中学の頃は、成績は良い方だった。けれど高いレベルの生徒の集まるこの高校で、良い結果を出すのは難しい。…というのはまぁ言い訳に過ぎず、勉強の手を抜いた節も思い当たる。


「生徒会役員は、いわばこの学校の代表。全校生徒を引っ張るリーダーたちだ。…だからテストで良い成績を収めるのは当然」


「柊先輩。その言葉、一字一句たがわず聞きました。…テスト期間前に」


「覚えているならよかったよ、紫藤。忘れているのかと思ってね、再確認だ」


にっこりと笑う会長が怖い。


「…ということで、学年順位を聞いていこう。水浦から順番に」


「言いませんよ、そんな個人情報」


つんとした態度でそう答える緋凪。


「そもそも今の時代、成績が全てじゃないですよね」


「その通り。成績は最低限の基本だ」


「絶対言いませんから!」


頑として言い放つ緋凪に、会長は呆れたようにため息をついた。


「…桃井。その資料、渡してくれ」


「はいはい」


パソコンに向かって作業をしていた副会長の由芽が脇に置いてあった資料を取って手渡す。


「…まさか」


つむぎはそう呟いて唾を飲む。会長は『マル秘』と『持ち出し厳禁』の印刷された表紙をパラパラとめくりながら平然と言った。


「今年度の一年生の個人成績と順位表だ」


「えぇぇぇぇ!?何でそんな物が普通にここにあるんです!?」


緋凪に冷ややかな視線を浴びせ、会長は言った。


「生徒会の権限だ」


「怖ぇー…」


つむぎの隣の凛は苦笑いで呟く。


「ちなみに、芹宮は1位だったな。廊下の掲示で見たぞ、よくやった」


「…どうも」


「で、他の三人の名前は載ってなかったな。10位まで張り出されているが、入っていなかった」


それはつむぎたちも、生徒会室へ来るまでの通りすがりで見た。ちなみに三年生では、1位から順に柊一郎、かおる、由芽と見事に生徒会の三人がスリートップを占めていた。逆にそっちの方がおかしい。


「なるほど。水浦は61位。瀬名は98位。紫藤…305位。こんな数字、あるんだな」


「そりゃありますよ、一学年320人なんですから」


蓮音は口を尖らせる。


「それに僕、受験しないし。勉強する暇ないですもん、楽器の練習で」


「もちろん知っている。中学からの付き合いだからな。だが成績の話をしているのであって、お前の将来は今関係ない」


「ひどい!」


会長は無視して緋凪の方に向き直る。


「お前、入試成績はかなり良かったのに」


「…いやだから、何で新入生の入試成績まで把握してるんです…?怖すぎるんですが…」


「生徒会の権限だ。で、どうしてこうなった」


「あたしは芹宮と違って要領悪いんですよ!かなりの勉強時間を使ってやり込むんです、生徒会に入ってからろくに時間が取れなくて…!それ以前の授業の範囲は完璧なのに!」


緋凪は涙目で鞄から返却されたテストのうちの一枚を取り出し、会長の目の前に突きつける。なるほど、前半は全て丸なのに後半がめちゃくちゃである。面白いほどに定着度が半分に分かれていることが分かる。


「それでも完璧にこなすのが生徒会役員だ」


そう言い放った会長は最後につむぎに言った。


「瀬名…お前は勉強に支障が出るほどの課外活動でもしていたのか?習い事なり、ボランティアなり」


「してない、です…」


「なるほど」


数秒の沈黙。呼吸を憚るほどの緊張感。


「…まぁいい。過ぎたことをとやかく言っても仕方がない。六月に入ったし、期末試験まで一ヶ月半だ」


「終わったばかりで次の話聞きたくない…」


「いいか、次の試験では一定の点数を下回ると追試、補習があるんだ。紫藤、水浦、瀬名。次回もこの点数だと、何かしら引っかかるぞ」


つむぎたちは唾を飲む。


「ボーダーラインは教科によって異なるが、七割を越えればまぁ心配はないだろう。絶対に回避しろよ」


「……はい」



会長が部長会議に出向き、どんよりとした一年三人と、何食わぬ顔で作業を始めた凛、三年生二人が取り残された。


「三人とも。元気出して」


なだめるように由芽が言う。かおるも顔を上げて頷く。


「柊先輩ってあんな怖かったっけ…?」


「まぁちょっとカリカリしすぎよねぇ、かおる?」


かおるは返事の代わりに苦笑いを見せる。


「まぁでも、成績はいいに越したことないわ。この学校には、自分が勉強ができるからって、できない人を見下すような奴もいる」


「…確かに頭がいいほど、嫌な感じの人多いですよね。クラスにも成績鼻にかけてるような奴います」


緋凪は言った。


「仕方ないわ、中途半端な進学校ってどこもそんな感じよ。次のテストまではイベントもないから、頑張ってね。まぁ私たちも、分からない問題とか教えるし…」


それを聞いた一年生の顔色がパッと明るくなる。


「そっか、僕たち高三のトップスリーに勉強を教われるんですね!」


由芽とかおるは顔を見合わせる。

ここから一ヶ月、三年生が後輩の勉強の面倒まで見ることになるのはまた別の話。

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