005:モテる幼馴染みと球技大会
球技大会。それはこの学校にとって、年度の初めにある大きなイベントのうちの一つ。クラスが四つの球技に分かれてチームを組み、トーナメント型で試合をする。
主催は体育祭実行委員会なので、生徒会のメンバーは朝休みと開会式後の時間を少し使って、バレーボールのネットを張ったり白線を引いたりなどの準備。そして閉会式後の放課後の後片付けのみだ。大会中は特に仕事はない。
「みんな、お疲れ様。ここで一旦解散にします。閉会式が終わったらまたここに集合ね」
生徒会副会長の由芽がそう告げ、直後に初戦が控えている凛は早足で会場に向かった。残されたつむぎと蓮音はしばらく暇だった。
「つむぎちゃんは何の競技?」
「私はドッジボール。男子はバレーかサッカーだっけ?」
「そうそう。僕はサッカーだよ、凛くんはバレーって言ってたよね。どこのコートか聞いてる?」
「えっと…確か第一体育館のBコート」
「つむぎちゃんしばらく試合ないでしょ、観戦行こうよ」
ということで、二人は体育館の二階にやってきた。見回してみると、凛が試合をするBコートの周りだけが異様に混み合っていて、しかも女子の比率が高い。そう、みんな凛の試合を観に来ているのである。
一際目立つ華のある見た目だが、無表情と無口が通常運転の凛。一見近寄りがたいその雰囲気に、皆初めのうちは彼のことを遠巻きに眺めていただけだった。しかし実際話しかければ普通の人並みに返ってくるし、時折笑顔も見せるので(大体愛想笑いだが)、近頃は女子が凛に話しかけている場面をつむぎもよく見る。同学年のみならず、凛目当てでわざわざ一年生の教室まで来る先輩もいるとか。
最前列に偶然二つ並んで空いている席を見つけて座ると、脇の通路を通りかかった女子が蓮音に声をかけた。
「あれ、蓮音じゃん」
「アヤハちゃん。やっぱ凛くん目当て?」
どうやら知り合いらしい。
「当然。もう見てるだけで目の保養だわ、芹宮くん。そういえば、生徒会入ったんだって?」
「よく知ってるね」
「うちら西中の人たちはみんな知ってるよ、意外すぎて話題だもん。それよりさ、芹宮くんと仲良いんでしょ?紹介してよ」
「やだよ、僕と遊んでくれなくなっちゃうじゃん」
「もー、何よそれ」
じゃあね、と彼女が去っていくと、蓮音はつむぎに言った。
「今の子、中学の友達。この高校、多いんだよね。西中学校出身の人」
「そうみたいだね。生徒会の先輩三人もだっけ」
「そうそう」
入学からもうすぐ一ヶ月。つむぎは同じ生徒会に所属する蓮音のことについて、だんだん分かってきた。女友達がやたらと多く、どうやら特定の彼女は作らない主義。蓮音は女癖が最悪だから気を付けろ、とつむぎもクラスの友達に忠告されたけれど、初対面でデートに誘われて以降は何かされたり言われたりすることはなく、普通の友達だ。自分に興味を持つ人にしか興味がないらしい。モットーは来るもの拒まず、去る者追わず。
やがて笛が鳴り、凛たちの試合が始まった。
「芹宮くーん!!」
真後ろに座っていた女子がいきなり数人でそう声を張ったので、つむぎは驚いて肩をびくつかせた。下にいる凛に声が届いたのか、彼は反射的につむぎたちの辺りを見上げた。つむぎは凛と目が合ったような気がして、手を振ろうとした。しかし同時に、後ろから黄色い歓声が上がる。
「こっち見た!」
「今絶対私と目が合ったっ」
キャッキャと騒ぐ女子たちを背後に、つむぎと蓮音は顔を見合わせて苦笑する。
「人気者だね」
「ほんとな。頭も見た目もいいんだから、スポーツくらい絶望的にド下手でもいいと思うけど。実際どうなの?」
「本人は確か運動はあんまり好きじゃないけど、それでも人並みよりかはできるんじゃないかな」
プレーを見ていると、凛はあんまり積極的にボールに触りに行ったり、声を張って自分のところにボールを集めたりはしない。けれど回ってきたら確実にコートに決める。凛のチームが点を取ると大きな歓声が上がり、中でも凛が得点すると一際盛り上がった。
相手チームは三年生だったけれど、凛たち一年のプレーの良さに加え、応援の雰囲気に飲み込まれるようにして点差を広げ、最終的に勝利に至った。
「おうおう凛くん!」
試合を終えた凛に蓮音が話しかける。
「あ、お前ら最前列にいたでしょ」
「そりゃあ大人気の凛くんの勇姿を拝みにね。初戦突破おめでとう」
「おめでとう凛、大活躍だったじゃん」
「そうでもないと思うけど。ありがとな」
凛は首に掛けたスポーツタオルで汗を拭う。絵になるその姿に、少し離れたところで様子を伺う女子が盛り上がっている。
「あ、そうだ紫藤、次お前試合でしょ。見に行くよ」
「ほんと!嬉しいなぁ」
「あ、次の紫藤くんたちの相手、ちょうど私たちのクラスだ」
「そういうこと。紫藤の応援はしないからな」
爽やかな笑顔でそう告げる凛。
「あのさぁ!」
つむぎたちだけでなく、周りの凛のチームメイトや相手チームの選手までもがどっと笑った。
蓮音たちの試合の終盤で、つむぎは自分の試合のために席を立った。
「結果気になるから俺はもうちょっといる。つむぎ、頑張って」
「ありがとう、頑張る」
凛と分かれてつむぎは一人、集合場所のコートに向かう。既にチームメイトが数人来ていた。
「あ、つむぎ!来た来た」
そう手を振って近づいてきたのは、同じクラスでチームのキャプテン、
「緋凪!」
「さっきまで女子バスケ観てたんだけど、あれは多分圧勝だよ。つむぎはサッカー行ってた?」
「うん。接戦だったからどうだろう、勝てるといいんだけど」
「いい流れだし、うちらも勝ちたいよね。バレーもかなりの点差で勝ってたし、…まぁあれは相手チームがアウェーでちょっと可哀想だったけど」
「緋凪も見てたんだ」
「そうそう。いやー、すごいね芹宮凛。会場の空気を完全に持っていく人気ぶり。つむぎ、あの人の幼馴染みなんだっけ?」
「そうだよ」
「あんなハイスペックが隣にいたら、恋愛対象の男のレベル相当上がっちゃうんじゃない?」
「恋愛対象、ね…」
つむぎは他の人よりも、恋愛への関心が薄いと自覚している。
「あんまりピンとこないな、そういうの」
「またまたぁ。あ、始まるっぽい。行こう」
ドッジボールの試合が始まった。最初つむぎのチームは劣勢だったが、半分を過ぎたあたりから巻き返し勝利を収めた。
その後続く二回戦も勝ったが、昼休みを挟んだ三回戦で負け。
つむぎのクラスの別競技も大体二回か三回目辺りで連勝は止まり、サッカーだけが三位入賞を収めたのだった。
「あーあ、暇だったなぁ今日」
蓮音が独り言のように呟く。
閉会式が終わった夕暮れ時、後片付けの手伝いに動員された生徒会メンバー。蓮音は三年の先輩女子二人と放送機材の片付けをしていた。
「あら、まさか初戦負け?」
そう由芽が尋ねる。当の彼女、そして生徒会会計のかおるは同じバスケのチームで、優勝を飾った。蓮音も決勝戦を見ていたが、何より普段無口の大人しいかおるが、一番点を取って活躍していたのは意外だった。
「その通りです。相手が凛くんたちのクラスだったんですけど、あそこ最終的に三位入賞の強いチームだったんですよ」
「それは運が悪かったわね」
「でも僅差負けだったんですよ?それより、由芽先輩たちのバスケ、凄かったですね!優勝おめでとうございます。かおる先輩もめっちゃ格好よかったです。スポーツできるんですね、びっくりしちゃいました」
かおるはやはり何も言わないけれど、ありがとうと言うようににこりと微笑んだ。
ちょうどその時間、つむぎはというと、生徒会長の橘川秀一郎と一緒にボールの入ったカートを倉庫へ運んでいた。
「お疲れですね。大丈夫ですか?」
何度目かの欠伸をした会長に、つむぎが遠慮がちに尋ねた。大会中に仕事がなかったのは生徒会長以外のメンバーで、彼だけは開会式や閉会式の挨拶のみならず、トーナメントの集計に駆け回ったり、審判に駆り出されたりとかなり忙しそうにしているのを何度か見かけた。
「ありがとう、平気だ。ただちょっと眠くなってきた、片付いたら直帰したい気分だな」
しかしそれは叶わない。何しろ年中多忙の生徒会だから、メンバーは片付けの後も生徒会室に召集が掛けられているのだ。
「あ、つむぎと橘川先輩!」
前からやってきたのは緋凪だった。つむぎはびっくりして隣の柊一郎に尋ねる。
「緋凪と知り合いですか?」
「同じ中学で、生徒会のメンバーだったんだよ」
「そうそう。沢山こき使われましたね、懐かしいです。そっかぁ、そう言えばつむぎは生徒会の役員なのね」
緋凪は同情するように言った。
「橘川先輩に虐められたらあたしに言うんだよ?」
「こら水浦。忙しいのは俺のせいじゃなくて、少なすぎる人数のせいだからな。…お前が部活に入ってさえいなければ、引き入れたんだが」
「え、あたし入ってませんよ。部活」
「嘘だろ、水泳部は?」
「水泳は中学で辞めちゃいました」
「何で…お前、東京の強化選手だったろ」
「まぁそうだったんですけど、怪我したり色々」
「そうだったのか…。悪かったな」
会長が項垂れて気まずそうに言うと、緋凪はおどけて返す。
「いいですよ、気にしないでください」
「それなら生徒会に入らないか」
「それは全然よくないですね」
「お前今暇か」
「はい。…いえ」
何かを悟ったように言い直した緋凪に、柊一郎はお構いなしにカゴを押しつける。
「お前もこれ運べ」
「えぇー!」
「つべこべ言うな。…ところで瀬名、芹宮はどこか知っているか」
「さっきまで一緒だったんですけど、クラスの人に呼ばれて」
「緊急なら仕方ないが…伝言頼めるか、例の集合時刻のこと」
「了解です」
予定よりもプログラムが押して、片付けも手間取っていることから、生徒会室への集合時間は予定より三十分遅くなったのだ。
柊一郎や緋凪と別れ、カートを押して一人で体育館へ入ろうとしたつむぎは、どこからか凛の声が聞こえた気がした。ちょうどよかった、集合時刻のことを伝えようと声の方へ向かう。
体育館の脇の死角になる場所で、凛の後ろ姿が目に入る。しかしつむぎは声を掛けるのを、すんでのところでとどまった。誰か女子と話しているらしい。
「…ごめんね、お仕事中って知らなくて」
「平気だよ。けどあんまりサボると怒られちゃうから、少しの時間でいいかな」
「うん」
凛は片付け途中だったらしいバレーボールのネットを脇に抱えて立っている。凛と向かい合っている会話の相手は、その背中に隠れて見えない。
「私、芹宮くんが好きなの。付き合ってほしい」
つむぎは声を出しそうになり、慌てて口を抑える。
こういう場面を覗き見するのは良くないとは分かっているものの、目を離せなかった。凛は小学生の頃から告白されることが日常茶飯事だったし、高校に上がってからも既に何人からか呼び出しを受けているのは知っていた。けれど、現場を直接目にするのは生まれて初めてだ。
すごく緊張するのだろうと思うと、自分の鼓動まで速くなる。
「…ありがとう、でも」
「あぁ待って、返事はまだいいの」
女子はそう凛の言葉を遮る。
「これからは意識してほしくて、言っただけなの。ほら、芹宮くんかっこいいから彼女いるのかなって思ってたけど、いないんでしょ。だから私にもチャンスはあるってことだし、好きになってもらえるように頑張るし。それだけ!」
「あ、ちょっと」
女子は一方的に言い切ると、呼び止める声も聞かず立ち去る。つむぎも気づかれないようその場を離れ、放置していたボールのカゴを押して体育館に入った。
「つむぎ」
「うわぁ!」
後ろから声をかけられ、つむぎは思わず声を上げた。
「凛!?」
「そんな驚く?」
怪訝そうな表情の凛。けれどつむぎが告白現場を見たことは、どうやら気づいていないようだった。
「あ、そうだ。生徒会の集合、三十分遅くなったんだ」
「そう、ありがとう。ごめん、途中で抜けて」
「ううん。でも何の用だったの?」
知ってはいるけれど、尋ねてみた。
「別に、大したこと…」
言いかけた凛の目が、一気に疑り深くなった。墓穴を掘ったらしいとつむぎは後悔する。つむぎが分かりやすいのか、それとも凛が鋭すぎるのか。多分どちらもだろう。
「もしかして見てたの?」
「いや…まさか…」
そう笑って見せるが、ごまかしが凛に通用したことはかつて一度もない。
「…すみません」
「いいよ別に」
凛はため息をついて言った。浮かない横顔。振ったのは自分だというのに、まるで凛が振られたかのような表情だ。昔それをからかって本人に直接言ったことがある。少し機嫌を損ねたっけ。
…いや、さっきのは告白の言い逃げだったから、振ったうちに入らないのか。
小学生の頃、告白された後に凛が辛そうな顔で戻ってきたのを見たことがある。尋ねれば、『泣かれた』と一言。以来つむぎは、凛が女子に呼び出される度に少しだけ、気にかけるようになった。
「随分一方的な感じだったね」
「うん。最近多いから、ちょっと気が滅入る」
「そっか」
「あんなこと言われても、意識なんてどうせできないし。しないし。…さっさと諦めて欲しい。疲れた」
凛は腕の中のバレーのネットをじっと見つめたまま言った。
「…貰った好意を仇で返すようなこと思う自分が、本当嫌になる」
「凛のせいじゃないよ。…いっそもう、誰かと付き合っちゃえばいいのに」
「そうだよね」
凛は軽く受け流すようにそう返事をして、倉庫の棚にネットをしまった。そうだよね、とは到底思ってないような口ぶりだった。
「つむぎ、ありがとう」
「何のこと?」
凛は少し笑って、何も答えなかった。
「あ、時間やばい。校庭の片付けは?」
「これで最後。もう行こう」
球技大会はこれで無事幕を下ろし、また日常が戻ってくる。
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