004:ようこそ、明翠高校生徒会へ

入学式が無事に終わり、放課後。

チャイムとほぼ同時にホームルームが終わり、担任の先生が出て行くとつむぎはくるりと後ろを振り返った。手元のプリントに目を通していたらしい凛が顔を上げて、視線が合う。


「何だよ」


「…別に。なんか嬉しいな、って。振り返ったら凛がいるの、久々で」


「そうだよな、まさかクラスまで同じなんて。そうすれば自動的に席前後だからね。名前順で」


セナツムギ、セリミヤリン。どういう偶然か名前の近い二人。クラスさえ同じになれば、学籍番号が前後になる。


「あ、それ答辞の台本!びっくりしたよ、教えてくれてもいいのに。主席合格ってことでしょ?すごいね」


「別にすごくないよ」


平然とそう答える凛。

入学式で新入生代表として名前を呼ばれたのは、それまで隣に座っていた凛だった。凛が壇上に出た瞬間ざわめき出した会場も、彼がマイクの前で一礼した瞬間沈黙に包まれた。緊張を垣間見せることなく、非の打ち所のない完璧なスピーチ。


「それより、朝休みの予行の時に橘川きっかわ先輩と話したんだけど…」


「橘川先輩?…あ、生徒会長か」


「そう」


噂をすれば、とはこの事で、タイミング良く教室に入ってきたのはこの高校の生徒会長を務める三年生の橘川きっかわ柊一郎しゅういちろうだった。


「おー!いたいた、芹宮!」


彼はクラス中からの視線を憚ることなくそう言って教室に入ってきた。


「良かったぞ、代表挨拶!緊張しないタイプなのか?」


「そんなことないですよ。表に出さないだけです」


「それならなおさら向いてるな」


「…分かりましたよ。やります。ついでにこいつも」


「え?」


話についていけないつむぎは、柊一郎と凛の顔を交互に見遣る。


「それは嬉しいな。最低人数突破だ」


「なぁつむぎ、一緒に入ろうよ。生徒会」



♦︎



結局、つむぎは数分後には半ば強引に生徒会に入ることになった。特に断る理由もなく、凛がいるならと引き受けたのだ。

柊一郎に連れられて、二人は早速生徒会室へやって来た。大きな一室。校門前の広場を見下ろせる大きな窓、ずらりと並ぶ戸棚。奥は大きな机を囲んで椅子が並んでいて、いかにも生徒会らしい。手前にはソファとローテーブルが置いてあり、まるで応接間のようだ。


「広い…」


「そりゃそうだ。昔は2、30人もメンバーがいたらしいからな。今では信じられないが…。お、紫藤しどう!お前もちゃんと来てくれたんだな」


「柊先輩」


紫藤と呼ばれた男子生徒がこちらを振り返る。明るい茶髪に、銀色のピアス。この学校の校則は緩いため問題はないものの、生徒会役員としては不釣り合いに思える印象。けれど人懐こい爽やかな笑顔が近寄り難さを軽減していて、つむぎはその人を怖いとは思わなかった。


「もー正直不本意ですよー、柊先輩に借りなんて作るべきじゃなかったですね。…あ、芹宮凛だ。うちのクラスも君の話題で持ちきりだよー!偉いイケメンがいるって」


「…どうも」


凛は気後れしたような、何とも言えない表情でそう返す。


「隣の女の子は?」


笑顔の彼と目が合って、つむぎは背筋をぴんと伸ばした。


「瀬名つむぎです」


「よろしく、僕は紫藤しどう蓮音れんと。仲良くしてね。つむぎちゃん、って呼んでいい?」


「うん、いいよ」


「そうだ、LINE持ってる?交換しようよ。それで、もしこの後暇なら遊ばない?」


「えっと…みんなで?」


「それもいいけど」


蓮音は突然、つむぎの両手を取る。


「二人でデートがいいな」


固まったつむぎを見かねて、凛が蓮音の手をはたき落とす。


「あんまり触るな。こいつは初対面の男とデートに行くような子じゃないよ」


「そっか、残念。困らせたかな、ごめんね」


つむぎは慌てて言った。


「ううん、びっくりしただけ」


「そっか。…ちなみに二人って、今日知り合ったんじゃなさそうだよね。同中出身?」


「あぁ、私たち幼馴染みなの」


「なるほどね」


その時、つむぎたちの後ろの扉がガチャリと開いた。振り返ると、二人の女子生徒が立っている。


「あら、もしかして新入り?やるじゃない、会長。どうせろくな説明もなしに引き入れたのだと思うけど。ねぇ、かおる?」


かおると言われたもう一人の女子生徒は、何も返さない代わりににこりと笑った。

目を泳がせる柊一郎を一瞥して、彼女は言った。


「私、副会長の桃井ももい由芽ゆめよ。こちらは会計の梅木うめきかおる」


かおるはやはり無言のまま、にっこりと会釈をする。


「えっと…ろくな説明?って…どういう意味です?」


蓮音が恐る恐るそう尋ねると、かおるが手に持っていた資料を三人に配った。


「もしかして、これ全部仕事…」


パラパラと捲りながら、蓮音が呟く。大まかなイベントごとの年間スケジュールの後のページには日々の活動内容がびっしり。


「…朝の身だしなみチェック、昼の放送…ってこれ、生徒会の仕事なんですね。中学の時はそれぞれ風紀委員とか、放送委員が…」


そう遠慮がちに呟いたつむぎに、柊一郎が答える。


「よくぞ気がついたな。何とその二つの委員会はこの学校に存在しないんだ」


「柊先輩、こんなの聞いてません!」


「事前に言ったらお前絶対来なかっただろ、紫藤」


「放課後だけじゃなくて朝昼も拘束?信じられない。真っ先に委員会作りましょうよ、生徒会なんだからできるでしょ?」


「馬鹿、そもそも二年前まであったのが人が集まらなくて潰されたんだぞ」


「それで生徒会が引き受けたんですか…」


「まぁ安心しろ。身だしなみチェックは月一だし、昼の放送もシフト制だ。まぁ去年は俺ら三人しかいなかったから結局毎日だったけどな」


「ってことは、俺たち一年が三人加わったところで一日置き…」


凛も小声で呟く。


「まぁとにかく!ようこそ明翠めいすい高校生徒会へ。新たに加わった君たちを歓迎します」


この学校の生徒会がブラックで有名であることをつむぎたち新メンバーが知るのは、数日経ってからである。

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