第32話 絶対零度

「ただし殺してしまっても知らないぞ?」


 と強気の姿勢を見せる。

 本気で戦うのは初めてのことだった。


 俺が放つ冷気を感じ取ったのか、アイオーンドラゴンから余裕が消える。


「どうやらただのハッタリではなさそうだな。楽しみだ」


 すべての力を解放して、アイオーンドラゴンだけを標的として絞った。


「世界よすべて凍てつき白を織れ」


 可視化された白い冷気がアイオーンドラゴンを覆う。


「GUAAAAAA」


 身の危険を感じたらしいアイオーンドラゴンが【クロノスロア】を放つ。

 大気が激しく震え、空間が揺らぎ、地面が変色していく。


 俺の冷気と【クロノスロア】はぶつかり合い、そして【クロノスロア】の影響を受けていた空間が凍りついた。


 ただし、俺の冷気もまたアイオーンドラゴンを凍らせるには至らなかった。


「……わたしのブレスを凍りつかせただと?」


 アイオーンドラゴンははっきりと驚愕していたので、何とか目的を達成できたなと安心する。


「す、すごい。信じられない。【クロノスロア】が凍るなんて……」


 少し後ろにいるルーも驚きの声をあげていた。


 ドラゴンのブレスが凍るかどうかは賭けだったんだけど、虚勢を張るために態度には出さない。


「どうだった?」

 

 アイオーンドラゴンに話しかけてみる。


「わたしの負けだな。今の一撃を最初に出されていたら防げなかったかもしれない。まさか【エンシェントロア】を凍らされてしまうとは。まさに絶対零度か」


「ん? えんしぇんとロア?」


 何だそれ?

 聞き覚えのない言葉に混乱する。


「アイオーンドラゴンの最大の必殺技ですよ。浴びた対象の時を数千年から数万年加速させたり、巻き戻すという恐ろしいブレス攻撃です」


 説明するルーの顔色が若干悪くなっていた。


 さっきのブレスがそれだけ危険なものだったなんて……きっと俺の顔色も一気に悪くなったに違いない。


「それを凍らせたのだ。フランはわたしを超えたのだ」


 アイオーンドラゴンは楽しそうに話すが、どうにもいやな予感が消えなかった。

 かえって厄介ごとが大きくなったような感じがするのはどうしてだろう?


「つまり俺たちの頼みごとを聞いてくれるということか?」


 根拠のない予感を振り払おうとたずねるとアイオーンドラゴンは首肯する。


「もちろんだ。わたしは約束を守る」


 言葉から誇りがにじみ出ていたので安心した。


 ドラゴンは誇り高い個体が多いので約束は守るし、自分の言葉を取り消したりはしないだろう。


「なら安心だ」


「だが、具体的なことは決めていなかったはずだ。たとえばどこに行くとかな」


 次のアイオーンドラゴンの言葉でいやな予感はあっという間に復活してしまった。


「わたしは決めた。おまえたちの旅について行くことにしよう」


「えっ?」


 一瞬何を言われたのかわからなかった。

 思わずルーを見ると彼女も困惑している。


「うん? わかりにくかったのか?」


 アイオーンドラゴンは首をかしげると全身を光らせた。


 そして光がおさまった時には十三歳から十四歳くらいの黒い髪の美少女が立っていた。


 どこから取り出したのか緑色の服とパンツを着ている。


「これならどうだ? 人間どもの町に入っても目立たないだろう?」


「それはそうだけど……」


 得意そうに聞かれても事態にまだついていけない。


「私たちの仲間になって一緒に冒険するということですか?」


 立ち直ったらしいルーが少女の姿になったアイオーンドラゴンにたずねる。


「そういうことだ。わたしのことはスーと呼ぶがいい」


「ああ、わかった」


 驚きが去って冷静さが戻ってくると、アイオーンドラゴンが仲間になるというのはすごいことだ。


「パーティーリーダーは俺だから、俺の指示に従ってもらわないのは困るんだけど?」


 一応くぎを刺しておく。


 こうやって接しているかぎり話がわかるドラゴンだとは思うけど、人間とは常識や感覚が違うのは当然だからね。


「おまえの指示に従うのはかまわん。わたしにとって理不尽な内容じゃないかぎりはな」


 スーと名乗ったアイオーンドラゴンはにこりと笑った。

 ルーにも負けてないと感じられる素敵な笑顔だった。

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