第30話 アイオーンドラゴン
貴族とのつき合い方はひとまず置いておいて、俺たちはソルトレー湖に向かった。
「準備はいらないでしょうか?」
歩きながらルーが聞く。
「調査だけだからいらないよ。倒せと言われているなら、準備不足もほどがあるけど」
俺は笑って答えた。
「ベンちゃんもいらないのですよね」
「戦うわけじゃないからなぁ」
とルーに答えを返す。
アイオーンドラゴンと戦うことになるなら、フェニックスを呼び出しておきたいけど、戦いになるとは限らない。
SS級モンスターの接近に気づけば、どんな温厚な性格の持ち主だって臨戦態勢へと移行するだろう。
無用な争いを避けるためには今は呼ばないほうがいいのだ。
街道を外れていくと手入れが行き届かなくなったのか、雑草や木が生えているエリアに入ってくる。
「あ、かなり気配が強いですね」
歩きながらルーが少し警戒するような声を出す。
敵の気配を感じて力量を探る能力は、彼女のほうがずっと優れている。
「となると成体なのかな?」
「だと思います」
ルーの言葉を信じるなら相手はおとなドラゴンか。
となると余計に戦いは避けたいね。
しばらく歩いていくと俺でも気づける圧迫感が伝わってくる。
うん、これは強い。
ルーから逃げていたレッドドラゴンが可愛く思えるレベルだった。
「最低でもS級はありそうだね」
「ええ。ベンちゃんを出しておきたいくらいですよ」
ルーは笑みを浮かべたが、表情は緊張で硬くなっている。
「やめておこう」
ベンちゃんに乗って移動してきたのなら、乗り物だと言い訳が通用したかもしれない。
でも今このタイミングで呼び出すのは明らかに最悪だ。
「わかりました」
ルーは俺を見てなぜか頼もしそうに笑う。
さらに進んでいくと奇妙な風景が目に映る。
茂った葉と枯れた葉が混在している木、一部だけ枯れた草といったものだ。
「アイオーンドラゴンの能力でしょうね。おそらく一部だけ時の加速を受けたのでしょう」
とルーが予想を話す。
時が加速した部分だけが枯れてしまったのか。
それなのに他の部分は普通に残っているとか、ちょっと考えられない異常な能力だと言ってもいいだろう。
これがアイオーンドラゴンの力というわけか。
けっこう理不尽な力だ。
息を飲んで進んでいくと湖から一体のモンスターが出現する。
紫色の鱗と金色の瞳と小さな翼を持ったドラゴン、アイオーンドラゴンだ。
全長は10メトといったところだろうか。
「あれがアイオーンドラゴンですが、おとなと言えるかは難しいですね」
ルーの言葉にうなずく。
成体のドラゴンの全長は倍くらいあるはずだからだ。
まだ子どもなのに圧倒的に強い可能性が出て来たか。
アイオーンドラゴンはこっちに気づいてじっと見つめてくる。
圧倒的強者であるドラゴンは基本的に人間が近づいたくらいじゃ無反応だ。
人間だって遠くを飛んでる、何の害もない虫をわざわざ殺しに行こうとはしないからね。
「こんにちは」
ドラゴンなら人語を理解して話すくらいの知能はあるはずだから、まずはあいさつからはじめる。
「こんにちは、でいいのか。何の用だ?」
やや高い中世的な流暢な声で答えが返ってきた。
「あなたがここにいる理由を教えてもらえたらうれしいなと思って。近くの町に住んでいる人間が怖がっているので」
俺は目的を打ち明ける。
単に湖で泳ぎたいだけと言われても、人間は安心できないだろうけどね。
「んん? わたしは人間になんて興味ないぞ。単に湖で水浴びをして魚を食べているだけだ」
予期していたような答えをのほほんとした声で言われてしまう。
そうだろうなとは思うんだよ。
「人間が怖がっているから移動してくれと言っても無理だろうね」
人間が怖いので引っ越ししてほしいとアリに言われても、人間はたぶん誰も従わないのと同じような理由だ。
「当然だな。人間に興味なんてないが、人間の頼みを聞いてやる理由もない」
答えるアイオーンドラゴンの声はのほほんとしたままだったが、反応はかなり冷たい。
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