第26話 迷走の付与魔法 手強い技能《スキル》 造形

 本格的な冬がやってきた。

 虎が猫と同種なら、サポは猫ではないようだ。

 実際はサポート属? だが。。

 暖炉の前で丸くならず、一日中外で駆け回る従魔は、西門の整備に一役かっていた。

 朝一で西門の周りを駆け回り、硬くなった雪を掘り返して柔らかくし、門兵の除雪作業を助けている。

 雪溜まりに突っ込んで動けなくなった子供を、潜って行って救出するなど、大活躍だ。

 ランカから見れば、足跡のない雪にわくわくして、単純に遊んでいるとしか思えない。

 細かい事はさて置き、フラックス領の冬は厳しい。

 大陸の北にあるフラックス領は、隣国との国境に標高の高い山脈を背負っている。

 降り積もる雪の量は多く、真冬になれば人の背丈を優に超える。

 定職を持たない低ランクの冒険者には、辛い季節だ。

 万年雪のお陰で、美味しい井戸水には恵まれているものの、冬籠りしない大型魔獣が、街の近くまで降りてくるなど弊害はある。

 中堅の冒険者が数組で討伐に当たるのは、フラックス領の冬の風物詩だ。

 大物を仕留めた翌日には、大量の肉が市場に並ぶ。

 そんな賑やかな昼下がり、買い取った肉を手に、モスミットはやってきた。

「こんにちは! …あ、ジェイラさん。頼まれていたタウロンの脛肉、買ってきました」

 元気いっぱいな声を上げ、勝手口から入ってくる。

 あらかた落とした雪の残りが、入り口の敷物に滴った。

 泥を落とす敷物は派手な赤色の幾何学模様で、洗浄の魔法陣が織り込まれている。

 セレナ師匠の力作だが、消費する魔石が半端なくて、商品化はしていない。

 タウロンは二本角の魔獣で中型獣だ。大きさも肉質も、普通に牛肉だった。

 脛肉と聞いて、今夜は野菜たっぷりのシチューだと頬が緩む。

 料理上手なジェイラの煮込み料理は、絶品だ。

 マントを脱いだモスミットと、半地下の作業部屋に降りる。

 ひとりよりふたりで課題を熟す方が、気持ちに張りが出るし、やる気も増える。

 雪の加減で、熟練度レベル上げに区切りをつけた翌日。

 モスミットは、両親とともにセレナ錬金工房を訪れた。

 念願のスキルだった付与魔法を生やした事で、魔道具士への道が開け、細工鍛治師を推して反対していた親を、説得できたらしい。

 元から出入りしていたモスミットを、セレナは即断で弟子入りさせた。

 朝は実家で細工物をこしらえ、昼からはランカと一緒に魔法陣学の実地練習をする。

 今は簡単な魔法式を読み解いて、間違った部分を探すのと、火と水の魔法陣を、自力で魔石に刻む練習をしている。

 造形スキルで刻む石は、勿論、魔力を使い切った練習用の空の魔石だ。

「加減が難しいぃ。溝の深さが均一にならないよぅ」

「…ランカ。それ、何個目? 真面目に魔力操作してる? 」

 ちょっぴり厳しいモスミットの突っ込みに、マジで涙目になる。

 半地下の見習い専用作業部屋は、元々は満杯の荷物が詰まった物置部屋だった。

 師匠の作業を妨げないよう、見習いに割り振った物置部屋は、片付けてみれば思った以上に広かった。

 おまけに退けた古い家具や荷物の後ろから、小型の炉が見つかった。

 店を建てた最初の持ち主が、錬金や調薬関係の職業だったのか。小型の炉は、鍛冶には小さすぎる。錬金術や彫金、製薬や魔法薬の作成に見合う大きさだ。

 物置部屋を埋めていた荷物から、作業台や使える錬金道具を幾つか取り置いて、セレナは残りすべてを処分した。

 掃除の終わった物置部屋は、師匠の作業部屋と扉一枚隔てて繋がっていた。

 錆びていた扉を取っ払い、自分の作業をしながら、余裕で弟子の指図をする師匠だ。

 今も差し向かいで魔法式を造形している弟子たちを、生ぬるい笑顔で見ている。

「ムツカシイ…」

 隠蔽しているが、元々無限大の魔力を持つランカに、繊細な魔力操作は至難の技だ。加えて、やっと生やした造形スキルは、いまだ熟練度レベル一。

 魔力量とレベルの差がアンバランスで、四苦八苦の状態だった。

「できた! 師匠、水の魔力を付与しても良いですか? 」

 細工鍛冶師と工芸師の職業持ちで、造形技能スキル熟練度レベルが高いモスミットは、魔石に魔法陣を刻むなどお手の物だ。

「良いわよ。やってごらんなさい」

「はい! 」

 許可を貰ったモスミットは、ものすごく良い笑顔だ。

「細く細く」

 うまくいくように声がけするランカに、モスミットの力強い頷きが返る。

 真剣な眼差しで作業台に専用の留め具を置き、慎重に魔石を固定した。

「…よし。【満ち満ちたる始原の泉よ。細き流れをもって、かの石を満たせ】」

 綺麗に刻まれた魔法式が、中心より薄青に光りだす。

 内包する光が全体を満たす前に、細く保った魔力をいっきに押し込めば、魔石の色が薄青から黒に近い紺色に変化する。はず。。

「あ…ぁ むぅ」

 こう垂れたモスミットの前に、薄青よりは濃い魔石が鎮座していた。

「ハァ。もっと濃くなってぇ…」

 魔石にお願いしても、魔石が困るのではないか。なんて言えない。

「…水魔法の熟練度レベル、上げなきゃ」

(いやいや、付与魔法の熟練度レベルでしょ)

 しょげたモスミットの呟きに、言いたい事は飲み込んで、頷くしかない。

「わたしより、うまくいっているよ」

 自爆ネタではないが、復活しないモスミットを励ます。

 ランカの場合。魔法式の刻み方が荒いのと、込めすぎた魔力で水漏れするのが悩みの種だ。

「少し休憩なさいますか? オグニルのパイが焼き上がりましたので」

 階段上の扉を開けて降りてきたジェイラは、爽やかな柑橘系の匂いを纏っていた。

 オグニルは紅玉に似た楕円形の果物で、寒い地方に繁殖する。

 秋口から初冬まで、長く実をつける寒冷地の低木だ。

 皮が薄く、長距離の運搬には向かない。

 砂糖が希少なフラックス領では、トズルと呼ばれる宿り木の樹液を砂糖代わりにする。ほんのり青臭いが、料理に使う分には問題無い。

 小麦の香ばしさと果物の甘酸っぱさは、まさにアップルパイだった。

「熱いうちに、いただきましょう」

 セレナ師匠の一声で、作業台の器具やら失敗作を端に寄せる。

 モスミットの魔石は色が薄く、ランカの魔石は大桶に沈んで水漏れの真最中だ。

「落ち込まないの、ふたりとも。始めたばかりでここまで出来れば、たいしたものよ。ランカは均等な魔法陣を描けば、造形も水の付与魔法も合格よ。モスミットの造形技能スキルは条件を満たしているし、水の付与魔法をものにすれば合格だわ。優秀な弟子が素直に伸びるのは、見ていて楽しいもの。修練を積みなさい」

 柔和な師匠の励ましに、叱られるより心が痛い。

 次はもっと集中するぞと、テーブルの下で拳を固める。モスミットの表情から、同じように拳を固めていそうな気がした。

「モスミットは造形技能スキルが合っているわね。ランカも造形技能スキルは必須だけど、記憶した魔法陣を焼き付ける、転写の技能スキルを覚えるのが良いかもしれないわ」

 転写技能スキルには、なぜか完全記憶の技能スキルが必須になる。

 並列思考の技能熟練度スキルレベルが五以上になると、完全記憶の技能スキルが生えてくる。

 ランカの並列思考は熟練度レベル二。両手両足をバラバラに動かすのに近いが、すべての動きを任意に動かせと言われたら、今は無理。

 ほんとにどういう原理か、並列思考が熟練度レベル三になって初めて、完全記憶の技能スキルが生えるみたいだ。

 完全記憶の熟練度レベルを五に上げると、転写の技能スキルが手に入る。ただ、先は遠い。

(善行ポイントで上げれば簡単だけど、命の危険があるわけじゃない。簡単な方法があるだけに、罪悪感が…)

 意思の弱さなら、誰よりも自信があるランカだ。

「がんばろうね、ランカ」

 共に努力するモスミットの励ましに、なんとか自制心を掻き集めた。

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