第25話 パーティー両翼も ご一緒に
「ねぇ。教習の時みたいに、臨時のパーティーを組まないか? 」
森ではなく草原の依頼を受けたランカたちクローバーと、アイラたちの明日への翼は、
依頼受付で隣り合ったカツとケイに声をかけた。
実際に声をかけたのはクロで、カツたちの窓口担当のラリマーも、止める気配はない。
人当たりの良いクロに、さすがのラリマーも茶々は入れなかった。
「ハジロビとダックルの依頼だ。ダックルは飛ばないけど、さすがにハジロビは飛ぶからね。依頼内容が生け捕りだし。網での捕獲に、僕たちふたりではちょっとキツイ。どうだろう。試しに今日の依頼で、組んでくれないかな。こっちは助かるのだけど」
貸し出し二日目にして、カツとケイの装備は薄汚れていたし、傷だらけのふたりは、傍目にも疲れが見える。
昨日の内に、シノブがパーティーの資金を持ち逃げしたと広まった。
着替えも買えない状態だと、噂が立った。
嘲笑う者。
面白おかしく囃す者。
悪意を潜めて同情する者。
一夜にして、眉を顰めたくなる状況だ。
同郷の彼らが難渋しているのに、知らん顔はしたくない。そう思ってチラチラ見ていたランカを、事情は知らなくてもアイラとモスミットは察してくれた。
勧誘するなら男同士だと話しがついて、人当たりの良いクロが代表になった。
「…同情? それとも」
言い淀んだケイを、カツが引っ張った。俯いたままのカツの横顔は、憔悴していた。
「俺ら同期生だろ。手ぇ貸してくれよ」
砕けたリオンの言いように、カツが強張った顔を向ける。
悔しい。腹立たしい。情けない。そんな感情が、次から次へとカツの顔に現れた。
「経験を積むのは、良い事だと思います。そちらの申し出に、悪意は無いでしょう」
黙って成り行きを見ていたラリマーが、静かに助言する。
生活のすべてを支えてくれるラリマーに、反論の余地は無いようだった。
まだまだ割り切れ無い思いを抱えているだろうに、ケイは頼りなくも笑った。
「お願いします。パーティー両翼の、ケイです」
「…カツだ」
パーティー名が、勇者から両翼に変更されていた。
教官だった比翼の剣から一字貰い、ふたりだから両翼にしたらしい。
『…アイラたちの明日への翼にも、かぶりますね』
幸いにもサポの辛口は、ランカ以外に聞こえない。
『ソダネ』
クロとケイはラリマーを立会人に、依頼達成の報酬を頭割りするなど決めて行く。
決めた内容を書類にして提出した後、荷馬車に乗り、領の東門から草原へ向かった。
簡易で覆いのない荷馬車は、アイラたちが世話になっている孤児院からの借り物だ。
今日はギルドから貸し出された、網の檻が乗っている。
馬も領軍から孤児院へのお下がりで、老いた軍馬だった。
手綱を握るのはリオン。他は荷台で座る。
(なんか、護送されているみたい…)
檻の中に座るランカたちは微妙な心境で、直接に響いてくる床の衝撃と我慢比べだ。
気ままに並走するサポは、久々に駆け回るのを満喫していた。
「先の草原に、ハジロビの餌場がある。露天掘りの水晶坑道が廃坑になって、ハジロビの巣穴になっているそうだ。ハジロビの雄って、求愛行動の時に水晶の欠片で巣を飾るらしいけど、たくさん集めて他の雄と競っても、雌がわがままで、気に入らないと無視するんだってさ。涙ぐましいね」
いつものように、何気無くハジロビの習性を語っていたクロが、くぐもる音と共に頭を抱えた。
水袋を片手に掲げ、口元だけ微笑むアイラが、何気に空恐ろしい。
「淑女の前で、繊細さに欠ける発言ですわ。そうは思われませんこと? 」
水袋で殴られたのにも関わらず、平謝りするクロを、誰も擁護できなかった。
小一時間進んだ辺りで、荷馬車を止める。
ここから先は小岩が多い為、荷馬車では進めない。
手頃な場所に止めて馬の留め具を解けば、桶に張った水に鼻面をつけた。
元々が戦さ慣れした軍馬だ。勝手に草を食み、人が帰ってくるまで休んでいる。
生け捕りの罠をリオンが担いで、ハジロビが警戒しない場所まで行く。
結構重いだろうに、涼しい顔だ。
獣人の体力か、身体強化のお陰だろうか。
小ぶりの岩が散在する草原の中程まで進み、霞網を広げて水晶の欠片を撒く。
網の中央に偽装した樹木の柱を打ち込み、天辺に網の四隅を縛る緑の綱を通す。
高い位置に登った太陽が、磨かれた水晶に反射して強い輝きを放った。
網の四隅にリオンたちは蹲り、緑色の布で身体を隠す。
「さぁ、わたくしたちはダックルを狩りましょう。サポさんも、お願いしますね」
アイラの号令で、丘になった斜面を登る。
ハジロビの罠から見えない場所だ。
丘の頂上から見渡せる眼下に、ダックルの群れがいた。
「昨日のおさらいです。わたくしは水の精霊術の、発動間隔を縮めます」
アイラの掲げた短杖には、すでに水の幕が纏わり付いている。
「鏃に、スタンの強化版を付与」
弓に番えた鏃が、ランカの目の先でスパークした。
「遊撃は任せて。うわぉぅ、軽い」
走り出したモスミットが軽量化を付与したメイスを振り回し、ふわりと風に乗る。
ダックルには気の毒な、経験値と依頼報酬には美味しい狩りが、始まった。
一方、丘を挟んで聞こえる笑い声に、四人の男子が何を感じたのかは心の内だ。
暫くして、輝きに魅かれたハジロビが舞い降りてくる。
初めて見るその美しさに、カツとケイは息を呑んだ。
純白に明るい銀色を混ぜ込んだ大きな鳥が、優雅に着地する。
鋭角な冠羽と細長い尾羽が、白金細工を思わせた。
三羽四羽と降り立って、水晶を啄んだ瞬間。
合図の閃光が頭上で爆ぜた。
「引け! 」
リオンの声だろう。
カツもケイも、夢中で綱を引く。
四方から跳ね上がった網の端が、中央の柱を起点にして、空中で交差した。
飛び立つのも間に合わず、霞網は舞い降りた四羽を丸ごと捕獲する。
「よし。荷馬車に積み込んだら、場所を替えて網を張るぞ」
ご機嫌なリオンの音頭で、少し離れた場所に罠を張り替える。
二度目から、多少は落ち着いて綱を引けたカツとケイだった。
*****
「はい、並んで」
荷馬車まで戻って遅い昼食を済ませ、ランカが皆に清浄魔法をかけていた。
調薬には浄化した水が必要で、しかも大量に使う。大抵の錬金術士や薬師は、浄水を生み出すスキルを持つが、ランカは対象から任意の物を消すスキルだ。
ランカの清浄魔法は、普通の水から不純物を消し去る魔法だった。
色々なものを選別して消去するスキルは有用だが、いかんせん
常時使い続けてレベルを上げようと、依頼に出る度、パーティーメンバーに清浄魔法をかける約束を取り付けた。
「はい、次はカツとケイよ。じっとしていてね」
朝よりもずっと汚れたふたりに、清浄魔法をかける。
派手に光りもしないし、不思議な現象も起きない地味な魔法だが、みるみる内に擦り傷が消え、服からも身体からも汚れが消えてゆく。傷も取り除けば跡が消えた。
「あ…痛くない」
互いに傷が消え、服も綺麗になったのを確かめて、ふたりとも肩の力を抜いた。
ひとつひとつは小さくて、大した怪我ではなくても、重なれば不快感は増すし、身体のあちこちが痛む感覚は、心にも負担を強いる。
「…ありがとな」
ふて腐れた言い方に恥じらいが見え隠れするカツを、ランカは拳でつついた。
「うん。どういたしまして よ」
男前なランカの言いように、カツの片眉が上がった。
「うん…同性を感じるわ」
「だめだよ、カツ。女の子に何てこと言うんだよ」
慌てるケイの様子が、なぜか余計に心を削る。
居た堪れないが、素のままのランカには如何ともしがたい。
「ちっとばかし早いけど、そろそろ帰るか」
生け捕りのハジロビと、素材になったダックルの入った袋で満杯な荷馬車に、乗れる場所は少ない。
ランカとモスミットの背負い鞄を使えば、ダックルの袋くらいなら収納できる。ただ、組んだ他のパーティーが空間収納の鞄を持っていない時は、できるだけ自分の鞄を使うなと、セレナに注意されていた。
空間収納付きの鞄は高価だ。
低レベルの冒険者が持っていると広まるのは、危険度が増すので良くない。なので、かろうじて乗れる御者台に、アイラたち女子三人が肩を寄せ合った。
「モスミットは御者ができるだろ。なら、男は歩こうぜ」
当然のようにリオンが仕切り、左右を男子が警戒して出発した。
サポは言わずもがな、斥候で走り回る。
太陽の位置から三の鐘辺りだと見当をつけ、足を早めた。
「…誘ってくれて、ありがとう」
クロと前後して歩くケイが、ふっきれた様子で礼を言うのを、ランカたちは聞いた。
色々あった間柄だ。
草原に向かう道中で、葛藤しているケイは辛そうだった。けれど帰り道の今、同行を勧めたクロたちに、感謝しているのが分かる。
「明日からも、続けてくれるかな。凄く助かったんだ」
何のてらいもなく、至極あっさり返すクロに、ケイは素直に頷いた。
「これからも、よろしく。…ありがとう、クロ。みんな」
いつでも穏やかなクロが、僅かに目を泳がせる。耳の先が、ほんのり赤い。
「うん、よろしく。僕たちは、ともだち…だよね」
「…うん。カツもそう思っているよ。きっと…」
視線を移せば、カツとリオンも、拳を合わせて笑っていた。
振り返って見ていた女子の黄色い声に、一瞬だけ、挙動不審な男子たちだった。
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