第24話 失踪娘と 付与魔法習得

 たった一晩の野営だったが、結構疲れが溜まっていたらしい。

 夕食の席でセレナに二日間の報告をし、腕をふるったジェイラの夕食を堪能した後は、心地よい温泉で身体を解す。サポも大きい桶に入って、温泉を堪能した。

 すっかり馴染んだ部屋で寛ぎ、安心して大の字になる。

 お日さまの匂いがする寝具に包まるなり、夢も見ないで朝を迎えた。

 お陰で、すこぶる快調な目覚めだ。

『おはよう、ランカ。疲れは取れましたか? 』

『おはようございます。ちょっとだけ、身体が重いかもです』

 何気ない朝が始まる。

 店の掃除をし、商品の点検と補充を済ませた辺りで、モスミットが迎えに来た。

 装備を着けてジェイラのお弁当を鞄に仕舞えば、依頼を受けに冒険者ギルドへ向かう。

 サポも背負った小振りのリュックに、従魔用のお弁当やら飲み物を入れてもらった。

 子虎のリュック姿にハマったモスミットが、ひとしきり撫で回してほっこりしている。

 これからは、熟練度レベル上げと座学に専念する予定だ。

 四日間は依頼を受け、二日間の午後は食堂で魔法陣学の座学がある。

「ランカは師匠の後を継ぐの? 」

「…まだ決まってないと思う。今は、色んな事を学びたいな」

 半円広場に向かって歩く間も、話題はあちこちに飛ぶ。

 モスミットが言うには、ドワーフの天職は鍛冶と細工物らしい。

 生まれつき手先の器用なモスミットの職業は、細工鍛冶師と彫金師だった。

 フラックス領の特産は高品質の木材で、工芸品も間伐材の木工製品が主軸だ。

 この領には、モスミットが目指す金属加工の彫金師はいない。

「付与魔法さえ使えたら、魔道具士になれるかもしれない。職業にはなかったけど、魔法技能スキルに錬金術があるし、造形技能スキルもあるの。できれば、魔導具士になりたいな」

 魔法技能スキルに錬金術があっても、条件が揃わない限り魔導具士にはなれない。

 魔導具士になる最低ラインは、魔法技能スキルの中に錬金術と属性魔法、付与魔法の他に、造形か形成のうち、どちらかの技能スキルがある事だ。

 モスミットの口振りから、付与魔法以外は持っているようだ。

 技能スキルは日々の修練で生やせるが、生まれ持った技能スキルに比べて成長が遅い。

 どうゆう訳か人族以外の種族は、例外なく強化された属性魔法の素養を持つ。

 種族の特性に沿ったかたちの魔法技能スキルになる為、ドワーフは火魔法や土魔法を得意とするし、エルフや翼人なら風魔法や水魔法が主となる。

 翼を持たない獣人族は身体強化が主で、他に特化する属性魔法は個人の環境による。

「わたしも付与魔法を覚えるよう言われたけど、生やせる方法がはっきりしないの」

 喋るランカのローブをサポが引っ張るのに、歩く速度を落とす。

 余所見しながら冒険者ギルドの入り口を潜って、立ち止まっていた背中にぶつかった。

「あ ごめん」

 慌てて謝ったランカに、茜色の髪が振り返る。

「あー、おはよ」

 のんびり答えたリオンが、欠伸を漏らした。

 リオンの向こうで、朝のピークを過ぎたギルド内が騒ついていた。

 シノブを思い浮かべ、厄介事はごめんだと首を振る。

「おはよ、リオン。何かあった? 」

 ランカの肩越しに、伸び上がったモスミットが声をかけた。

「ん〜。あのお嬢さんが、失踪したみたい。…パーティーの資金を持ち逃げ? 」

「あちゃー」

 乾いたリオンの笑い声に、モスミットと顔を見合わせた。

「勇者パーティーの崩壊だね。どうするんだろ、あのふたり」

 どうやらラリマーがギルドと折り合いをつけたらしく、カウンターで手続きをしていたカツとケイが出口にやってきた。

 古びた装備は、昨日と同じに貸し出しだろう。

「おはよ う」

 気まずい思いで声をかけたランカに、頷くだけの返事が返ってきた。そのまま擦り抜けるように、ふたりは出て行った。

「おはよう。ランカ、モスミット」

 見送る肩に抱き着いたのは、アイラ。

「おはよう、アイラ」

「ねぇ、わたくしたちは、常設依頼を受けますの。御一緒にいかがかしら」

 アイラの口調が変わっていた。

 目を丸くするランカたちに、たおやかな微笑みを浮かべる。

「ごめんあそばせ。慣れない話し方に疲れましたの。この話し方が楽ですの。嫌いにならないで下さいませ」

 出で立ちは質素な装備だが、そこはかと漂うのは良質な空気感だ。

 魔法使いらしい灰色のローブに、胴を覆う皮の部分鎧。水色の魔鉱石が嵌っただけの、飾り気も何も無い木の短杖。それでも、立ち姿からして平民ではない。

「やっぱり、お姫さまだ」

 ポツリと零したモスミットの言葉に、無条件で同意する。

「ほんとに…お姫さま」

 みるみる内に曇ってゆくアイラの顔に、ふたりして笑いかけた。

「改めて、よろしくね。アイラ」

「よろしくお願い…します? 」

 語尾が疑問符になったモスミットも、右手を差し出す。

「ええ、ええ、よろしくお願いしますわ」

 ふたり纏めて抱きしめられて、かなり息が詰まった。

「入口を塞いで、何をしているんだか…」

 遅れて出てきたクロが、安堵した顔で呆れた。


*****

「槍兎? 角じゃなくて? 」

 ヴォーラ大森林に巣食う角のある兎は、槍兎と言うらしい。

 他の森に生息する角兎は両腕で抱える程の大きさで、角も掌に収まるサイズだ。

 ヴォーラ大森林の槍兎は、親豚並みの体格で、角の長さも片腕くらいある。

「槍兎の角は、結晶化した魔石でできている。普通は体内の心臓付近にできるけどね」

 各自で探索しながら進む距離は、遅々としていた。

 サポの探索技能スキルで探せばすぐに見つかるが、鍛錬にならないとクロが言い出した。

 捕獲対象の特徴など、細々とした情報をくれるクロに、みんな異論は無い。

 歩きながら、タクトのような短仗に水の幕を纏いつかせるアイラ。

 杖に嵌め込んだ薄水色の石は、聖教会で販売している聖石だ。精霊石の劣化版らしい。

 杖の先を回転させるたび、聖石から滲み出した水の幕が、ブーメラン型に変化する。

「アイラは水に付与魔法の練習? 」

 手品のような不思議な現象に、ランカの心が弾む。

「んー、付与魔法と言うより水魔法のウォーターカッターに似ていますが、これは精霊術と申しまして、水の精霊にお願いして、魔法の現象を真似て頂きました。水魔法のウォーターカッターは、確か水を造形で変化させていたような気が…付与魔法と言うのは…例えば…」

 ランカの弓とモスミットのメイスに視線を止め、小首を傾げて考えるアイラの仕草が、妖精のように可愛らしい。

(眼福! と、危ない危ない)

 ちょっと違う扉に突進しそうになった。

「ランカの鏃に、得意の魔法を付与して強化を図るとか、モスミットが得意な魔法でメイスの密度を高くするのが、一般的な付与魔法だったと思いますの」

 なるほどと思う。形状を変化させるならスキルの造形あたりで、威力とか何らかの属性魔法を加えるのが付与なのだろう。

「ありがと、アイラ。やってみる」

 さっそく握りしめたメイスの密度を、強化技能スキルで上げるモスミット。

 身体強化をかけなくても、重量の変わらないメイスは軽々と振られた。

「アイラってば最高。頑張るわ」

 ランカも、鏃に雷魔法を纏わせる。

「ねぇ、目的がズレていない? 常設依頼、熟す気ある? ねぇリオン、おかしいよね」

 顔だけ振り向いて問いかけるクロに、リオンは肩を竦めてため息を返す。

「女性に強制は禁物だ」

 真剣さを装うわりに、リオンの口角は上がっていた。

 胡散臭さ爆発の言葉に、クロが半眼になる。

「それ、誰が言ったの」

「…偉大なる母上に逆r…寛容な父上だよ」

 どこも同じかと、クロは肩を落とした。

「僕の父上も、母上には逆らe…寛容だ」

 今日の依頼はふたりに任せても大丈夫と、ランカはこっそりガッツポーズを決めた。


 宵の鐘が鳴る前。

 冒険者ギルドに帰ってきたランカたちは、初級の付与魔法を習得していた。

 依頼の成果は…まずまずだった。

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